変わり者たちの出会い方(2)

 この久喜悠生という人間は異常なまでに平和に生きることに執着していて、そのため日々の生活において至る所に注意深く、他人の神経を逆撫でしないように態度も高校生らしからぬ丁寧さ。ただ、時々やらかすときはやらかす。今日は弁当を見事に空中分解させていた。

 こんな生活を数年前から続けているので中学の頃から成績は常に学年上位に君臨し続け、目立った問題を起こすことは無く、彼が模範生だということは最早周知の常識となっている。新しく入学してきた一年生にも既に彼の優等生具合を知っている人間がいるとのこと。

 そのため、周りからは「真面目だね」とよく言われるようだが、本人はその度に「真面目なんじゃ無い。不真面目になる勇気が無いだけ」と不満げな表情を浮かべ、言い続けている。


「悠生、この後の予定は?」


 帰り支度を進めつつ、無意識のうちに悠生に尋ねる。

 その間にも、クラスに居る生徒の数は段々と減って行き、仕舞いには俺と悠生、それからあと数人しか残らない。


「寝る」


 悠生から返ってきた返答は、端的かつある意味でいかにも高校生らしきものであった。悠生は一年の頃から図書委員に所属しているが、どうやら今日はその仕事は無いらしい。

 年度始めということもあって、図書館の利用者が少ないのかもしれない。あと、普通に新しいクラスになってからさほど時間が経っていないため、慣れずに疲れたということもあるだろう。


「蘇雨は?」

「俺は部活。まことに不本意ながら部長より招集が掛かりおった」

「珍しいな、今日は行くのか」

「うん。今日はバイトも無いし、たまに顔出さないと部長からの襲撃が怖いからな。……正直マジで行きたくない」

「……大変そうだな。それじゃ、暇になったらあとで連絡するよ」


 苦笑を浮かべつつ、そう言って悠生は教室を後にする。

 どうせ校舎を出るまでは一緒なのだからもう少し待ってくれてもいいのに、と心の中で呟くがアイツのマイペースさは今に始まったことではない。俺はもう慣れてしまった。


 そして、アイツのマイペースな一面は、誰に対しても発揮されるものではなく、ある程度親しい人間にしか見せないということを俺は知っている。

 先にも言った通り、アイツは人の神経を逆撫でしないように常に言動に細心の注意を払っている。今ではそれが無意識的に行えるようになったが、それは人と本心で付き合えるほど親しくなるのに、かなりの時間を要するということでもある。

 アイツが本心を開放する人間は、俺の知る限りでも俺以外に数人しかいない。


「……よいしょ、っと」


 ようやく帰り支度を終え、新しく授業で配布された教材でパンパンになったスクールバッグを肩に掛ける。


 これでは肩が歪んでしまいそうだ。一抹の不安を案じるが、多分部活に向かううちに気にならなくなるだろう。次に思い出すのは俺の肩が限界を迎えた時だ。

 教室にはもう既に俺以外に三人しか残っておらず、その中に俺と親しい人物はいなかった。


 目が合った一人と手を振って挨拶を交わすだけで、教室を後にする。

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