探偵というか何でも屋《side:九堂位空》

 華やかな賑わいを見せる大通りを折れて路地を進んだ先にナキが構える探偵事務所はある。

 一階部分は駐車スペースとして使っていてギリギリ2台停められるようになっている。

(まぁ大体停まっているのは玄葉さんのオンボロ車だけだけどね?)

 錆びて蔦が絡まった外階段を上ると扉があり、それを開けると事務所兼リビングだ。

(あの扉、立て付けが悪いんだよね。あと訪れる僕の立場が客であっても友人であっても、愛想の悪い所長からはいらっしゃいの言葉もない)

 和泉が事務所に入ってきた時は流石に「どうも」と言っていたが、態度の素っ気なさは客商売とは思えない。

 愛想を振り撒くのが苦手なナキの代わりに位空が極上の微笑みをもって和泉をもてなした訳だが、ナキから届く視線は冷淡を極めている。多分位空の事を胡散臭いとか思っているのだろう。彼はさとりとして他人の心を視るが、まるでそのお詫びのように自分の内心も隠さず晒す。思ったことをそのまま口にするし、表情も偽らない。

 愛すべき人だなと思う。

 和泉はそんなナキを驚いたように見つめていた。彼は優秀な使用人であるから普段は内心を表情に出したりしないが、今回ばかりは取り繕えなかったのだろう。ナキが吸血鬼族である自分を雑に扱っている事。そしてなによりその顔立ちの美麗さに。

 本人はあまり頓着していないが、ナキは美しい容姿をしている。銀糸の髪に射抜くような切れ長の瞳。長い手足と鍛えた身体は彼が男であることを示しているが、横顔にはえもいわれぬ色気が漂っている。

(女顔、と言うと怒るので口にしてはいけない)

 吸血鬼族にもひけをとらない美しさはナキが高い妖力をもった混血であることを示している。古来より妖怪というのは自らの魅力をもって人間を誘惑し、誘き寄せ、その血肉を喰らってきたのだから。

《お前みたいな化け物と一緒にするな》

 不意に声が聞こえた。ナキの声だ。けれど音の振動が鼓膜を震わせた訳ではない。

《オンボロ車だの、立て付けが悪いだの、愛想がねぇだの、女顔だのいちいち細かく嫌味を入れてくんな。鬱陶しい》

 彼の美しさは高い妖力を持っている証。

 彼は心の声を聞くだけてなく、心の奥底を見るだけでなく、自分の声を相手の心に直接訴えかけることもできる。

《普段は心を隠して見せないくせに、嫌味を言う時だけ思念を垂れ流しにしやがって》

 ナキを見遣ると、和泉の向かいに座った彼は真剣な面持ちで依頼の詳細を聞いていた。

 依頼人の話を聞きながら、位空のちょっかいにも律儀に返事を返す。さとりである彼は物心つく前から同時に複数の人間の心の声を聞き、それに対応してきた。二人を相手にすることなど朝飯前なのだろう。

 それにしてもこんな風にささやかな抗議を入れる為に力を使うなんてナキらしい。多分『自分の声を相手の心に直接訴えかける』という力の本来の用途はもっと非道である。恐らく洗脳とか、精神汚染して発狂させるとか、そういう方向性のはずである。

 それをナキが使ってしまうと、こんなにも微笑ましい使用方法になってしまうのだから。

(やっぱり玄葉さんはとても可愛らしい)

《死ね》

 とてもシンプルな感想が届く。彼の声はまるで刀剣だ。よく鍛え上げられた一振の刀。刃先に毒も塗っておらず、歪みもない。正々堂々と戦うための剣。

《お前》

 ナキの声。胸の中心から脳ミソに向かって波紋のように広がっていく不思議な声。

《ずっとヘラヘラしてるな》

 位空が顔を上げる。

《友人が死んだんじゃないのか》

 ようやくナキがこちらを見た。心の底まで見透かそうとする、さとりの瞳。

 ああ、彼は本当に可愛らしい人だ。

(友人を亡くした自分を心配してくれているという訳だ)

《いや、全然違う。図々しい》

《糞ポジティブしおれろ》

《心配なのは依頼人がお前の軽薄な態度に怒って、仕事がふいになることだ》

 照れ隠しにしては攻撃的な単語が飛んできたな?と思いつつ、位空は微笑んだ。

《……》

 諦めたような静寂、以降ナキからの伝心は途絶えた。

 しかし聞いてはいるだろう。

 位空は説明を試みる。

(ねぇ玄葉さん。僕が瑶一郎の死を嘆いていないように見えるというなら、それは正解なんだ。僕は彼の選択を祝福している。僕は昔から、吸血鬼っていうのは生物というより植物に近いんじゃないかなって思っている。他者から養分を吸いとって美しく咲き誇るんだ。何百年とね。僕らはあまり物事に執着せず、共感せず。故に感情を揺らすこともない。命を燃やすという意味を知らない僕らは平穏で、とても退屈な世界を生きている。瑶一郎はね、その世界から逃げ出すことに成功したんだ。梢さんと出会ってね。吸血鬼という種族が持つ力、名声、長い生すら、彼女と生きる為なら捨てられた。その選択を愚かと切り捨てる者も多いだろう。でも僕は彼の選択を祝福してる、今でも。だから死を嘆くことはない。そういうことさ。納得していただけたかな?)

《……》

 返答はなかった。それが返事だ。どうやら納得してくれたらしい。

(吸血鬼至上主義者は瑶一郎のことを『完璧な魂に傷をつけられた不良品』と蔑むんだろうな。人間に心を奪われたことを不名誉だと捉えるんだ。……確かに激情に支配されることのない吸血鬼だからこそ、はじめての感情を持てあまし、暴走気味で、性急で、頑なな態度であったことは否めない。人生の終焉に彼は何と無様な恥態を演じたことだろう。玄葉さんもそう思う?でもね?その醜態も、恋に狂った時間も、誰しもが手に入れられるものではない。もしかしたら瑶一郎が産まれて呼吸をしていた数百年の中で、生きていたと言えるのは梢さんに出会ってからの十数年間だけなのかもしれない。僕はそう思うよ。だから彼の喪失を嘆く必要はない。実際彼の心残りは愛娘のことだけだろうからね……って、ねぇ。玄葉さん?聞いてる?もしかして僕、ずっと独り言喋ってる?……まぁ、いいけど。独り言ついでに、そうだなぁ……これも呟いておこう)

(恋に狂った瑶一郎を梢さんは受け入れてくれた。一緒に狂ってくれた。それっておとぎ話みたいに幸せなことだよね?でももしも受け入れてくれなかったらどうなっていたんだろう。……本当に、どうなっていたんだろう?これまで激情を知らずに生きてきた吸血鬼。その生まれて初めての執着心。それがどれほどのものか。数百年の孤独に火を放ち、真っ黒く燃え上がった炎に抱かれて、共に身を焦がしてくれと乞うて。脅すように懇願して。動けないように繋ぎ止めて、 束縛して、情で絡めて。それでも受け入れてくれなかったら)


(吸血鬼はもしかしたら、その人が壊れるまで愛してしまうかもしれないね)


(そんな未来があったかもしれないと思えば、瑶一郎と梢さんの結末は悲劇ではないと思うよ。死を迎えるその瞬間も共にあれたというのなら、それはこの上ないハッピーエンドだと思わない?)

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