掌編小説・『褒めて育てた猫』

夢美瑠瑠

掌編小説・『褒めて育てた猫』

(これは、昨日の「ほめ育の日」のアメブロに投稿したものです)



掌編小説・『褒めて育てた猫』


 私は<江津ケイト>という教育評論家だ。

 コメンテーターとしてテレビや雑誌に出たりする傍ら、大学で教育学の講義をしたりもする。

 専門は教育環境論、という多少難解な学問である。これで学位を取ったのだ。

 常々「褒めて育てることの功罪」について考えていて、わたしはどちらかというと、ピグマリオン効果というのか、褒めて伸ばす、のが教育の王道とは思っているのだが、あまりになんでもかんでも子供を持ち上げすぎるのもどうかなあ、とも思っている。

 で、二匹の双子の猫をもらってきたので、これを機会にと、赤ちゃんの頃から二匹のうち一方はことあるごとに面倒を見てやり、プリンセスのごとくに褒めそやして、甘やかして可愛がって育て、一方は「この駄猫」というような感じに冷たく扱いつつ放任気味に育ててみることにした。ただし、殊更にいじめたりはしないようにした。

 一方は雌の「シロ」で、ビロードのような毛並みが美しいペルシャ系。

 もう片方は雄の「クロ」で、日本猫の雑種の黒猫である。

 私は「シロ」をひたすらかわいがって持ち上げ、「褒め」て育てた。で、「クロ」には少し邪慳というか「貶す?」育て方をしたのだ。


 そうすると、面白いもので、やはりというか、一歳になり、成猫と呼ばれる頃から二匹に明瞭な個性の違いが表れてきた。

 まず、「褒めて育てた」ほうである。

 ペルシャぽい毛の長い「シロ」はなんだか王女様風に驕慢な性格になり、かなりわがままになった。いつも尻尾を立てて、人間でもなんでも見下す感じに傲然と闊歩する。

 餌が欲しいと言ってにゃあにゃあ鳴くのは屈辱、と考えているらしくて、お皿の前に座って「ニャ」と一声だけ小さく鳴く。しばらく放っておくと「ああそうかよ」という感じにプイとどこかに行く。

 「クロ」は少し体も小さくて、しかし人間に冷たくされてもひたすら懐いてくるという可愛らしい所があって、ご飯の時間をよく覚えていて、皿の前に座って「にゃあにゃあ」一所懸命に鳴くのである。が、可愛がってやらないようにしているので、いつもなんだか悲しそうな顔をしている。

 二匹とも清潔にしてやって、飢えさしたりはしなかったので病気もせず大きくなっていった。

 私は一応科学者なのでフードも研究して「サイエンスダイエット」という舶来のものを上げている。これが猫ちゃんの健康には一番いいみたいなのだ。

 で、私は相変わらずルーチンとしてシロには優しく、クロには冷たく、という風に育てていたのだが、だんだんに両方の猫の、環境以外の生得の「性格」の違いみたいなものも表れてきた。

 シロは確かに王女様風に高雅で上品な感じに育っているのだが、わりとトンマなところがあって、ネズミも獲れないし、3歳過ぎても障子を破ったりいたずらをする。建前上というかあまり悪さをしても叱らなかったからかもしれない。

 クロは多少卑屈な感じはあるが、なんだかけなげな感じに育っていて、しかも賢い所があって、ネズミやセミを上手に捕獲して一人でじゃれている。その様子が可愛いので、ついつい目を細めて見ていて、「あ、ダメダメ」と慌てて無視したりする。きつくしつけられているので絶対に悪さはしなくなった。いたずらをしようとして、じっと我慢している様子も可愛い。


 …で、気が付くと私はなんとなく「シロ」を「嫌って」、「クロ」を「愛する」ようになっていた。

 「うーん、教育とは難しいものだな」などと思いながら相変わらず二匹への「差別教育実験」を続けていて、ある時「ハッ!」と気が付いた。

 これでは「シロ」が可哀そう!ダブルバインドになる!

 …心理学用語で「ダブルバインド」というのがあって、本当は嫌っている子供を、表面的に可愛がっているふりをして育てる。と、いうと子供は本当は嫌われているのがわかるので、親が信じられなくなって、その延長で周囲も信じられなくなり、精神的におかしくなってしまう状態だ。近づくことも、離れることもかなわず、親への二重拘束が生じるというものである。

 これは親の態度として教育上最もよくないとされている。

  

 で、私は前から綺麗な猫が欲しい、と言っていた友人に「本当に綺麗なペルシャだから」と言って、シロを譲ることにした。シロは既に「ダブルバインド」の弊害が出ているのか?あまり私にも懐かなくなっていたので、別れはあっさりとしたもので、なんら愁嘆場もいざこざもなくシロはもらわれていった。


 「褒めて育てる」こと自体は必ずしも悪い結果につながらないものの、そこにはやはり本当の愛情の裏付けが必要なのだ。わがままにシロを育ててしまい、その結果シロに愛情を持てなくなってしまった…

 「シロには可哀そうなことをしたな」と私は教育の専門家らしからぬ失態を演じたことを反省したのだった。


 …家には私と、チビでさえないクロだけが残された。クロはつぶらな瞳で、「ご飯まだ?」とこちらを見て尻尾を振っている。

 「クロ!」

 私は今まで可愛がってやりたくても可愛がってやれなかった「クロ」を思いっきり抱き締めて、可愛がってやった。

 クロはこちらを見てゆっくりと瞼を開いたり閉じたりした。

 そう、こういう瞬(まばた)きは猫の「大好き」という感情の表現なのだ。


<了>

  


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