第6話 美絵
私は昔から由里子に憧れていました。いや、羨ましくて、妬んでいました。
あれは小学生のときです。音楽の時間に、リコーダーのテストがありました。私は間違えずに出来ました。少し自信がありました。
テストを終えた私にクラスメートが近づいてきました。
「テスト聞いてたけど上手だったよ、感動したよ」
クラスメートにそう言われました。嬉しかったです。
けれどもそれは、束の間でした。クラスメートからの言葉には続きがありました。
「そう由里子に伝えてね」
私は必死で笑顔を作り、「うん」と言いました。
上手なのは由里子。その子だけではありません。他のクラスメートも次々に由里子のリコーダーを褒めていました。
「由里子は本当に上手だよね」
私もそう言わざるを得ませんでした。けれども本音は違います。
由里子は少し、戸惑ってリコーダーを吹いていました。私はスラスラと吹きました。私のほうが、技術は勝っているはずなのです。
けれども由里子の戸惑いを「情緒」だとみなしたのでしょう。
私は単に「譜面通り」吹いただけだと評価されました。
あのときからです。きっと、由里子が正しいのだと思いました。
由里子が世間の基準なのだと思いました。
由里子の真似をしていたら私も世間の基準に沿い注目を浴びる日が来る。そう思うようになりました。
ファッションや髪型、男の趣味まで由里子の真似をしました。
好みが近い私と由里子は一緒にいる時間が増えました。
由里子はモテました。チャラついた男からもよく誘われていました。けれどもあしらい方も知っているようでした。
由里子の彼氏はいつもちゃんとした人でした。
比べて私は、男のあしらい方を知りませんでした。声をかけられれば嬉しくて舞い上がりました。一応由里子に形ばかりの報告と相談をしてから男とつきあいました。
彼氏となった男は、最初は優しかったのですが、どんどん私の扱いが雑になりました。
由里子に相談すると「別れたほうがいいよ」と言われて、別れました。そんなことを繰り返していました。
けれども今の彼氏は、私を雑に扱いません。バンドに熱中しているので、その邪魔をしなければお互い良い関係を築けました。
彼氏はプログラミングや機械にも詳しくて、色々頼りになりました。頭もいいのです。
けれども仕事に関しては、ちゃんとしていません。自分は知識と技術があるからと、なかなか定職につきません。
その知識と技術を使って、時々稼いでいる節があります。表の仕事ではないような気がしますが。
私の彼氏は、周りから見るとダメ男でしょう。けれども彼とは離れられません。
私をこんな風にした由里子が憎いです。
由里子の彼氏は「ちゃんとしている人」です。大手企業に勤めていて、責任のある仕事も任せられているようです。
けれども私のことを「誰?」と言ったのです。
由里子と一番長く、一番一緒にいる私のことを知らないと。
しょせん私はそのレベルなのだと思い知りました。いくら由里子の真似をしても「由里子の真似」なのです。
憎い由里子が選んだ彼氏も、やっぱり憎いと思いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます