第4話 動画

 気づいたら夕方になっていた。晩ごはんをすませて、また少し書く。

 お風呂に入って気分を変える。

 風呂上がりはバスタオル一枚でもちょうどよい気温だった。これでビールなんか飲むと気持ちがいいのだろうが、私はお酒を飲まない。冷えた麦茶を飲んだ。そのままベッドに腰かける。

 視線を感じる。視線の先は、フランスぬいぐるみだった。

 フランスぬいぐるみが見ている。……考えすぎだろう。

 女の一人暮らしにバスタオル一枚でいる。それが不安につながっているのだろう。そう思う。けれど……。

 ごめん、そう思いながらフランスぬいぐるみをクローゼットにしまう。

 


 一週間後、美絵からメールが届く。


―今日の夜中に彼氏の動画配信あるから見てね―

 

 美絵の彼氏はバンドをやっているらしい。仕事は何をしているか知らないが、本気でバンドをやっていると言っていた。志摩くんとも知り合いらしい。

 明日も休みだし、夜ふかししても大丈夫だろう。私はパソコンを立ち上げたままテレビを見ていた。


 美絵の彼氏の動画配信が始まった。新曲を披露するらしい。

 郷愁きょうしゅうを感じさせる曲調だった。

 美絵の彼氏がギターを弾いている画面に歌詞がテロップで出る。

 歌詞を読む。サビに進み一番が終わる頃、違和感を覚える。

 それは二番の歌詞が進むと同時に胸騒ぎに変わる。

 私が今書いている小説とネタが一緒だ……。

 投稿サイトのコンテストに応募する小説を先週から書いている。全体像はほぼ書き終わり、今は推敲すいこうしている最中だった。

 私は推敲が終わるまでネットにアップはしない。今現在、この作品の中身を知っているのは私だけのはずだった。どうして……?

 偶然だろうか? それはありえない。歌い出しから最後まで、どう見ても私の作品と一緒だった。ここまで一致する偶然があるとは思えない。

 まさか美絵に言えるはずもなく、私は斗真に連絡をした。



「昨日は夜遅くにメールしてごめんね、どうしても相談したくて」


 私は日曜日の午前中、斗真に電話をしていた。すぐに言いたかった。

 私はいきさつを話した。美絵の彼氏が私の小説のネタを歌にしている。今まで美絵の話を聞いた感じからして、美絵の彼氏にあの歌詞を書けるとは思えないと。


「なんでそんな男の動画を見てるんだよ」


 斗真の怒りは違うところにあった。何かを勘違いしているらしい。

 そういえば最近、斗真と連絡をとっていなかった。


「美絵の彼氏の動画だよ。美絵に見てねって言われたから」

「美絵って誰だよ」


 私は絶句した。美絵の話は今まで何度もしてきた。一番つきあいが長い友達だ。斗真は私の話を聞いていなかったのだろうか。

 怒りが沸いた。斗真も違う怒りを持っている。私たちは喧嘩をして電話を切った。

 なんだろう、この感情。怒り? それだけじゃない。

 斗真は私の話を聞いていなかった。私を対等な人間として見ていなかった。ただ外見が派手で、連れて歩くアクセサリーか何かだと思っていたのだろうか。哀しくて、悔しかった。



 五分ほど経っただろうか。メール到着音がした。


―執筆はかどっていますか? あれから音はしている?―


 志摩くんからだった。

 音のことをここまで気にしてくれるのは志摩くんだけだった。私の執筆活動を気にしてくれるのも。

 メールの到着も、まるで見ているかのようなタイミングだった。

 まさか……ね。

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