拾い食いはよくない

 「(出来た、ついに)」


 言葉では表せない達成感。プルプルと震える手を投げ出して、俺は藁の上に仰向けで倒れ込んだ。

 意識をせずとも自然と深いため息が漏れていた。


 産まれて4日。たった4日。不慣れな体でのカゴ作りを終わらせてしまった自分に只々驚きである。

 元々器用な方ではなかったし、もっと苦戦するものと思っていたのにこれだ。聖皇竜は学習能力が高い、もしくは技術の習得速度が異常と見るべきか。

 単に俺が成長した線もあるにはあるが……。


 「キュッキュイキュ〜どっちだっていいや


 とにかく目標は達成。俺の空腹が限界を迎える前に終わったのは上出来だ。


 おっと、そうだ。出来た事に満足している場合じゃない。これは妹や弟の為に作った物なんだから、この中に卵をおさめて初めて完成と言える。


 体に鞭打ち立ち上がり、完成したばかりのカゴを引きずって卵達の元へ。

 ふふふ、妥協せずに小枝も織り交ぜて編んだからな。ちょっと引きずったくらいじゃ壊れはしないぜ。


 「(ふい〜。さて、ここからが本番)」


 巣の中央付近までカゴを移動させた後、グッと背伸びして気合いを入れ直す。パチンと軽く両頬を叩いて向き直った先には、卵が4つ。


 卵をこの中に入れる作業。口では簡単に言えるが、この幼い体ひとつで卵を割らずに運ぶのは結構神経を使うだろう。

 もし割ったら、なんてマイナスな事は考えない。変に肩肘張っちゃうからな。


 「(ふぅ……いざ!)」


 1番近くの卵へと歩み寄り、爪で引っ掻いてしまわないように慎重に掴む。

 この体で出せるであろう全力の力で、一気に持ち上げ…………られはしなかった。


 「(ぶはっ! お、重ぉっ!? ドラゴンの卵ってこんなに重いのか!?)」


 どれだけ力を込めても、ほんの僅かに浮き上がる程度が限界。カゴまで運ぶなんてまず無理な重さだ。

 無理をすれば卵を落とすのに加え、0歳の赤ん坊が腰をやらかす事になりそう。


 ダメだ。これ万全の状態でも持ち上げられないと思う。かと言って転がすのは嫌だしなぁ。それで割れたらどうすんだって話だ。


 「キュウはぁ……キュキュウイやめとくか


 早々に諦める。少なくとも今の体でどれだけ頑張っても意味は無さそう。

 仕方ない。母ドラゴンが帰ってきたらカゴの中へ入れてもらうよう頼んでみるか。言葉は伝わらんが、それらしいジェスチャーでもすれば分かってくれると思う。

 藁編みを瞬時に理解できるほど頭がいいみたいだからな。


 というか、その肝心の母様はどこに行ったんじゃい。結構な時間経ってるぞ。今日の狩りは終えてた筈だし、何をしに出掛けたんだろう。


 俺が肉を食わないから別の物を探しに行ってくれている、とかだったら凄く助かる。果物でも野菜でも木の実でも、食えるなら何でもいい。

 爪を使って捌く事は可能だろうから、腐ってさえいなければ生魚も大歓迎だ。


 ……ああダメだ。食べ物の事を考えると余計に腹が減ってくる。


 「(本格的に藁を食さねばならなくなりそう)」


 と言いつつ、手は無意識に藁を掴み、それを口の中へ。

 モグモグと咀嚼するが、相変わらず無味。でも前よりかは食べれる、そんな気がする。

 空腹は最高のスパイスと言われるし、これもその効果なのかね。


 なら、食おうか。


 「(ごく……おぉ、いけるもんだな)」


 ついには藁を飲み込む。意外な事に不快感はそこまで無かった。

 少なくとも死骸を口にするよりは何百倍もマシだ。


 食えると分かれば話は別。再び藁を掴み取り、さっきよりも多く口の中へ放り込んだ。

 草の匂い、土の匂い。どちらも死骸に比べれば断然良い。やはり食える。


 味ないから美味くはないけども。


 「(せめて塩か何かあれば……んお?)」


 影が落ちる。見上げれば、翼をはためかせながら降下してくる母ドラゴンが居た。


 ようやくお帰りか。いったい何をしに行っていたのやら。

 手ぶらみたいだし、どうやら期待していた他の食料という訳ではなさそうだ。ちくしょう。


 などと内心で悪態をつきながら、俺は帰ってきた母ドラゴンに手を振る。無論、その口いっぱいに藁を詰め込んだまま。


 「……!!?」


 「キュ?」


 不意に、母ドラゴンが降下する速度を速めた。

 こちらが呆気にとられている間に巣の中央へ降り立ち、そして何故か酷く取り乱したようにバタバタと近付いてくる。


 どうしたのだろう? と疑問に思う暇も無いまま、俺は母ドラゴンに抱えあげられ――。


 「グルッ! ヴゥッ!」


 「ギュッいだっ!? キュ、キュイッえ、なにっ!? キュイーキュー痛いんですけどー!!?」


 背中をバシバシと叩かれまくった。

 流石に加減はしているようだが、それでも痛い。


 てーか母様よ! 何すんの!? 何してんの!? まさかお前もあのクソ親と同じなのかコラー!

 だからって赤子にまで手を出すか普つ……うっ、いかん、この衝撃で食った藁が――。


 「うええぇぇぇ」


 ああ、吐いちゃった。せっかく食べたのに、貴重な食料……。


 「……!」


 「(背中がジンジンする……あん? 今度は何――)」


 母ドラゴンが俺を抱え直し、何をする気だと思う頃には物凄い速度で俺は空を飛んでいた。

 いきなり過ぎて意識を巣の中に置いてきてしまうほどだ。気付けば天井の穴を抜けており、目の前には大自然が広がっていた。


 絶景だ……生前でも、こんなに緑豊かな光景を見たことはない。

 知らない鳥が飛んでいる。眼下の森には、これまた見知らぬ動物達。そして、なにより。


 「(なん、だ……ありゃ)」


 見上げた空には、今にもここへ落ちてきそうな馬鹿デカい月のようなものが浮かんでいた。

 しかも俺の知る月は白かったのに対し、今見えている月は淡いピンク色。理解ができない。


 どうなってる? あんなもの空には存在してなかった筈だ。確かに月の大きさは時折変わる事はあった。でもここまでデカくなった事なんてない。

 そもそも色が違うし、仮にあれが月だとして、どうして真昼間からこんなにハッキリと見えている?


 思えば母ドラゴンが見た事もない動物の死骸を運んでくる頃から変だとは感じていた。

 俺は兵士として多くの場所へ派遣された身。だから、それぞれの地に生息する動植物の知識も常人よりは詳しい自信がある。


 なのに、この4日という間に運ばれてきた動物全てが、まったく知らない生物だった。


 ここはいったい何なんだ?


 「(俺が居た大陸とは別の大陸? いや、だとしてもやはり月の説明がつかない。おかしい、何かが確実に――)」


 「……っ」


 「キューッおわー!? キュキュイキューキューッいきなり急降下すんなーっ!!!」


 人が考えてるってのに、この母ドラゴンときたら遠慮を知らないらしい。


 山肌を沿うように滑空を続け、やがて見えてきた光景に、俺は本日何度目かも忘れた驚きに目を見開いた。


 街だ。どう見ても人の街。それもかなり大きい。

 城らしき建物は見えないな。ほとんどが石造りの民家、或いは店。それに街中に伸びているあれは水路か!? 馬鹿な、こんなに大規模なもの王都ですら有り得ないぞ!


 この規模の水路を作るとなれば莫大な費用が掛かる。人手も相当な数が必要だ。付け加えて、こうして空から見て初めて分かる水路の正確さ。

 規則正しく街中を駆け巡る水路は、まるで一つの芸術品だ。これを設計する職人が居るとするなら、その人物は国宝級の存在。

 少なくともそんな職人、クソ国王が統治していた王都には居なかった。


 短時間で悟った。この街は、確実に有能な誰かが管理していると。




 ……いや、ちょっと待て。確かに色々と驚きはした。月だったり街だったりと。

 でも今はそんな事はどうでもいい。問題は、何故に母ドラゴンが街に向かっているのかだ。


 ハッ!? 今思えばさっきの母ドラゴンの行動、あれってもしかして「それは食べ物じゃない! ペッしなさい!」と藁を吐き出させようとしていたんじゃないのか……?

 きっとそうだ。俺が親だったら子供が草食ってたら慌てて止めるし。


 親ならどう考える?

 自分が持ってくる食料も食わず藁を食っていた我が子。

 このままでは子は何も食わず、目を離した隙に藁ばかりを食べ続ける。早急に何とかせねばと思い至るは必然。


 そしてドラゴンは人間も食う。都市に住む人間がドラゴン一頭に食い尽くされた前例もあるのだ。

 ああ間違いない。母ドラゴンは人の味を俺に教えようとしている! でなきゃこのタイミングで街に向かうなんて事はしない!


 いかぁぁぁぁん!! 止まれ母様よ! 死骸でも何でも頑張って食べるから、それだけはやめてくれ!!

 元人間に人間を食わすとか拷問でしかないから! 動物のがマシだから!


 というか逃げてー!! ドラゴン来てますよー!! 冗談抜きで街滅ぶからー!


 「(ま、マズイ。このままじゃ大惨事に……あ! あそこに人混み! 何かの祭りか?

  いやそんなのどうでもいい! そこの人達気付け! ホントに死ぬぞ!? 1人ぐらいこっち見ろ!!)」


 魂の叫びが奇跡的に届いたのか、1人、また1人とこちらを見上げる。


 「(……! よし気付いた! 早く逃げ――)」


 「おーい!」


 ……あれー? 俺の目が腐ってんのかな? 手振ってね? うん振ってるよね、気付いた人もれなく満面の笑みで。





 馬 鹿 な の か !!!?


 逃げろよ! ドラゴンだぞ!? 人類の天敵! 災害級のとんでも生物!ねぇ馬鹿なの!? クソ馬鹿なの!?

 おーい・・・じゃねーんだよ!! ギャー・・・だろそこは!! 力も無い奴が立ち向かったって意味無いの! 食われるか、潰されるか、消し炭にされるか、そういう結末しかねーの! お分かり!?


 「キューキュイキューッ早く逃げろバカヤロー!!!」





――――




あとがき。


目指せ書籍化!

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