思っていた反応と違う

 もうダメだ、間に合わない。

 この街の人間は平和ボケし過ぎている。今時子供でもドラゴンを見たら直ぐに逃げる選択をするというのに、物珍しさからかそれすらせずに暢気に手を振る始末。


 目を覆いたくなるとはこの事か。実際、俺は次の瞬間に起こるであろう惨劇を見ないように、ギュッと瞼を閉じ、両手で更に目を覆い隠した。


 間もなく聞こえてくるだろう、聞くに耐えない悲鳴が。鼻腔を刺激する鉄臭い匂いが。



 ……。


 …………。


 ………………。



 あれ? 何も聞こえてこない?


 待てど暮らせど俺が予想していた瞬間は訪れない。ふと感じたのは、そっと地面に下ろされる感覚。ひんやりとした石畳を尻に感じた。


 「……かわいい」


 そして聞こえてきたのは少女の声。

 予想していたものとあまりにかけ離れた一言。何が、と恐る恐る両手をどけて目を開けると……そこには幼い少女がしゃがみ込み、俺を真っ直ぐに見つめていた。


 少女だけじゃない。鎧姿の老人に見慣れない服を着た黒髪の女性。年若い男女、その奥にはズラリと大勢の人間。


 誰もがこちらをキラキラと輝く目で見ていた。


 「(な、何だ……? 何が起こってる? ドラゴンが来たってのに、コイツらはいったい何を――)」


 そうだ、肝心の母ドラゴンは何をしてる?


 疑問に思ったその時、背後から光を感じた。

 首だけを回して振り返ると、どう見てもドラゴンの形をした大きな何かが眩い光を放っている。


 それは段々と小さくなり、やがて人の形へ。

 光が消えたその先には、この世の物とは思えぬ美しい女性が立っていた。風になびく白く長い髪を持つ彼女が、俺の母親であると理解するには少しばかり時間を要した。


 「エリザ! たた大変なのだ! 寝床へ戻ったらこの子が、この子がー!!」


 取り乱した様子で、エリザと呼ばれた女性に駆け寄り肩をグラグラと揺らし始める。


 「お、落ち着いてくださいシェラメア様っ」


 「落ち着いていられるか! 藁を食べていたんだぞ! やはりどこか病気なのかもしれない! 早急に医者を呼べ! 医者をーーー!!!」


 「あうあうあう」


 「シェラメア様! それ以上はエリザの首が取れます!」


 えーと、何だ。頭の整理が追いつかない。

エリザとやらの言葉から察するに、やはりこの美女は母ドラゴン……母様なのだろうか。

 だよな、現に美女の頭上にはあの時見た不可解な線とシェラメアという名が浮かび上がっているし。


 へー、ドラゴンって人の姿になれるんだー。知らなかったなー、ハハハハ。



 って! んなわけあるかぁっ!!! 有り得ない! 馬鹿げてる!

 人の姿へ化ける? あってたまるかそんな恐ろしい事! じゃあなにか? 俺が過ごしてきた生前にも、人混みの中にドラゴンが混じっていた可能性もあるってか? 笑えねーよ!


 知能の高さに鼻歌、挙句の果てには人化して人の言葉まで話している。どうなってんだこの聖皇竜って存在は!?

 ってかコイツらもコイツらで何を平然とドラゴンと会話していらっしゃるの!?


 それにシェラメアって、それじゃまるで恐怖ではなく敬っているみたいではないか。


 「(いったい何がどうなって――)」


 「はあぁぁぁ……! かわいい〜!」


 「キュッんおっ!?」


 これでもかと戸惑う俺の体がふわりと抱き上げられる。

 さっき見た見慣れない服を着ていた女性だ。俺を両手で抱え上げ、そして。


 「サヤお姉ちゃんよ〜。よろしくね〜」


 「(おおふ……)」


 思い切り抱き締められた。それも豊かな胸の中へ。


 この女性はサヤという名前なのか。歳は……20前半くらい? 何をとは言わないが立派なものをお持ちだ。

 それに容姿もとびきりの美女ときた。これは男共も黙ってはいまい。


 しかし、俺もその男のカテゴリであるはずなのに、こうして胸に抱かれても劣情の欠片すら抱かないのは何故なのだろう。

 やはりドラゴンだから? それとも感情の欠如?


 「お、おいサヤ! シェラメア様のご子息に失礼だろう!」


 「え〜? 細かいわねトマスは。いいじゃないの少しくらい。シェラメア様〜、少し抱っこしてても構わないでしょうか〜?」


 「はぁ……はぁ……ああ、構わない。だが慈しみを持つように」


 「はぁい♪」


 「(……やわらかぁ)」


 この体だし、ちょっとくらいは。そんな邪な考えを実行してみる。両手で軽く押さえてみただけなのに、沈み込むような感覚……これが母性の象徴なのか。

 男共が夢中になるわけだ。できれば死ぬ前に堪能してみたかった。


 「やん、くすぐったい。やっぱりお乳が欲しいのかしら〜?」


 「それは無いと言っただろ。産まれて初めて見る人族が物珍しいだけだろうさ」


 いえ、揉みたかっただけです。


 「ふぅむ……幼い中に確かにある凛々しさ。これは将来が大いに楽しみですな」


 「ちょっとルドルフ、酒臭い息をこの子に吹きかけないでちょうだい」


 「お主の方が酒臭かろうが!」


 ふむ、この老人はルドルフね。

 確かに、サヤ……呼び捨ては良くないか。サヤさんから香るのは強烈な酒の匂い。以前の俺は強い酒の匂いを嗅ぐだけでもクラっとくるほど酒には弱かった。

 しかし今は、この至近距離で嗅いでも特に異常は見られない。聖皇竜は酒に耐性有り、か。


 それにしても、この人達の名前は視界に映らないんだな。

 見えてるのは母様くらいで、他は全然だ。何か条件でもあるのだろうか?


 「おとなしいな。竜の子はもう少しヤンチャだと聞いたが」


 「この子は賢いんだよトマス。いや、天才と言ってもいいかもしれない」


 「と言いますと?」


 「うむ。まず前提として、竜の子も産まれたばかりでは人の子と同じく、満足に何かをする事は出来ない。

せいぜいが、食べる、寝る、泣く、これくらいのものだ」


 あー、うん。母様が何を言おうとしているのかは分かった。そりゃそうだよ。どんな種族だろうが普通は有り得ない事してたもんな俺。


 「だがこの子には、寝床の藁で物を編み上げる程の知性がある」


 「編み上げる?」


 「ほら、これだ」


 言いつつ、母様が何かを取り出す。


 あ! それ俺がついさっき完成させたカゴじゃないか! いつの間に持ち出したんだコノヤロー!

 ……ってか今どこから取り出した? 何も無い空間から取り出したように見えたが。


 「何を隠そう、これはこの子が作った 」


 「いやいや、ご冗談を――」


 「ならば証明しよう」


 言いつつ、母様がまた何も無い空間から藁を取り出す。それをサヤさんの感触を堪能している俺に渡し、期待のこもった眼差しで見てくる。


 やれというのか? どうでもいいけど、結局さっきまで慌ててたのは何だったん?


 「ほら、やってみせてくれないか?」


 そりゃ、別に特別やましい事をしてる訳じゃないから、やれと言われればやるけども。


 しょうがないなーと、もはや慣れてしまった工程をササッとやって見せる。

 小枝が無いから簡単に藁同士を編み込む事しか出来ないけど、まぁこれで十分だろう。現に俺の手元を見ていた全員が目を見開いてるし。


 「まぁ、器用ですね」


 「驚いた……まさか本当だとは」


 「ふぅむ、これはまた驚きの才能ですなシェラメア様」


 「ふふん、だろう?」


 いや何で母様が得意げなんだよ。やってんの俺だからね?


 「キュ完成


 どやぁっと完成した編み藁を掲げれば、大きな歓声が上がった。

 こんなしょーもない事なのに凄い盛り上がりよう。さてはコイツら良い人達だな!?


 「あぁんかわいい〜♪ シェラメア様〜、この子私にいただけません?」


 「はっはっはっ、殺すぞ?」


 「し、シェラメア様、サヤのいつもの悪ふざけですから」


 「どっちにしろやらん」


 ええ? ダメなん? 俺としては全然構わないんだけど。こんな美人に貰われるなんて最高ではないか。

 巣の中で引き篭っているよりよほど有意義だろうし、その辺考慮してくれてもいいのだぜ母様よ?


 それともまさか親バカとか言うまいな?


 呆れるようにため息をひとつ。

 その時、ふと俺の腹がキュルル〜と大きく鳴った。


 「あら?」


 「(おっと、失礼したお嬢さん。こう見えて何も食べていなくてね)」


 付け加えるなら、ここに来てからというもの、ずっといい匂いがしてるのも大きな要因だろう。

 見渡せばあちこちに広げられたご馳走の数々。動物の死骸なんぞ当然無く、そこにはしっかりとした調理を施された料理が並んでいた。


 腹を鳴らすなというのがそもそも無理な話である。





――――




あとがき。


目指せ書籍化!

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