祝えや歌え 忘却
瞬く間に宴の準備は整い、私が降り立った広場は現在、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとなっていた。
広場の中央には私が座し、特に親しい者数人のみが近くに座って、それぞれ酒と料理に舌鼓を打っている。
残りの住人は離れて座り、各々好きに楽しんでいた。
右隣ではルドルフが豪快に酒を煽っており、左隣にはここでは珍しい着物なる服を纏った妙齢の女、名をサヤ・カミネ。
正面を陣取るのは歳若い夫婦。男はトマス、女はエリザ。そして、その2人の間で縮こまっている少女が、遠慮気味に私の方をチラチラと覗き見ていた。
察するに2人の間に産まれた子か。歳は……6と言ったところかな。エリザと同じ金色の髪、垂れ目な所はトマス似だ。
私の様子を窺う姿はまるで小動物。
可愛らしいものだ。まぁ我が子の愛らしさには到底及ばないが。
「ほう! では、お子は
「ああ。聖皇竜としての血を色濃く受け継いでいる証拠だ。私の後継者はあの子しか居ない」
「わははは! 実に素晴らしい! 今からご子息に仕えるのが楽しみで仕方ありませんぞ!」
「あの子が私の役目を次ぐ頃には、ルドルフは足腰立たぬ体となっているんじゃないか?」
「何を仰いますか! このルドルフ・ビガー、シェラメア様の孫の代まで仕える所存!」
「そ、そこまで長生きしたらお前は人間ではないぞ」
「意地でも生き長らえて見せましょうぞ! 人としての寿命すら跳ね除け、この身この魂、全てを賭けましてな! ワハハハハハッ!!!」
ルドルフが言うと本当に生き続けてしまいそうだから恐ろしい。
いや、思えばコイツは再起不能と思われた大怪我を幾度負おうが、その度に復帰した化け物だったな。人の身で数百年生きてもたぶん私は驚かないかもしれない。
「んく……んく……ぷはぁ。はー
「おいサヤ。いくら祝い事とは言え飲み過ぎだぞ」
「あらぁ、祝い事だからこそじゃない。そう言うトマスは飲まな過ぎよ」
「俺は飲まないんじゃなくて飲めないんだ! 分かってて言ってるだろ!」
「なんの事かさっぱりね。エリザもこんな口うるさい男とくっ付くなんて、物好きと言うかなんというか。んく……ぷはぁ。ん〜♪」
「ふふ、私はトマスの優しい所をたくさん知っているから」
「え、エリザ……」
「はいはいごちそーさま。イチャつくなら子供の居ない所でお願いするわ。
あらシェラメア様、杯が
「む、あぁ、ありがとうサヤ」
「いえいえ〜♪ シェラメア様にお酌なんて滅多に出来ませんから、光栄です。産まれてきてくださったご子息に感謝ですねぇ」
そんなものだろうか? 私にお酌など、特別光栄に思うようなものではないと思うのだがな。
「子供と言えば、紹介が遅れました」
何かを思い出したように、持っていたフォークを置いてトマスが自分の隣に座り込んでいる少女の背を押した。
「シェラメア様。この子は俺とエリザの娘、エトです。俺達の名から一文字ずつ取り名付けました。
ほらエト、シェラメア様にお会いするのは初めてだろう? 挨拶しなさい」
「う、うんっ。あの……は、はじめまして、エト・リート、です……あぅ」
やはり人見知りなのか、控えめに自己紹介をした途端エリザに寄り添って顔を隠してしまった。
「もうエト、シェラメア様に失礼よ?」
「いや構わない。エト、初めまして。私はシェラメアと言う。しがないドラゴンだよ」
「ぷはぁ……んふふ〜、シェラメア様が
「事実だ。所詮私も数ある中の一頭に過ぎんよ。さて、エトよ」
「……!」チラ
やれやれ、人見知りに加えて恥ずかしがり屋か? 呼び掛けてもエリザの影から顔を覗かせるばかりで反応が薄い。
「そう怯えてくれるな。出来ればお前とも仲良くなりたいのだが、どうだろう?」
「……」コク
おお、確かに頷いてくれた。やはり恥ずかしがっているだけか。可愛いやつめ。
「……」
「ん? ……ああ、なるほど。いいぞ、何でも聞いてみなさい」
隠れたまま無言で小さく手を挙げるエト。直ぐにその意図を察して、続きを促してやる。
「シェラメア様の赤ちゃん……かわいい?」
「もちろんだとも!!!」
「ひぅ!?」
あ、つい感情が昂って大きな声を上げてしまった。せっかくエトが歩み寄ろうとしてきてくれたのに、ますます引っ込んでしまったではないか。
いかんいかん、気を強く持てシェラメアよ。これでは本当にただの親バカだ。
「あいや、すまないエト。どうもあの子の事になるとな……」
「ワハハハハ! シェラメア様も子には勝てませぬか! 愉快愉快!」
「ちょっとジジイ、飲み過ぎよ」
「誰がジジイだ! それにサヤ! お主はワシの倍以上も飲んでおろうが!」
「私はいくら飲んでもほろ酔いから悪化しない体質だもの。馬鹿みたいにガバガバ飲んで騒ぐ大酒飲みと一緒にしないでほしいわ」
「吠えよったな小娘!」
「吠えてんのはアンタ。静かに飲めないからあっち行ってもらえる? シッシッ」
「かーっ!! これだから最近の若いモンは!」
両隣が騒がしい事この上ない。この2人の相性の悪さは今でも健在か。
昔から反りが合わないのは知っていたが、悪化しているなこれは。仲違いなどしなければいいが……。
それよりもエトだ。怯えさせてしまった手前、どう対処すべきか。小さな子を相手するのは慣れていない故、こういう時はどうすれば正解なのか分かりにくい。
そうだ、子供の気持ちになってみよう。怯える子供になりきったつもりで思考すれば何か一つくらい手が――。
「……」
ん? 子供? はて? そういえば私は何か忘れているような……忘れ、て…………ハッ!!!?
「しまったぁぁぁぁぁっ!!!!」
「ひぅぅっ!!?」ビクゥッ
「ど、どうされたのですか? シェラメア様」
どうしたもこうしたもないトマス! 私の愚か者が!! すっかり本来の目的を忘れて寛いでしまっていた!
この過ちは2度目! あの子の為に狩りを行った初日、夢中になり過ぎて帰るのが遅れてしまったあの日以来の失態!
ああぁぁぁぁぁっ!!! この馬鹿ドラゴンめ! 親失格だ! ここに来て何時間経った!? また私はあの子を長時間一人ぼっちに!!
い、いや落ち着け、冷静になれシェラメアよ。
落ち着いて目的を果たし、迅速にあの子の元へ帰ろう。大丈夫、あの子は賢い子だ。だからもう少しだけ待っていてくれ我が子よ……!
「さ、酒を飲んでいる場合ではない。皆! 特に子を持つ母達に聞きたい事がある! 集まってくれ!」
私が呼び掛けると、離れたところに居た女達が続々と此方へ集まってくる。
悪いが男性陣と独り身のサヤには退いてもらい、母親達のみで円になり座り込む。私の尋常ではない様子に何かを察してか、全員が真剣な眼差しで此方を見つめていた。
「よく聞いてくれ。私の子が産まれ既に4日の時が経っている。その間、私なりに子育てを頑張ってきたつもりだ。
しかし1つ問題があってな。……この4日間、我が子は何も食べていない状態にあるのだ」
私の衝撃発言に、母親達だけでなく、ルドルフ達もが驚きに息を詰まらせた。
「あの、まさかシェラメア様はご子息に何もお与えになっていないと……?」
「バカを言うなエリザ。私は毎日欠かさず獲物を狩り、寝床に持ち帰っている。無論、食べても無害な草食動物のみをな」
「間違いなかろう。ここ数日、シェラメア様が山の上を飛んでいる姿を多くの者が目撃している。もちろんワシもな。
あれはご子息の為に狩りを行っていた最中だった、という事で間違いありませんかな?」
「ああ」
ここ数日は散々飛び回っていたからな。目撃されるのは当たり前か。
「……ねぇシェラメア様。1つ質問があるのですが」
円の外で聞いていたサヤが手を挙げる。私が頷く事でそれを許すと、サヤは顎に手を添えて口を開いた。
「凄く単純な質問。産まれたばかりの幼子に、固形物を?」
「……ハッ! そ、それですよシェラメア様! 普通赤ん坊は母親からの授乳で育つものです! エトもそうやって大きくなった!」
サヤの言葉にトマスが同調し、また母親達もうんうんと何度も頷く。
まぁ当然の疑問と言えるだろう。人族の赤子は母から乳を摂取して育つのが当たり前。赤子に固形物など馬鹿かと、そこに思考が行き着くのは必然だ。
だが、それはあくまでも人族の話。
「いや、ドラゴンの子は産まれたその日から肉を食らう。私もそうやって育った。
そもそもだが、私はどちらの姿でも乳など出ん」
「そ、そうなのですか? ……いやぁ何とも、にわかには信じ難い話と言いますか」
「疑り深いなトマスよ。何なら吸ってみるか? ほら」
「っっっ!!!? ふぎゃあっ!?」
言っても分からぬなら吸わせて確認させてやろう。
そう思って服をはだけさせ乳房を露わにしてやると、トマスは瞬時に顔を赤らめ目を逸ら……す前に、エリザから目にも止まらぬ速度で放たれた目潰しを食らっていた。あれは痛い。
はだけさせた服はサヤが横から素早く整えてくれた。この子も手際がよくなったものだな。
「うふふ、トマス? 何か見たかしら?」
「み、見てません! 俺の名とエリザとエトに誓って何も見ておりません!」
「無理があるわね〜トマス」
「おっほん! ……シェラメア様、うら若き女性が不用意に乳房を晒すものではありませんぞ? まして吸わせるなどと、まったくけしからんですな」
「それらしい事言ってるけど鼻血出てんのよエロジジイ」
「眼福であった」
「おいコラ」
ふむ……別に人族に乳を見られたり吸われたりしても何も思わないが。私がズレているのか?
あ、いやそんな事はどうでもいい。今気にするべきはそこではないだろう。
「とにかく、ドラゴンの子は乳を必要とはしない。これは確かだ。
……あの子は私が初めて獲物を持ち帰った日、食べようという意思は見せてくれた。だが咀嚼をしたのは数回のみで、直ぐに吐き出してしまってな。
その日から今日まで、あの子は私が持ち帰る獲物を食べようとしてくれない。
ドラゴンと言えど赤ん坊だ。このまま何も食べないでいれば、栄養不足で最悪死に至る。それだけは何としても避けたい……だからこそ皆の知恵を借りたいのだ。
聖皇竜である私も子育てに関しては素人同然。種族が違うとはいえ、同じ母親であり先達でもある皆に協力してもらいたい。……どうか、頼む」
姿勢を正し、深く頭を下げる。
そんな私の姿にザワつく皆の声が聞こえるが、私は構わず頭を下げ続けた。
本来皆を守るべき者が簡単に頭を下げるなどと、けして褒められた事ではないだろう。しかし、子のためならばこの程度安いものだ。
どれだけそうしていただろう。不意に肩に手を置かれ、見上げれば笑顔を浮かべたエリザがそこに居た。
「シェラメア様が望まれるのなら、私達はそれに応えるのが使命。この場にいる者すべてが、お力添えいたします」
「……ありがとう」
再び頭を下げる。
ああ、本当に、私は良き人達に恵まれている。守らねばならない。皆を、この街を、そして我が子を。
「何も食べない……」
「ご病気かしら?」
「お医者様に診てもらうのは?」
「竜の子を?」
「専門外だと思うけれど」
「ベジタリアン、とか?」
「無いとは言いきれないわね」
頼もしい事だ。私が何を言うでもなく、母親達は我が子の事について真剣に話し合ってくれている。
やはり相談したのは正解だな。私1人で悶々と悩んでいたところで解決には至らなかったと思う。
いや、まだ解決はしていない。とにかく話し合って、原因が分かれば尚――。
「ぁの、シェラメア、様……」
「ん、どうした? エト」
ふと気付けば、ずっと隠れていたエトがすぐ傍に居た。私の服を遠慮気味に指で引っ張り、何かを言いたそうに見上げている。
私が見つめ返すと、エトは徐に懐へ手を入れて何かを取りだした。
一見すれば単なる布切れ。少し膨らみがある事から何かを包んでいるのは分かった。
「それは?」
「クッキー」
布切れが取り払われると、中から現れたのはエトの言う通り小麦色のクッキーだ。
「シェラメア様の赤ちゃん、食べるかな?」
「む、どうだろうな……」
「可能性はあるんじゃないでしょうか? 人の子も好き嫌いがあるのは普通の事。シェラメア様のご子息も、それに該当している線は充分にあるかと」
「小娘に同調する訳ではありませんが、この歳になったワシにも嫌いな食べ物はあるくらいですからな」
「へー、私はこの歳でも嫌いな食べ物なんてないけれど? 私の倍以上生きてるルドルフジジイは嫌いな食べ物あるのね〜ふ〜ん?」
「カッ、経験も無ければ色も知らぬ小娘が言いよるわ」
「ジジイ、潰すわよ」
サヤとルドルフの争いは置いておき、ふむ……確かに好き嫌いという可能性は考えなかったな。なまじ私自身が何でも食べる性質だから気付かなかった。
「ではこういうのはどうでしょう?」
エリザがパチンと両手を合わせて声を上げる。
「ちょうど今、この場にはたくさんの料理が用意されています。ので、もしシェラメア様さえ宜しければ、ここへご子息をお連れして好物を探るというのはいかがでしょう?」
「っ! それだ!」
現状では1番手っ取り早い! 一から探るよりも、ここにあの子を連れてくれば進んで何かを口にしてくれるかもしれない!
そうなれば今後あの子に食べさせる物も自ずと定まる筈! ああ、これしかない! 良い案だエリザ!
そうと決まれば直ぐに向かおう。往復で数分程度、手間は無い。
早速ドラゴンへと姿を変え……る前に。
「エトよ」
「……?」
「お前のおかげだ。お手柄だぞ〜」
「あぅあぅ」
「あらあら、よかったわねエト」
こうして解決策を思いついたのもエトが歩み寄ってきてくれたおかげ。エトの頭を胸に抱き、熱い抱擁を交わす。
存分に抱きしめた後、私は立ち上がり、皆から離れて意識を集中させる。描くイメージは元の姿。
「では行って来る。
ドラゴンの姿となった私は、大きく羽ばたき空へと舞い上がった。
――――
あとがき。
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