味覚は嘘を吐かない

 さて、非常に困った。

 目の前に差し出された動物の死骸。あろう事か母ドラゴンはこれを食えと俺に言っているらしい。


 産まれたばかりの赤子に固形物。しかも死にたてほやほやの動物とは一体どういう了見だ。

 それともドラゴンはそれが普通なのか? 確かに物を食べる為の歯は生え揃っているけども。


 生前の俺は特に好き嫌いも無く、出された物は基本的に何でも食べれる。無論それが、人間の食べる物であり、尚且つしっかりと調理されていればの話だ。

 兵士だった頃は野宿も多く、食料を現地調達する事も少なくなかった。狩りをして獲物を捌き、火起こしをしてしっかりと火を通す。今では慣れたものである。


 極端な事を言えば、毒を含むもの以外なら火さえ通っていれば大抵は食べられる。


 「……」


 「……?」


 困って母ドラゴンを見つめるが、どうしたの? と首を傾げるばかり。


 勘弁してくれ。火を通すどころか捌く前の内蔵含めその他諸々が残っている状態のこれを食えと? ハッキリ言おう、無理だ。

 いくら俺が好き嫌いをしない性質でも限度というものがある。


 しかしこのまま何も食べないというのも何れ限界が来るしな。


 「(賭けるか)」


 賭け……いや、これは賭けというか願望に近い。ドラゴンとしての味覚ならば、こういう死骸を食っても意外と美味いかもしれない。そうであってほしいという願望。

 でもそうでなければ最悪だ。単純に不味いだけで済めば御の字。だが食った後に腹を下したり、もっと深刻な症状を引き起こす場合も考えられる。


 「(くっ、ええい! なるようになれ!)」


 食ってみなければ何も分からない。最初に溺れ死にそうになった時、綺麗かどうかも分からない水をしこたま飲んでも腹は壊さなかった。

 この体の強靭な胃袋を俺は信じる! いざ! 名も知らぬ動物よ、我が糧となれ!


 「はぐっ」


 覚悟を決めてかぶりつく。

 ドラゴンの歯が凄まじい切れ味を誇っているのは前々から知っていたが、どうやらそれは赤子の歯も同様らしい。皮付きの死骸に食らいついて思い切り噛んでみれば、驚くほど簡単に皮ごと肉が噛み切れた。


 グニグニとした食感が最高に気持ち悪い。

滴る血が口の中に入ってくる。咀嚼を繰り返せば繰り返すほど、美味しさとは程遠い生臭さと獣の臭みが口内で大爆発。


 秒で吐き気に襲われ、俺はそれに抗おうともせず盛大に口の中の物をぶちまけた。


 「(おうぇぇぇぇぇぇ!!! 不味い! 臭い! 気持ち悪い! 何だこの負の塊! 食えたもんじゃない!)」


 「……!?」


 我慢すればいいなどという次元じゃない。俺の意思とは関係なく、体が飲み込む事を拒否した。


 いきなり吐いた俺に驚いたのだろう。母ドラゴンがオロオロと首を左右に振って俺の様子を窺っている。

 そんな母ドラゴンに構うことも無く、俺は一心不乱に駆けた。


 他の事なんてどうでもいい! 今は何よりもまず、口の中を洗いたい! 生臭さ獣臭さ鉄臭さ、三位一体のゲロマズ空間と化した口内を洗浄せねばならない! 目指すは巣の周りにある水だ!


 清めたまえーー!!!


 溺れる事など二の次で、俺は本日2度目となるダイブを決めたのだった。






――……。






 水中に飛び込んだ俺はすぐさま水を口内に取り込み、グチュグチュとかき回して臭いをこ削ぎ落とした。

 息苦しさすら忘れて、とにかくこの臭みから逃れる一心で何度も何度も繰り返す。


 やがて臭いが薄れてきた頃、再び俺の体は母ドラゴンの手によってすくい上げられた。


 巣の中へ戻されてからも妥協はせず、そこらに腐るほどある藁を鷲掴み、歯の間に残った僅かな臭いすら擦りまくって落とす。


 今の俺を見て大袈裟だと笑う輩が居たならば、その喉に食らいついてやる。

 これでも足りないくらいだ。とにかく臭い! 鼻が曲がるとかそんなもんじゃない! 臭すぎて鼻が逃げ出そうとする勢いなんだよ!


 断言しよう! 生前、兵舎でやらされていた汚物処理をしている方が遥かにマシであると!

 これは食い物では断じてない! 毒! 毒そのもの! 劇物だ! ふざけんな殺す気か! 赤ん坊に食わせるなんて正気の沙汰とは思えん!


 「グル……」


 「キュイっいらん!」


 母ドラゴンは尚も俺に食わせようと死骸を押し付けてくるが、冗談じゃない。

 手で押しのけて、いらない、食べない、断固として! とハッキリ意思表示をした。


 うあぁ、あんなに丹念に洗ったのにまだ薄らと臭い残ってるぅ。自分の息が臭いぃぃ。


 「(やはり火だ。いや、それ以上に下処理とかをちゃんと施すべきだろう。でなければ焼いたところでこの臭みは消えない)」


 血抜き。それにハーブといった香草で入念に臭いを消した上で焼いて食べる。それくらいしないとこの肉はまず食えない。


 「……???」


 たぶんドラゴンにとって今の俺の反応はおかしいのだと思う。普通ならば吐き出すことなくバクバクと食らいつくのだろうな。

 その証拠に、何で食べないの? とさっきから母ドラゴンが首を傾げっぱなしにしているし。


 言葉を話せないって本当に不便だな。

 文字で伝えるか? ……いや、ドラゴンに人の文字が理解できるかは怪しいし、そもそも産まれたての赤子が文字を書けたら確実に怪しまれる。

 実は中身が人間だったとバレでもしてみろ。最悪の場合、俺は母親に食われる可能性だってあるのだ。


 そんなリスクは犯せない。


 「(……! くそ、体は正直だな)」


 食えたものでは無いとはいえ、肉と認識して咀嚼したものだから腹の音がさっきよりも大きくなっている。これは本格的にマズイ状況だ。






――……。






 あれから数時間が経過した。


 いつまで経っても食べようとしない俺に業を煮やしでもしたのか、母ドラゴンはまた外へと飛び立ってしまった。


 このままではダメだ。下手をすれば育児放棄される未来も有り得る。

 だからって巣に置き去りにされた死骸に手を出そうとは思わないがな。食ったら腹を満たす代わりに死が訪れそうだもの。


 「(編み編み〜あ〜腹減った)」


 当の俺は少しでも空腹感を紛らわせる為に途中で終わっていたカゴ作りを再開していた。


 ひとつの事に集中。人間……いや、ドラゴン真剣になれば指先のハンデすら感じさせない程に上達するもんなんだな。作り始めの頃とは比べ物にならないくらい編み込むスピードが上がっている。


 母ドラゴンが戻ってくる前に、サクッとカゴの底部分が完成してしまった。


 「(空腹の方が作業効率上がるの何なの)」


 そこはかとなく納得できない気持ちではあるが、この調子を崩す前にやれる所までやってみよう。


 目指せ完成。待ってろ妹よ弟よ。餓死する前には終わらせるから、暖かいベッドカゴの中で産まれてきておくれ。





――――




あとがき。


目指せ書籍化!

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