暇を持て余せば腹も減る

 「(我ながら酷い死に様だ)」


 あの横取り野郎に殺されていた方が、よほどスッキリしていたかもしれない。人としての最後が、まさか実の母親による絞殺とは……いやはや参ったね、どうも。


 まぁしかし、死んでしまったとは言え俺はこうして生きている。あの最悪続きの人生からは逃れたのだと前向きに考えよう。

 生まれ変わった姿がドラゴンなれど、これなら金を稼ぐ必要も無い。こき使われる事も無ければ、あの母親のご機嫌取りもしないでいい。


 何より、俺に慈愛の眼差しを向けてくれる新たな母が居る。


 それだけで最高じゃないか。


 ま、ドラゴン殺しといてドラゴンへ生まれ変わるなんて皮肉にしても酷いもんだが。


 「(……ドラゴンと言えば)」


 ふと思い出し、自分の胸部を見下ろしてみる。

 過去を振り返ってみて、そういえばデモンズドラゴンを殺した後に感じた胸の痛みは何だったのだろうかと、そんな軽い気持ちで見た結果……。


 「(傷跡? いや、焼印……聖皇竜特有の模様って線もあるか)」


 この幼い竜の胸部には、何やら見慣れない模様が刻まれていた。

 円の中に爪痕のような3本線。ボンヤリと赤く光るそれは、母ドラゴンの胸部に浮かぶ深紅の鱗とはまた違うようにも見える。


 これ何だ? 聖皇竜の幼体にだけ現れる特徴? いや、それにしたってこれだけハッキリ刻まれてると何か違和感があるしな……んんー?


 怪我を負った訳でもないのにデモンズドラゴンを殺した際に感じた胸の激痛。

 そして、今俺の胸にある謎の焼印のような模様。これは偶然か?


 まぁ、今更そんな事を考えたって答えなんか出ないのだが。

 母ドラゴンはこれを変に思っていないのだろうか? 特にツッコまれないなら、やはり聖皇竜特有の物という線も捨てきれない、か?


 「キュキュイキュゥ考え過ぎかな……」


 「……」


 「キュッうおっ!?」


 色々と考えていると、突然母ドラゴンが大きく翼をはためかせ始めた。何をと思う暇もなく、バサッと力強く一扇ぎしてあっという間に飛び立つ。

 空中で俺の方を一瞥して、そのまま天井の穴から外へと飛び出していった。


 ……ええ? 唐突ぅ。

 ドラゴンの考えてる事なんて分からんし、何かあったのだろうか。ま、知る術も無し。

 それよりも、だ! 母親の目が無くなった今、この巣の中を自由に散策しても誰にも止められない。特別気になるような物は無いかもしれないが、とりあえず見て回ろう。


 もちろん、母親の居ない間に溺死なんぞしないように、巣のふちへは近付かないように注意しなければ。


 「キューキュー。キュキュウキュイッキュー」


 散策前に再確認の為、ちょっとしたテストを行ってみた。「あーあー。俺は人間であるー」と声に出して言ってみたつもりでも、やはり人間の言葉は話せない。

 成長すれば改善されるのかな、これ。じゃないと困るどころの騒ぎじゃないぞ。


 まぁいいや。とりあえず何か興味深い物でも無いかなーっと……。


 「(うーん、見事に藁だらけ)」


 落ち着いて辺りを見渡してみても、パッと見で視界に映るのは藁ばかり。たまに木の枝も見受けられるがそれがどうした。

 やはりこの場所で気になる物と言えば、後々俺の弟もしくは妹になる予定の卵くらいである。


 どれくらいで産まれてくるのかな? 俺が産まれたなら、そんなに期間が空くって事もないだろうし、近いうちに拝めるかも? ちょっと楽しみ。


 あ、名前とか付けてみたい。可愛い名前格好いい名前、何個か候補を考えてみよう…………て、現在進行形で名無しの俺が何言ってんだって話だよな。


 「(名前かぁ……うーん、こうして生まれ変わった訳だし、人間の頃に名乗っていた名前も何か変だしなぁ)」


 何よりあの親から貰った名前だ。大事にするのも馬鹿らしい。やはり心機一転として新たな名前を付けるべきだろう。


 聖皇竜、白いドラゴン、元人間……シロ、は安直過ぎる。あ、母ドラゴンの名前を一部貰うってのはどうだろう?

 割と名案かもしれない。シェラメアだったよな。


 「……」


 いや待て。俺が勝手に自分の名付けなどしていいものか?

 死なずに元の人間のままなら、名を捨てて新しい人生をと言うのは分かるが、今の俺はドラゴンの子だ。必然的に母ドラゴンから名付けてもらうのが普通、だよな?

 まぁそもそも名付けてもらえるかも怪しいが。


 ……やっぱりやめとくか。別に急ぐべき事でもないし。


 「(となると、やる事が無くなってしまった)」


 さっきも言った通り、ここにあるのは藁ばかり。娯楽のひとつもありはしない。

 これはこれでそれなりに苦痛ではある。


 これだけ藁があるんだし、暇つぶしに何か編んでみるか。


 そう思い立ち、その場に座り込んで周りにある藁を両手でかき集める。

 いつだったか、兵士時代に任務で遠出をした際、辿り着いた先の村で子供達から藁を使ったカゴ作りを教わった事があるのを思い出した。


 俺のは見よう見まねの付け焼き刃。大人が見ても唸る程の出来に仕上げる事のできた子供達に比べれば、俺が作るそれは酷く不格好な物になるだろう。


 それでも暇を持て余し続けるよりはマシだ。


 「(うはー、やりづれー)」


 作り始めたはいいものの、やはりドラゴンの手と人間の手とでは勝手が違いすぎる。なんてこと無い作業も、不慣れなこの手では難易度が段違いだ。

 まずこの爪よ。掴みづらいったらありゃしない。


 「(ここをこうして、こっちを通して……あれ? ああ違う、こっちか。おおん難しい)」


 編み込む工程は何とか記憶しているが、やはりこの手でやり切るのは相当に骨が折れる作業だ。

 そもそもこれを作り上げたとして何だというのか。特に使い道があるわけでもないし……そうだ、卵置きなんてどうだろう?


 我が妹弟が眠る卵は藁の上に無造作に置かれているだけだし、何も無いよりはマシじゃないかな?

 よし、それでいこう。たとえドラゴンと言えど家族の為ならばこの作業も苦ではない!


 「(ちょっと大きめに作るか)」


 目指すは卵が4つ収まるカゴ。イメージは果物を入れるようなフルーツバスケットだ。

 強度アップの為にそこら辺に落ちてる小枝も使おう。


 さぁ忙しくなるぞ……!






――……。






 「キュキュイーーーッ終わらねーーーっ!!」


 あれから数時間くらい。

 ハッキリ言おう、舐めていたと。ただでさえ物を作りづらい手をしているのに、そこに加えてドラゴンの卵が4つも入るサイズのカゴ作り。簡単な訳がなかったのだ。

 ああ、人間の体が恋しいぜ……。


 これだけの時間をかけて、完成したのは底部分の半分だけ。


 頑張った方だと思うよ? いや頑張ったね! すっげぇ頑張った! 藁編み過ぎて指プルップルしてるもん!

 幼子の体でよくやったと自分を褒めちぎったってバチは当たるまい!


 とにかく、一旦一息入れるとしよう。

 このまま続けても効率は落ちるばかりだ。適度な休息は大事大事。


 「(……腹減った)」


 くぅ、と唐突に腹が鳴った。


 そういえば産まれてから今まで何も口にしていないな。人間の赤ん坊なら母親の乳を求めるのが普通。でも生憎と今の俺は普通じゃない。

 ドラゴンって産まれたばかりの頃は何を食べるんだろうか? その辺の知識は乏しいからなぁ。


 試しに摘み上げていた藁を口の中に放り込んでみる。産まれたばかりのくせしてしっかり生え揃っている歯で咀嚼を繰り返してみるけど……。


 ん〜、見事に無味。ほんのり草っぽい香りはするが、それだけだ。人間時代、何度も歯が欠けそうになりながら食べていたカチカチの黒パンの方が、まだ味わい深いと断言できる。


 「ぺっ」


 十分味わったところで唾液まみれになった藁を吐き出す。


 正直、食べられなくはないけど進んで食べるものじゃあない。何より腹壊しそう。

 これを食うのはあくまでも最終手段だな。


 再び腹が鳴る。


 下手に物を口に入れて咀嚼したせいか、余計に腹が減ってきてしまった。


 「(それにしても、母ドラゴンは何処に行ったんだ。子供を数時間も放ったらかしにするのは感心しないぞ〜。

 まぁ俺は慣れたもんだけどさ。ちっちゃい頃から放置どころか暴力に晒されて育ってきた身だし……おん?)」


 これぞ以心伝心。冗談半分で早よ戻ってこーいなんて念じてみた途端、頭上からバサバサと音が聞こえてきた。

 見上げれば、出ていった母ドラゴンのご帰還である。


 一体どこに行ってたんだ。なんてツッコミを入れる暇もないまま、俺は母ドラゴンが脚の爪で何かを掴んでいる事にいち早く気が付いた。

 遠目からでは何か分からなかったそれも、母ドラゴンが近付いて来れば来るほどハッキリと見えてくる。


 その正体が分かった瞬間、自分の口元が盛大に引くつくのを感じた。


 そんな俺の気など知りもしないで、母ドラゴンはそれを……動物の死骸・・・・・を俺の目の前に転がす。


 何の動物かは分からない。少なくとも俺は見た事がない。

 確実に分かるのは、鹿に似たその動物が間違いなく死んでいる事。母ドラゴンが首に食らいついたっぽい歯型がくっきりと残っていた。


 出掛けていたのは狩猟の為かー、うんうん納得。

 ……じゃねーよ。なぁ母よ、動物を狩ってくるのは分かるぞ? ドラゴンだもんな、当たり前の事で何もおかしな事じゃない。

 でも分からないな。何故狩ってきた獲物を鼻先で押して俺の前に差し出すの?


 「(……いや冗談キツイってママン)」


 食えと言うのか? これを?





――――




あとがき。


目指せ書籍化!

多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る