灯火は消え刻まれる
無策ではない。駆け出した俺には考えがあった。
考えとは言うが作戦などというご立派なものではなく、俺が向かったのはドラゴンの背後だ。いや、頭上と言った方がいい。
遠くから眺めていた時に気付いた事がある。
ドラゴンの体はボロボロで、普段なら兵士の剣なんぞ易々と弾き返す鱗も、所々が弾け飛び肉が見えている。俺が目を付けたのはまさにそこ。
肉が見えている部分の中にはドラゴンの後頭部も含まれている。つまりは急所だ。
正面からではまず狙えない。ブレスは吐けずともドラゴンには強靭な顎から繰り出される噛み付きと、長い首による薙ぎ払いが残っている。
馬鹿正直に真正面から戦うなんてただ愚かだ。
だから俺は奇襲を選んだ。幸いドラゴンは今、山を背に兵士達を迎え撃っている。山肌はゴツゴツとした岩場が殆どで、足場となる場所もたくさんあった。登るのには苦労しない。
俺がしようとしているのはつまり、高所より剣を構えての落下。肉が剥き出しの後頭部に落下による勢いをつけた一撃必殺の奇襲だ。
如何に生命力の高いドラゴンも、脳を剣で刺し貫かれては生きられない。そして何より苦痛は一瞬。いたずらに苦しませる事も無い。
「うひ〜、たっか」
ちょうどいい岩場まで登り切って下を覗き込む。思わず足が竦む程の高さにちょっとチビりそうだ。よく登ってこれたなと自分を褒め称えたい気分だった。
兵士達もドラゴンに夢中で、ドラゴンも迎撃に必死。ここまでの道中で俺に気付く奴は居なかったらしい。
それでいい、邪魔が入っては意味が無い。気付かれないからこその奇襲なんだから。
いや、これだけの兵士の数だ。もしかしたら何人かは俺に気付いてるかもしれない。だがこの騒ぎに加えドラゴンのしぶとさ。こっちに構っている余裕は無いはず。
「落ち着け……落ち着け……ふぅぅぅぅ」
俺は今から飛び降りる。ほぼ自殺に近い形だ。落ち着くもクソもないのは重々承知。
でも焦りはどんな時でも死を加速させる。この高さから落ちて的確にドラゴンへ一撃をお見舞するのだから、焦ってなどいられない。
ドラゴンも生きているのだからジッとしている筈もなく、兵士達の攻撃を食らわまいと首を動かし続けている。今飛び降りても十中八九地面に熱烈なキスをして終わる。
降りるなら首が止まる瞬間を見極めなければならない。
って、一兵士の俺にそんな高等技術を求められても無理ってもんだ。
だから待つ。素人の俺でも確実に仕留められる瞬間を待つ。耐えろドラゴン。お前はそんな奴等にやられる程ヤワじゃない。俺はお前のタフさを信じる。
俺が今までやってきたように、耐えて耐えて耐えて、その瞬間を俺に見せてくれ。
剣を抜き放ち、切っ先を下に向けて只管に待つ。右に左に揺れる後頭部を、同じく剣の切っ先で追い掛ける。
その瞬間は突然訪れた。
「死にやがれぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「ガアァァァァァァッ!!!!」
「うおおお!?」
1人の大柄な兵士がドラゴンの横首に深々と剣を突き立てた。
叫び声を上げると同時に、剣を突き刺した兵士ごとドラゴンが大きく首を上に動かした。
ここしか無いと思った。
考える暇もなく、反射で俺は飛び降りていた。
怖くはないのか? バカ言うな怖いに決まってる。
それでも、やらないといけないという気持ちの方がその時は強かった。だから飛び降りれた。
素人なりに空中で微調整。流れそうになる体を必死に制御して、真っ直ぐに落ちる。
「っ……ごめん」
俺自身確信した。確実に刺さると。
だけどその瞬間、顔を上げていたドラゴンと目が合った。
このドラゴンがどんな気持ちで、どんな感情を抱いているのかは分からない。それでも俺は次の瞬間には剣を突き立てている。
何となく……そう、本当に何となく、俺を見るドラゴンの瞳には恐怖が宿っているように見えた気がした。
一言謝り、そして――。
「おい、アイツ……」
「クッソがぁっ。何でアイツが!」
気付けば周りから聞こえてくる妬みにも似た声。
剣が刺さる瞬間、思わず固く閉じてしまった瞳を開けば、目の前には真っ赤に染まったドラゴンの頭があった。
肝心な部分を覚えてない。殺した瞬間の記憶が欠落している。それだけ必死だったのだ。
でも確かに殺した。俺が立ち上がれば、足元に力無く横たわっているドラゴンの姿がある。後頭部に突き刺した剣は刀身のみならず、持ち手の半ばまで深々と埋まっていた。
確実に脳まで達している致命傷である事は明らかだった。
「やっ……た……? ゔっ!? なん、だっ……!!?」
余韻に浸る暇も無いまま、突然、胸が酷く痛み始めた。
殺してしまった罪悪感からでも、落下による負傷によるものでもない。只管に熱く、そうまるで、胸に焼印を刻まれているような痛み。
あまりの痛さに立っていられず、俺はドラゴンの頭から転がるように落下した。
激痛。あまりにも耐え難い。息がしづらい、吐き気すらしてくる痛みに、俺はただジッと我慢する事しか出来なかった。
やがて痛みも和らぎ、落ち着いて呼吸が出来るようになる。肺いっぱいに空気を送り込むと、俺は未だ震える手足に力を入れて何とか立ち上がろうとした。
瞬間、脳天に鈍痛。俺は再び地面に蹲り、今度は何だと視線を彷徨わせる。ふと、生暖かい物が頭から流れ落ちてきているのに気付いた。
それはポタポタと地面を赤色に染め、やがてそれが自分の血である事に気が付く頃、またしても鈍痛。
意識が飛びかける。必死に繋ぎ止め、何とか顔を動かして頭上を見上げた。
そこで見たのは不気味に笑う男の姿だった。
見覚えがある。コイツは、いつも取り巻きと一緒に俺を奴隷のように扱う最低野郎だ。見間違えるものか。
そいつの手には拳大の石つぶてが握られていて、今にもそれを振り下ろさんとしているところだった。
その予感は的中し、3度目になる鈍痛。俺は呆気なく意識を手放してしまった。
「悪いなぁ。やったもん勝ちって奴? まぁ、お前の手柄は無駄にはしねぇよ」
そんな囁きが暗闇の中で聞こえた気がした。
――――
あとがき。
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