その竜は何を思う
相手が相手だ。デモンズドラゴンの討伐には4千を超える国中の兵士が向かわされた。数の暴力、最高だね。質は最低クラスだけど。
そんな兵士達に国から託された持ち物は、剣と僅かばかりのポーションに使い古されてガタがきている鎧。ドラゴンを舐めているのかと言われても何も言い返せない、びっくりするくらいの軽装備だった。
仕方の無いことである。所詮使い捨ての俺達に上等な装備を支給する気など、あの国王には端から無いのだから。
ああそうだ、事実上俺達は死にに行く。愚かな国王と、たかだか数年分の報酬金の為に。
行き先である渓谷に向かう皆の表情は虚ろだ。
当たり前か。この状況で明るい奴の方が異常者だし。きっと皆、兵士になってしまった事を心の底から悔いているに違いない。
中には明らかに何かを企んでいる輩もチラホラ見受けられる。禄な事じゃないのは確かだ。
「着いちまったな……」
出発してから数日後。酷く掠れた声で誰かがそう呟いたのをよく覚えている。
山に挟まれたその場所は、一言で言うなら酷い有様だった。
そこら中に散らばる動物やら魔物の骨。中には人間の物も含まれ、腐敗途中の死骸もチラホラ見受けられる。辺りに漂う酷い臭いに、喉の奥から込み上げるものを感じた。
状況から見て、この渓谷を住処にしている件のデモンズドラゴンの仕業とみてまず間違いないだろう。
お世辞にも良い環境とは言えないそこをひた歩き、やがて見えてきた暗黒の巨体。山のように巨大なそれは、間違いなくデモンズドラゴンだった。
兵士に取り囲まれている状況で暢気に地面に横たわり、俺達に一瞥すらくれてやる事もない。
脅威とすら思っていないか。まぁそうだよな……と思ったのはほんの一瞬。誰かの呟きに俺はハッとした。
「なんか、弱ってないか……?」
何を馬鹿な、とは思わず。よくよく観察してみれば、デモンズドラゴンの息は荒く、身体中には無数の切り傷、刺し傷、鱗が弾け飛んで中の肉が見えている部分まである。
他の誰かか、或いは魔物、同じドラゴンとの争い。考えられる要因は数あれど、デモンズドラゴンが弱りきっている事に変わりはない。
こちらに構っている余裕がないほどにダメージを負っていた。
「「「「……」」」」
皆が一様に生唾を飲み込んだ。そしておそらく、その時俺が考えていた事を皆も同じく思っていた事だと思う。
今なら、俺達でも殺せるんじゃないか? と。
「この機を逃すなぁぁぁぁぁっ!!!」
誰かが叫び声を上げた。その声に弾かれるように、次々に兵士達が抜剣。死骸に群がる蟻の如く、我先にとデモンズドラゴンへ駆け出した。
それは俺も例外じゃなく、慌てて鞘から剣を引き抜き、遅れを取るまいと走り出す。
もはや死に体のデモンズドラゴン。群がる兵士達を見ても動こうとしない。トドメを刺すのは完全に早い者勝ちと思われた。
「ぎゃあっ!?」
しかし甘かったのは俺たちの方。
いくら弱っているとはいえ相手はドラゴンだ。黙って首をくれてやるような存在ではない。
名前も知らない兵士がデモンズドラゴンの首めがけて剣を振り下ろした瞬間、その兵士の影から鋭利な暗黒の刃が飛び出し、胴体に風穴を空けた。
それと同様に、一定の距離を詰めた兵士達が次々とその刃に貫かれて倒れていく。
瞬時に理解した。あれは魔法だと。
高い知能を持つドラゴンが魔法を使う事は珍しい事じゃない。ただ俺達は、相手が弱っているからと功を焦りそれを失念していた。
おそらくあの魔法は、一定距離に居る対象を無差別に攻撃する物だと予想。当たってほしくないけど、たぶんそうだと思う。
幸いにも俺とドラゴンの距離は離れていたので、こちらへの被害は無かった。
仲間が次々やられていく中、横たわっていたドラゴンがゆっくりと起き上がる。翼を広げて飛び立とうとする動作を見て、俺達は焦った。
こっちはただの兵士。飛ばれでもしたら手の出しようがない。飛び道具すら持たせなかった国王を深く憎んだね。
しかし、何度も何度も翼をはためかせるが、ドラゴンの体が浮き上がることはなかった。フワリと一瞬だけ浮いたかと思えば直ぐに落下し、また倒れ伏す。
飛べない。飛ぶことが出来ない。大きく広げられた翼はボロボロで穴だらけ。
これもまた何者かによる仕業か。なんにしても好機である事に変わりはなく、飛べないと分かった瞬間に兵士達が押し寄せる。
再び魔法で迎撃されると考えもしないのか。
そんな心配をよそに今度は誰1人として串刺しにはならなかった。あっという間に距離は詰められ、兵士達の剣がドラゴンの体に突き刺さる。
魔力切れ? たった1度の魔法で? いや、やはりこのドラゴンは俺達と戦う前に何者かと戦闘をしたに違いない。その戦闘でほとんどの力を出し尽くしたと考えるのが自然だ。
でなければ今頃、俺達は蹂躙されている。
「やれる! やれるぞー!」
隣で大声を張り上げる兵士。言葉の通り、倒せるかもしれない。……でも俺は、その言葉に同調する事が出来ないでいた。
理由は明白。たった一頭のドラゴンに対して、これだけの数で取り囲み袋叩きにする。
その様がまるで、俺が普段周りから受けている仕打ちのようだったから。俺はデモンズドラゴンに俺自身を投影してしまっていたのだ。
抜き放った剣は無意識に下ろしていて、足を動かす事もなく遠目に眺め続ける。
そうしているとドラゴンに動きがあった。
周りの兵士を尻尾で蹴散らしながら、しかし徐々に後退していく。その先は山だ。少しずつだが、確実にデモンズドラゴンが追い込まれていた。
「押せ押せー!!!」
「どけ! トドメは俺が!」
「ふざけんな! テメェがどけよ!」
「おっさき〜!」
なんというか、酷く見苦しい光景だった。俺も目的は同じなのだから他人をどうこうは言えないのだが、それにしたって目先の欲に眩み過ぎている。
ドラゴンからの反撃の可能性も、死ぬ事すら二の次。彼らの目には国王から支払われる特別手当しか映っていない。
自分が、いや自分こそが。そうやって蹴落としあっているうちに、先頭に居た兵士達はドラゴンが吐き出したブレスに焼かれて灰となった。
あんな最後は真っ平御免だな。
もはやドラゴンは虫の息である。さっきのブレスも1度きり。2度目を吐こうとする動作はするものの、チラチラと喉の奥で炎が燻るだけに終わる。
……殺していいのか。
そんな疑問が俺の中に生まれた。
確かにドラゴンは災害級の危険生物だ。王都の近くに住処を作ったとなれば、いつ人間を襲うか分からない。迅速な討伐は当然で、それに関しては国王の判断は間違っちゃいない。
でも、いくらドラゴンとはいえ、あんなに傷付いている相手を一方的に嬲り殺しにしていいものか。
こうしている今も、功を焦る兵士達は正確な一撃を与えられず、致命的な傷にはならない攻撃を繰り返し、その度にドラゴンが苦しげな声を上げる。
まるで拷問だ。
生き足掻くか、いっそ楽になるか。ドラゴンはどちらかを選ばなければならない。
たぶん俺は、ドラゴンが逃げるなら追わない。
でもそれが叶わず、このまま数千の兵士に惨たらしく殺されるなら……そんな最後を迎えさせるくらいなら、いっそ俺が――。
「……待ってろ」
意を決して、俺は駆け出した。
――――
あとがき。
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