きっかけ

 かつての俺は凄い存在だった。なんて大嘘を吐いたところで過去は変わらないから正直にいこう。


 ドラゴンとなる前の俺は、何処にでも居る国に仕える普通の兵士だった。

 特別な能力がある訳でも、類稀な身体能力を持っていた訳でも、容姿端麗であった訳でも、まして恵まれた身分でもない。目立たず騒がず、普通を素で行く普通人。それが俺だ。


 そういう事情もあり、同じ兵士の間でも俺は雑用ばかりを押し付けられる、所謂負け組に属していた。

 兵舎での炊事洗濯、部屋の掃除にゴミ捨て、汚物の処理。ムシャクシャしている他兵士に殴られても何も言えない毎日。友人と呼べる存在すら皆無の人生。


 そんなクソみたいな日々が俺の全てで、日常。


 何もかもを放り捨てて逃げ出したくなるような日々。それでも俺は我慢して、耐え続けて、国から下される無茶な任務や仲間達による度が過ぎる暴行を乗り越えて、兵士であり続けた。


 当然だが、そうまでするのにはもちろん理由がある。


 第一に金。


 この先1人でも不自由なく暮らせる金が必要だったのだ。

 兵士の仕事というのは、先も言った通り国から下される任務がほとんどで、収入源もほぼその任務に限られる。

 兵士の任務と言うくらいなのだから、当然その内容は荒事が全体の9割を占めている。結果的に命を落とす事も珍しい事じゃない。

 俺で憂さ晴らしをしていた兵士が翌日には屍になっていました、なんて事もザラだ。


 命に関わる任務ばかり。必然的に国から支払われる報酬金もそれに見合った額で、手っ取り早く稼ぎたいなら兵士になれ、とまで言われていたくらいだからな。

 子供や老人以外なら兵士は誰でもなれる職業だったから、どれだけ貧弱でも稼ぎたい奴は基本的に兵士になってた。そこには俺も含まれる。


 第二に出会い。


 ……いや、違うぞ? 女性と出会う為とかそういう目的じゃないからな?

 おほんっ! えー、兵士というのは任務が下されれば基本的に何処にでも赴く。もちろん国内に限定はされるが、その先々で色んな人と出会う事にもなる。


 任務を通して仲良くなれる可能性も0ではないと言えるだろう。俺の狙いはそこだ。

 自分の身に万が一の事が起きた時、繋がりのある関係というのは非常に頼りになるものである。信頼関係を築く事ができれば、生きやすくもなるというもの。そうだろう?


 任務の事しか頭にない他の兵士は、関係の無い人達に対しては酷く冷たい態度を取る事が多い。

 報酬金さえ貰えればあとはどうでもいいという考えの奴が大半。が、生憎と俺はそうじゃない。

 派遣先の人達に対しても極力友好的に接し続け、そうして築いた良好な関係の末に、たまにこっそりと国からの報酬金とは別にお礼を受け取る事もあった。

 な? 大事だろう? 他者を無碍に扱う事が愚かしいという証拠だ。


 そして第三に……決別。


 何と? 母親とに決まってる。俺と母の関係は親子でありながら良好とはとても言えなかった。

 どこぞの飲んだくれ親父よろしく、この母は昼間っから酒をあおり、禄に家事もしなければ働いてすらもいない。生活の頼りは俺の稼ぎのみだ。


 それだけならまだ更生のしようもあったかもしれない……だが、母は俺に理不尽な暴力を振るうクズでもあった。

 何をしても文句を言われ、殴られ、はたかれ、蹴られ、罵詈雑言を浴びせられる。そこに愛情など欠片もありはしない。俺を稼ぎの道具程度にしか認識していなかった。

 俺の名前なんて呼ばれた記憶も無い。


 こうなってしまったのには、きっと理由があるのだろう。歪んでしまうような何かがあったのだと今でも思う。

 でも、仮にそうであったとしても母はやり過ぎていた。


 毎度の如く稼ぎのほとんどは母に奪われ、その金は酒に変わる。ただただ酔う為に、俺の懐から奪い取るように金をもぎ取っていく。

 やり返そうと思えば出来たと思うが、どんなにクズでも相手は俺を産んでくれた母親だ。手を上げる事は出来なかった。やり返さないと分かっているから、母親は更に調子に乗る。


 なら一生この母親の酒代を稼ぐ道具であり続けるのか? いやいや、冗談じゃない。

 産んでくれた事への義理はとっくに果たしているし、これ以上俺の人生を捧げるなんて馬鹿げてるだろ。


 だから俺は金を稼ぐ。コツコツと貯めて、まとまった金が出来たらそれを母に投げ付けて決別の意を示す。最後の金だ、あとはテメェで何とかしろ、と。それが俺が描くシナリオだ。



 とはいえ、結局収入のほとんどは奪われてしまう訳だから、まとまった金などなかなか出来るはずもない。この先何十年とかかってしまうのは目に見えていた。


 そんなこんなで心身共にズタボロ状態で頭を悩ませる俺に、ある日突然の転機が訪れた。


 「兵士諸君に命ずる! ワシの許可なく愚かにも近辺に住処を作ったデモンズドラゴンを討伐せよ! いかなる犠牲も厭わない! 必ず殺すのだ!

  見事ドラゴンにトドメを刺した兵士には、特別手当も出そう! これで数年分は遊んで暮らせるぞ! 故に奮起せよ! 諸君らの健闘を祈る!」


 そんなクソ国王……もとい、偉大なる国王陛下のお言葉が告げられた。


 これこそ無茶な任務である。

 簡単に言ってくれるが、種類に関わらずドラゴンというのは自然災害級にヤバい存在だ。普通であれば兵士なんぞに任せるものではない。

 歴戦の勇者、または優秀な冒険者数百人がかりでやっと対等。そんな相手に兵士達で挑めと、そう言っている。


 国にとって俺達兵士は、いくらでも替えの効く使い捨ての駒。全滅したところで、ほんの少しでもドラゴンに手傷を与えられれば、後の事は勇者なり冒険者なりに安く頼めばいいという考えが透けて見える。

 まぁだからこそ生き延びた時の支払いはデカいのだがね。


 兵士である以上、国王の命令は絶対。断る選択肢など存在せず、嫌でも死地に赴かなければならない。


 最悪の任務とも言えるだろうが、どの道このままでは何の進展も見込めない俺にとって、今回の任務は最大のチャンスだった。

 失敗して死ぬならそれもあり。この苦しみから解放されるのなら願ってもない。しかし、もしも俺がドラゴンにトドメを刺せたなら、最悪続きの俺の人生は一瞬にしてひっくり返る。


 大金を受け取り、それを母にぶちまけて「さようなら」と告げれば、俺は新たな人生の一歩を踏み出す事が出来るのだ。


 ハイリスクハイリターン。乗らない手は無かった。当然だろ?





――――




あとがき。


目指せ書籍化!

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