十二月の魔女

THEO(セオ)

十二月の魔女

【零/初恋は呪いになった】

_00


ἀνδρὸς χαρακτὴρ ἐκ λόγου γνωρίζεται./Mένανδρος

人の品性は言葉に現れる/メナンドロス





 十二月、僕は魔女に捨てられた。

 考えても、考えても、正解に辿り着けない。

 あれは本当だったのか。それとも嘘だったのか。

 美しい静謐を薄いパイ生地のように重ねて、あの人はフィリングを隠してしまった。

 林檎は猛毒。柔らかな肉はミントの香り。クランベリーは煮詰めてソースに。

 聴こえるのは微かな歌。少しだけ鼻にかかる甘えた声。

 夏、窓の外に広がる緑の森には金色の糸のような光が降り注ぐ。

 秋、こつん、こつん、と響くのは屋根に落ちる胡桃の音。

 冬、真っ白な雪にすべてが埋もれ、鬱蒼とした森の樹々は、醜い腕を広げたまま呪いで姿を変えられた魔物の群れに見えた。

「いつまでここにいなきゃいけないの?」

 幼い僕が拗ねて訊ねると、あの人は困ったように小首を傾げて微笑んだ。

「もう少しよ。もう少ししたら誰かが迎えに来てくれるわ」

 その誰かというのが誰なのか、僕には見当も付かなかった。

「本当に? 誰かが来るの?」

「ええ、本当よ」

 不意に、理由の無い不安に駆られた。

「ねえ、一緒に行くよね?」

「どうして?」

「だって、パパもママもいなくなっちゃったから……」

「食べて。せっかくのご馳走が冷めてしまう」

 あの人は、銀色の蔦が描かれた皿を、つい、と僕の手元に押して寄越した。

 話はおしまい、と言外に告げられ、僕は唇をとがらせる。だけど、そんな態度も長くは続けられない。美味しそうな匂いにぺこぺこだったお腹の虫がぐうと鳴いた。

 とろりと赤いルビーのようなソースがかかったミートパイ。

 なんて綺麗な赤だろう。

 僕は一瞬、息を止める。

 なぜか、これを食べてはいけないような気がして……

「さあ、早く。美味しいうちに召し上がれ」

 さわり、とあの人の声が鼓膜をくすぐると、もう僕は逆らえない。

 さくり、と狐色のパイ皮にフォークを入れる。じゅわり、と肉汁が溢れだす。

 切り取った熱々の一片をそっと舌に乗せると、バターの香りがふわりと広がり、次いで、甘酸っぱいクランベリーソースと、スパイスと、ミントと、炒めた林檎と、得も言われぬ肉と脂の味が口いっぱいに広がる。

 僕は幸福な酩酊感に包まれ、震えながら目を閉じる。

「こんな美味しいお肉は食べたことがないよ」

「そう。それなら良かった」

 あの人は静かに頷き、いつまでも僕を見詰めていた。

 それなのに、どうして捨てられたのか、僕は、いまだに分からない……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る