第39話 迷

 それは、使い古された陳腐な表現で例えるなら「雷に打たれたような」と言われる感覚だったのかもしれない。そういうふうに後からなら言えるものの、当時の自分は感情の言語化するような余裕もなく、つまりは動揺していた。

 価値観の変遷。成程こういうことなのだろう。頭では真っ当に理解していたつもりだったが、それは頭の中だけでの話だったようだ。


 自分の中に秘めていた偏見だったり密かな癖だったりそういった類のものを、これほど開けっ広げに人に打ち明ける日が来るとは思わなかったし、これほど否定されずに受け入れてもらえるとは思わなかった。頑強に作られたはずの城は想像以上にあっさりと崩れさり、そこからは広い世界が見えた。綺麗だと思った。

 誰と過ごしても減らない寂しさがこの時だけは少しだけ救われたような心地がした。だからなのだろう。

 うっかり楽しいと、そう思ってしまった。


 暗い私が口を開く。あなたのような人間が幸せになれるはずがないのだと。

 正しいと思う。取り返しのつかないことになる前にと、私は私に呪いをかけている。それは過去から学んだことで、全部私のためだけのものだった。

 それでも願いたい。どうしたって自分のことを愛せないけれど、愛せないままでも上手に生きられるようになりたいとは思っている。それぐらいでもいいのかもしれない。

 もう少し、自分の幸せというものを願ってみてもいいのかもしれない。

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