第26話 蕎

 私を返してほしい。誰も信じてくれないだろうが、かつての私はこうではなかったのだ。私にも上手に生きていた時代があった。私にもみんなの輪の中で笑えていたときがあった。誰も覚えていないだろう。いつか私も忘れてしまうだろう。だからその前に私を返してほしい。

 全部あげてしまった。私は私に価値を感じていなかったから。


 目が覚めてからもしばらく動けない。幸せな夢を見たことがなかった。例えば夢の中で好きな人と付き合えたことがない。例えば夢の中で憧れの学校に合格したことがない。夢の世界もどこか現実に即していて、それどころか現実よりもリアルでおぞましいことさえあった。現実世界と等量の絶望を夢の中でも味わう羽目になることは一度や二度ではなかった。寝ても救われない。睡眠は私にとっての救済にはならなかったのだった。


 少しずつ甘いものが食べれるようになってきた。これが幸か不幸かはまだわからないが、一時期かなり偏食だったことを鑑みれば食べ物の選択肢の幅が広がったことは素直に喜んでもいいことなのかもしれない。

 少しずつでいい。私は私の好きをまた追求できるようになりたいと思っている。また真っ当に幸せになりたいとも思っている。それがいつ実現できるかはわからないけれど、それまでの準備期間が今なのだと考えれば、こんな現実も悪くないだろう。

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