第9話 差

 これは私が選んだ世界。私が選んだ虚無。

 何かになりたかった、何にもなれなかった自分の延長戦みたいな人生。

 振り返れば多くの分岐点があった中で、掴み取った未来が現在なのだから誰も、何も文句は言えないだろう。


 今日も罪悪に浸る。


 コンビニという建物に数ヶ月単位で入っていない。高い。金銭感覚がシビアな今、食費は最大の敵だった。特に、食に興味がない今となっては、未来に体を壊すことを考えなければ毎日ゼリー生活でもいいくらいだった。

 とはいえ自炊は相変わらずできないので、たまにお惣菜を買っている。茶色い食卓の完成。インスタ映えの敗北。炊飯器と食器を洗う以外の用途で水道を使わないからか、流し台はいつ見ても綺麗だった。

 カフェも苦手になった。胃に物が入らないときでさえ、食べ終わるのを待たれ続けているのを圧に感じてしまう。かといって飲み物だけ頼むのは性に合わない。

 嫌いなものはほとんどないのに、好きだったことがどんどん減っていく。


 趣味を失っている。

 昔から文章を書くのは好きだったが、日記が長続きしたことはほとんどない。長編の物語を完成させたこともない。

 音楽に心を救われたこともない。もとより音楽のセンスはなかった。

 絵を描くという趣味も、身近に自分より上手な人間がいることに気づいてからは筆が進まなくなってしまった。そういうものだろう。

 テレビや動画を頭を使わずに流し見しているのは趣味とは呼べない。

 同様に、惰性でログインボーナスだけ受け取る習慣があるゲームも趣味ではない。新しい物語を始める気力もない。

 読書は心に余裕があるときにしかできない。

 少なくとも、今はできそうになかった。


 近況報告ができるような毎日じゃなかった。今日も家から一歩も出ないまま、ご飯をほとんど食べないまま、誰とも会話を交わさないままここにいる。

 代わり映えのない単調な日々も振り返れば愛おしく思えるのだろうか。

 

 過去を否定することでしか今の自分が肯定できなかった。


 また今日もこの狭いワンルームで気力を吸われている。

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