第8話 瓶

 二日酔いの頭痛で朝を迎える。気分は最悪だった。 

 働かない頭で今日のやるべきことを考え、そんなものはないと思い至る。そうだ、昨日も今日も明日も、同じような毎日が続くだけ。昨日も今日の延長戦、これは、なんの曲の歌詞だったか。

 とりあえず言えることは。

 どうやら、今日も自分は生き延びてしまったらしいと言うことだけだった。


 調子はどう、と聞かれたので普通と答える。

 普通以外の何物でもなかった。普通。嫌な言葉だ。

 自分は特別だと感じていたあの神童めいた感覚はいつから消えたんだろう。自分より秀でた存在を認めなくてはならなくなったときだろうか。比べる他者の存在が疎ましかった。憎かった。何も知らなければまだ羽が生える夢でも見ていられたろうに。

 上位互換は常に成立する。残酷だが真実だろう。自分の場合、それに気づくのが人より少し遅かっただけだ。

 聞いた本人は、そう、と興味なさそうに言った。


 全て放り出して横になってしまいたい。床にはポストから回収した謎の広告たちが散りばめられている。捨てることさえ億劫だった。隅の方には畳んだのにしまってない服の山が見える。寝転がるスペースすらない。机の上も似たような惨状が繰り広げられていた。

 家事、家事、家事。なんて億劫なのだろう!家事代行サービスは一日でかなり高くつくと聞くのだから相当重労働に違いないのだ。日々課せられる当たり前がこんなにも耐えられないなんて。


 怒られることが怖かった。先生にも、親にも、怒られるのが嫌で、嫌で、学校を休んだり、しおらしく泣いたりで人の怒りを回避する嫌な子供だった。忘れ物をよくする子だったので、宿題忘れで怒られたくなくて学校を休んだこともあった。いつからか誰にも怒られなくなった。「怒られる」という経験をすっかり忘れて、恐怖だけが増大して、それから益々そういう場面を回避し続けた。

 両親は勉強のことで怒ったことはない。勉強することで家事やその他の瑣末な出来事が許されるようになる上、成績もその分上がるので、それで怒られることはなかった。それは先生も同様だった。成績さえ良ければ、問題ごとを起こさなければ怒られない。だから、何も言われなかった。それで問題ないと思った。思い込んでしまった。


 人間としてよくない部分が自分にあることは自覚していた。それを指摘する大人が周りにはいなかった。いたとしても逃げていただろう。

 これは、紛れもなく自分の怠惰がもたらした災厄なのだ。

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