第3話 蛸
醤油のボトルの横に化粧水が並んでいる。その横にはガチャガチャで引いたよくわからない猫の人形。どれももっと置くのに適切な場所があったはずなのにどこにも居所がなく、結果ここにいる。それでいい。他者から見ればあまりに統一性のない雑然としたこの小さな空間を案外気に入ったりもしている。
一文目を書くのはどうにも難しい。タイトルの次に目がいく箇所であり、本当ならもっと推敲してから書きたいものだったがそうするだけの執筆力は少なくとも今の自分にはない。目についたものしか書けない。こういう事柄も数を重ねていけばすんなり思い浮かぶものだろうか。
やることがない日は相変わらず昔のことをよく思い出す。あれほど過ぎて欲しいと願った過去はいざ過去になって仕舞えば美しい思い出へと美化されている。そのことがたまらなく腹立たしかった。負の感情は綺麗に払拭されている。それ故に、なぜ現在の自分がこのような状況なのかうまく思い出せないでいる。
忘れたい記憶と言われたかった言葉と会いたい人と、あとはなんだ。どのみち願ったことは何一つ叶わないまま、ここにいる。一人。自分で選んだ一人だ。
今日も誰とも会わない1日。おそらく明日も明後日も似たような日が過ぎていくだけなのだろう。この街は娯楽が少ない。わざわざ電車を使って遠出してまで一人で遊びにいく気力も体力もお金もなかった。生きるのに何もかもが足りない。足りない日々を愛してた時期もあった。そんな余裕もいつしかなくなっていた。思うに、愛は余裕がなければ注げない。それだけのことだ。
若さに溺れたい。何もしない。会いたい。何もできない。楽になりたい。
何もすることがないことがこれほど辛いことだったと誰が予想できただろう。
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