第2話 if
空虚な椅子。
いや、違う、座っている自分が空虚なのか。
その二つの違いはどっちだっていい。どのみちこの六畳半の狭い部屋は空虚で満たされており、空虚しか存在しない。無秩序で無機質で無意味。無意味だ。
この空間にはまともな生命体の一つだって存在しない。
パソコンのキーボードを叩く音だけが静かに鳴り響く。
空虚な暮らし。空虚な記録。
意味。
知り合った人とも距離を置く中で孤独をひしひしと味わっている。誰とも連絡を取りたくなかった。気づけばLINEのメッセージもインスタグラムのフォロワー数も減ってきた。SNSは好きではなかったのでちょうどよかった。彼らは孤独の人間に優しいツールではない。絶対的孤独と相対的孤独の話を思い出す。両者は似て非なる者だし、前者の方が圧倒的に悲惨だ。どこに行っても一人。誰といても一人。
やることがたくさんある日は横になってしまいたい。枕なんていらない。寝転がるための床さえあればいい。視線を彷徨わせる中で天井と目が合う。8.2秒見つめ合うと恋に落ちるとかいう眉唾な話をふと思い出す。しかしそうやって長いこと見つめあってる中で始まるラブロマンスもへったくれもない。天井は天井、無機質で、無生物で、見つめ合うための目も会話するための口もないのだから。何もしたくなかった。何もできない。頭は働かないし、腕は動かない。やるべきことに早急に簡単に取り掛かれる人が、ただただ羨ましいと思った。恋をする相手がいる人が、羨ましいと思った。
とても長生きできるとは思えない生活だった。ご飯を食べる量は日に日に減っているし、体力がなくなると寝たきりになって、気づいたら朝まで寝ているような毎日。しかし生きている。このまま死ぬのだろう。人はいつか死ぬ。それはもう学校で勉強した。実感は湧かない。それは誰だってそうだろう。たとえ身近な人間が死んだとしても、自分もいつか死ぬなんて自身が死ぬ瞬間まで意識はそこにはいかない。そういうものだ。
できれば上手に死にたい。
他者の認識がその人を作り出しているというのなら自分はとうの昔から死んでしまった存在なのだろう。随分長いこと人間を会話をしていないような気がする。そのこと自体、特に何も疑問に思わなかった自分がいる。何がおかしいのだろう。何がおかしかったのだろう。
これまでに起こったつまんない出来事、全部なかったことにできればいいのに、とか、またつまんない空想に思いを馳せてみる。自分の中で作成した、絶対に起こり得ないifのシナリオの話は、叶わないからこそ愛しいものなのだと頭で分かってはいるけれど。決して思い通りになんていかないこの世界を丸ごと愛せたら。
それができたなら。
もっと、上手に生きられたのにね。
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