第17話 復讐の夜 [流星群]
一週間前くらいから、みんなそわそわしていた。
ニュース番組やワイドショーでも度々流れる、週末の流星群。
なんでも、今回を見逃すと次に見られるのは八十年後になるとかで、その日ばかりは夜更かしも許されるかもしれないという下心込みでそわそわしているのである。
「うちの屋上、住人向けに開放してくれるみたい」
「え、いいな。うちもそ−ゆーのやってくんねーかな」
「来ればいいんじゃない? お母さんも呼びなって言ってたし」
「おー、じゃあ聞いとく。お前も来るだろ?」
和斗は隣の席に座る茜に尋ねた。
康平は聞かずとも来ると思っていたが、茜は自分が混ぜてもらっているとは欠片も思わなかったようだ。
突然自分に向かった誘いの言葉に、目を丸くした。
「行っていいの?」
「当たり前じゃん」
結局まだ、茜とともに心霊スポットには行けていない。
社会科見学の時に一緒に行動しはしたが、それではまだ仲間になった感が薄いのだろう。
怜二は何を言われずとも参加する気でいたが、茜はそもそも仲間外れにされることが前提にある。
茜は笑って頷いた。
「茜ちゃんのとこは夜に家出ても平気なの?」
「あー……私が家にいない方が落ち着くみたいだから、外出には特に何も言われないかな」
「そっ、か」
言葉に詰まった康平の腕を、和斗がデコピンする。
怜二は茜に同情しながらも、もやもやとした気持ちを抱えていた。
『隣の芝はみずみずしくて青いのぉ』
「そういうものです」
私のからかいに不機嫌になる怜二がおかしくて笑うと、ふいと顔を背けられた。
代わりに和斗の左腕に視線を向ける。
あのレベルの約束をしておきながら、この程度の干渉しかできないのは不憫ではある。
手助けをするつもりもなかったが。
それに和斗はここ最近、何人かに団地の池について話していた。
実際に団地に行った者もいる。
じわじわと広まる噂は、多少あれの力になるだろう。
まともな願いをする者が現れれば、力は更に増すはずだ。
小さな頭で必死に考える姿は面白い。
私は笑みを湛えながら、教室を抜けて上空へと飛んで行った。
◆
流星群は土曜の夜に訪れるとあって、見晴らしの良い観光地や山へ旅行がてら行く人が多かった。
康平のマンションの住人も御多分に洩れず、それなりの数の家族連れが車に乗って出かけて行った。
そうでない住人たちも、街の高台に見に行ったりするようでマンションの屋上にはぱらぱらと人がいる程度だった。
康平の母が広げたレジャーシートの上に、敷布団や座布団が並ぶ。
毛布も用意し、防寒対策はバッチリである。
「こんばんわ」
「お、来たきた、好きなところに座ってね。あったかい紅茶とココアと、冷たくてもよかったら他にもいろいろあるからなんでも言って!」
「ありがとうございます」
「あ、あなたが茜ちゃんね。可愛い〜〜やっぱり女の子欲しかったわ……」
和斗たちは康平と並んで布団の上に腰を下ろす。
コンクリートの硬さは感じず、柔らかな座り心地だった。
大きなブランケットを全員の脚に掛かるように広げ、背中には毛布をかぶる。
ココアをもらい、湯気をふうと吹きながら空を見上げた。
「もう少しね」
その瞬間、怜二と茜が反応した。
外の冷気とは違う、悪寒。
何かが近付いてくる気配がする。
震える茜に、隣に座る和斗が気付いて声を掛ける。
返事をしようとした茜だったが、今声を出したらやってくる何かにバレてしまう気がした。
マグカップの中で波打つココアを必死に飲み、心を落ち着けようとするが、震えは止まらなかった。
それは、マンションの壁を登ってきた。
蜘蛛のように四肢を折り曲げ、首が逆さについている。
曲がるはずのない方向に曲がった腕がフェンスを掴み、屋上に上がってきた。
右目は無く、そこには暗い穴が空いているだけ。
頭髪は数本しか残っておらず、ボロボロのワンピースを身につけているから女性なのかもしれないと思う程度。
口から伸びた長い舌が、眉間を越えて地面に付かんばかりである。
茜の目には、細かな部分までは見えていなかった。
ただ、ぼんやりとした黒い影から、四本の細い脚のようなものがおかしな方向に伸びていることだけしか見えない。
けれど、それが何かを探してここに来ていることは分かったし、見えていると分かった瞬間、ターゲットにされるだろうことも分かっていた。
和斗には何も感じ取れていないし、だから狙われる可能性も無く、左腕は痛まなかった。
急に様子のおかしくなった茜を心配そうに見るだけ。
ただ、茜の視線がある方向を見ないようにしているのが分かった。
和斗は茜からマグカップを預かり、康平に預ける。
茜の頭から毛布をかぶせてやり、視界を塞いだ。
「まだ流星群の時間までは少しあるから、そーしとけ」
茜は頷く代わりに和斗の服の裾を小さく握った。
怜二はソレを見つめていた。
可哀想な人だと思った。
手足を折られ、舌を引き伸ばされ、目を抉られ、どうしてそんな風に殺されなければいけなかったのだと嘆く。
自分をいたぶった挙句に殺した相手を見つけるために、夜な夜な徘徊しているのだろう。
「犯人は捕まってるの?」
座っていたレジャーシートの上から立ち上がり、屋上の端の方に移動してから小さな声で尋ねた怜二に、私は首を振った。
アレを生み出した人間はのうのうと生きている。
死体を山中に埋めた後、家を変え、顔を変え、すでに家庭を持っている。
仲間内でも評判の美人妻に、三歳の息子と生まれたばかりの娘。
過去に犯した罪は誰も知らず、いい夫として生きているのだ。
「教えてあげられないの?」
『教えれば、無関係な人間も巻き込まれるかもしれぬぞ』
私がそう言うと、怜二は驚いて私を見た。
そんな人間らしいことを言うとは思わなかったらしい。
私もたまにはそういうことを言ったりもする。
本当にそう思っているわけではないが。
「でも、今のままでも無関係な人間を巻き込んでしまうよね」
『そこの女か? 邪魔ならちょうどいいではないか』
怜二はムッとした表情で私を睨む。
私にはなにもかも筒抜けだというのに、いつまで経っても本心を素直に明かさない。
さすがに邪魔とまでは思っていないのは知っているが、育てばそうなる芽は顔を覗かせているのに。
「邪魔だなんて思ってない」
『隣の芝が青いなら、枯らしてしまえばよいのよ』
「そんなことはしない」
私は怜二の横からソレの近くまで移動した。
頭の横、耳の上に人差し指をあてがい、私の知っていることを教えてやる。
ソレは上手く回らない首をギギギと回して私を見ると、喜びに打ち震えて大きく泣いた。
器用に四肢を動かしてマンションの屋上から去ったソレは、真っ直ぐ教えた方角へと移動していった。
あの速さだと、到着するのは三日後くらいか。
私は覗き見ることを決めていた。
せっかくなので、相手にアレの姿が見えるようにしておいてやろう。
私は移動中のソレに向かって力を飛ばした。
怜二がレジャーシートのところへ戻るのと、気配が去ったと気付いた茜が顔を出すのはほとんど同時だった。
心配そうに茜を伺う和斗たちに、今見たことを話す。
怜二には茜がどの程度見えているのか分からなかったから、ぼやのようにしか見えていなかったと聞いて少し安心した。
アレを直視していたら、きっと流星群どころではなかっただろうから。
康平の母が、新しいココアとビスケットを持って屋上に上がってきた。
時計はもう流星群が見えてもおかしくない時刻を示している。
いつもは静かな街全体が、その瞬間ざわめいた気がした。
「見えた!」
康平が指差した場所には、もう何もない。
すぐに別の場所に星が流れ、それは和斗たちにも見えた。
広い空を、一点だけ見るのではなく全体的に眺めていると、視界のいたるところで星のきらめきが筋を描いて消えていく。
雲はどこにもなく、流星群日和のいい夜だった。
◆
その日はあいにくの曇り空だった。
月の光も遮られるくらいに厚い雲の下、同僚との飲み会を終えた男は帰路に就いていた。
最寄り駅から家までの近道、公園を突っ切る男の耳に、ガサガサと草の揺れる音がした。
(ホームレスか?)
関わり合いになる前に、さっさと通り抜けてしまおう。
足を速めた男の前に、得体の知れない影が飛び出した。
公園内に等間隔に設置された灯りが男とソレを照らす。
男の酔いは、一気に冷めた。
「ひっ!」
『ミ、ミミミミミミミツケッケケケケケダァァァァァァァ』
「うわああああああああ!」
男に飛びかかったソレは、自分の顔を見せつけるように男に迫った。
しかし、恐怖にまみれた男は彼女を思い出せない。
私はお節介をすることにした。
男の脳裏に、彼女で楽しんだ記憶がフラッシュバックする。
「ま、さか」
男が過去を後悔する前に、男の全身が捩じ切れた。
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