第13話 転校生と七不思議 [うろこ雲]
「はーい静かにしろー、転校生だぞー」
ざわつく教室内に担任の声が響く。
担任に続いて教室に入ってきたのは、つやつやの黒い髪をボブカットにした丸顔の少女だった。
パーカーにデニムのスカートを履いた少女は、緊張しているのか、硬い表情のまま正面を見つめていた。
既に、耳の早い生徒が転校生が来るらしいと噂を広めていたから、担任の言葉に教室内は全く静かにならない。
黙らせるのを早々に諦めた担任は、黒板に名前を書いた。
「
「はい。三科茜です、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた茜に、教室中から拍手が送られる。
窓際の一番後ろ、和斗の隣に茜は座った。
夏休みが明けてから、ずっと空席だったそこに、茜は座った。
削られて彫られた落書きこそないものの、なかなかに使用感のある机だった。
『なかなか面白いやつが来たのう。お前ほどではないが、それなりに見えている』
私は怜二に向かってそう言った。
私の声も、姿も、認識できるのは怜二だけ。
私が見えるほどの力の持ち主であればもっと面白かったのに。
怜二はどこか落ち着かない様子で、茜のことを見ていた。
茜は授業が終わる度にクラスメイトに囲まれ、質問攻めにされた。
あまり答えたくないといった風に返事をする茜に、クラスメイトたちは徐々に減っていく。
和斗はそんな教室内の動きに嫌気がさし、頬杖をついて黒板を見ていた。
興味のあるものに一斉に近付き、思ったものと違っていたらすぐに離れていく、そんなクラスメイトたちを、和斗はもう、自分とは合わないものだと思っていた。
一学期の終わりのあの事故も、この間の数日間の行方不明も、他人からの好奇の目を疎ましく思わせるには十分すぎるほどだった。
放課後、いつものように地図を広げた康平たちに茜が声をかけた。
「それ、なに?」
「これ? 心霊スポットマップ」
「へぇ」
「みんなから噂話とか聞いて、メモしてるんだ」
「心霊スポット、行くの?」
「何ヶ所か行ったよ。このバツ印が付いてるところ。なんでバツかっていうと、ぼくらは幽霊を見てないから」
康平がそう言うと、茜は目を細めて地図を見た。
県外から越してきたばかりの茜には、地図だけ見ても風景は思い浮かばない。
付箋の剥がされたバツ印の場所に、何があったのかも分からない。
「ふーん……ねぇ、それ、私も仲間に入れてよ」
「何だよ、お前こーゆーの興味あんの?」
和斗からの問いに、茜は一瞬固まり、他のクラスメイトたちが既に教室から出ていってしまっていることを確認してから意を決したように言葉を発した。
「……ある。っていうか……みえる」
「え! 幽霊が!?」
「声デカい」
叫んだ康平を睨み、茜は自分の席に座った。
足を組み、康平たちを見る。
校庭から部活動の掛け声が聞こえてきて、吹き込んだ風がカーテンを大きく揺らした。
「じゃあ、とりあえず次の探検の時、一緒に行こうぜ。カッコカリな!」
「分かった」
康平たちはそのまま噂話について整理しようとしたが、転校初日の茜を交えて話してもあまり楽しくないかもしれないと気を利かせ、校舎内を案内することにした。
四階建ての第一校舎。
一階が職員室や視聴覚室、保健室に技術室など。
二階から四階は学年ごとに教室があり、康平たち一年生は四階の教室である。
この階には他に音楽室があって、三階には美術室、二階にはパソコン室がある。
とうぜん、康平たちは学校の七不思議を一番初めに調べた。
教室から出て音楽室とは逆方向に進むとある、屋上への階段。
一つ目はその階段の段数が、いつの間にか十三段になっているというもの。
案内しながら数えてみるが、残念ながら今日も十二段だった。
二つ目は音楽室のピアノが勝手に鳴り出す。
今は吹奏楽部が練習中なので、ピアノの音は聞こえなかった。
三つ目は美術室の石膏像が喋り出す。
美術部がデッサン中だったが、中央に置かれた石膏像も、壁際に置かれた石膏像も、誰もが黙って作業に集中していた。
四つ目は保健室の隣のトイレに花子さんが現れる
せっかくなので噂の女子トイレに入ってもらうが、どの扉も空いていて、誰もいなかった。
トイレから出てきた茜も、「ここには何もいないみたい」と言った。
そこから渡り廊下を越えて第二校舎へ。
第二校舎の一階には屋上にあるプールに上がっていくための階段と更衣室、それに体育館へと繋がる廊下、多目的ホールがある。
多目的ホールでは剣道部と柔道部が活動中で、気合いの入った声が聞こえてきた。
二階には理科室と家庭科室があり、その上がプールになっている。
五つ目の七不思議は夜になるとプールを泳ぐ霊。
プールに続く扉の鍵は普段は閉まっているため、確かめようにも確かめられなかったものだ。
六つ目は理科室の動く人体模型。
そして七つ目は体育館で夜な夜なドリブルをする首なし幽霊。
ほとんどが夜の校舎限定のものであり、康平たちには確かめられないものばかりだった。
この学校はそれなりにセキュリティがしっかりしており、夜に校舎内に入ろうものなら警報が鳴り響いてしまうのである。
七不思議自体はかなり昔から、少しずつ形を変えて残っているものらしく、康平たちはせめて後世に七不思議を残すのだと息巻いている。
バスケ部とバトミントン部が場所を取り合う体育館から、グラウンドを見る。
サッカー部と野球部がランニングを終え、基礎練習に入ったところだった。
「お前、部活には入んねーの?」
「お前って呼ばないでよ」
「じゃあ三科」
「その苗字も好きじゃないから、茜でいい」
「わがままだなー」
「いつまた引っ越すか分かんないから、部活には入らないって決めてんの」
そう言った茜の横顔は、寂しそうだった。
質問してしまった和斗はバツが悪そうにしながら、空を見上げる。
とはいえ、康平たちだって部活には入っていないのだ。
偉そうに何かを言えるわけでもない。
「あ、今なんか見えた」
「えっ?」
伸びをしながら空を見た茜が、ぽつりと呟いた。
それに反応してみんなで空を見るが、そこには綺麗な青空にうろこ雲が浮かぶだけだった。
「どこ? なに?」
「分かんない。魚みたいなやつ。あの辺の雲から雲に飛んでった」
「マジかよ」
「別に信じなくてもいいけど」
拗ねるような声色ではなかった。
単純に、何もかもを諦めているような、期待しないと決めているような、そんな言葉だった。
和斗は何だか無性にイライラして、自分の左腕を茜に見せた。
「おれ、水神と約束して、霊には殺されないようにしてもらったんだ。別に信じなくてもいーけど」
茜の視線は空から、和斗の腕にくぎ付けになった。
今は危険がないためにうっすらとしか見えないが、茜の目には水神の力がありありと見えていた。
今まで見たこともないような強い気配を感じとり、腕に鳥肌が立つ。
「こんなの……初めて見た……」
「おれたち、普通じゃねーから、お前がちょっと普通じゃないくらい、なんでもねーし」
「和斗、ぼくは別に普通なんだけど……」
「普通なやつはカボチャに取り憑かれたりしない」
「あれ、そういうカウントになるの!?」
怜二は普通ではない自覚があったが、墓穴を掘ることもなかろうと黙ったままだった。
私は一瞬会話に混ざろうかと考えたが、あまりの無意味さに笑ってしまってタイミングを逃した。
和斗の言葉にポカンとしていた茜は、表情を崩し、また空を見上げて言った。
「そーでーすかー」
雲の切れ間を魚が跳ねて、虹色の鱗が太陽光を反射した。
眩しげに空を見上げる四人の目には、ただただ眩しい太陽だけが見えていた。
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