第7話 アスレチック [引き潮]

 バーベキューから帰る車内は会話で溢れていた。

 食材と共に準備されていた飲み物の中にはアルコールもあったため、おそらく酔いも手伝って普段より盛り上がっているのだろう。

 また休みの日に、みんなでどこかに行かないかと話が上がった。

 日帰りではやはり慌しいということで、土曜日の夕方に出発し、一泊して日曜日を楽しもうと。


 何日か連絡を取り合い、バーベキューの時には都合が悪く来られなかった和斗の父と、怜二の両親も予定を合わせて一緒に行くことになった。


 約束の土曜日、康平の父と和斗の父がそれぞれ車を出してくれることになっていた。

 怜二の家は車を手放してしまったそうで、申し訳なさそうにしていたが、周りがフォローしていた。

 怜二の両親がこうして康平や和斗たち家族と行楽に出掛けるのはかなり久しぶりで、最初は多少強張っていた表情も、二ヶ所ほどパーキングエリアで休憩するうちに緩んできていた。


「誘ってくれてありがとうね」

「ううん、こっちこそ。無理させたんじゃないかってちょっと心配だったの」

「あんまり、自分からこういうことする気分にはなれないでいたから、ありがたかったよ」

「それなら良かった」


 怜二は母親が楽しそうにしているのを見て、自分のことのように喜んだ。

 怜二ではどう頑張っても母を楽しませることが出来ずにいて、こうして康平や和斗の母親に元気をもらえていることが嬉しかったのだった。

 母親たちがそんな会話をしている中、康平たちはトイレに行ったりソフトクリームをねだったりしていた。

 平和な土曜日だった。


 目的地であるきしなみ海岸の近くにあるホテルに着き、チェックインしてから食事に出かける。

 漁港が近くにあることもあって、新鮮な海の幸が食べられる店がそれなりに立ち並んでいるらしい。

 その日はみんなが奮発したのか、カジュアルなフレンチレストランだった。

 肉が食べたいお年頃な康平たちは文句を言ったが、出てきた魚料理はそれはそれで美味しかったので結局は満足していた。


 親たちは怜二の両親の待つ部屋で酒盛りをするらしい。

 康平たちはお酒やつまみを持って部屋を出ていく親を見送る。

 三人は親のいない自由時間でゲームをしたりした後、同じ部屋で寝た。



 次の日、チェックアウトしたあと、みんなで朝のセリを見に出掛けた。

 そのまま口コミが良かったのだという市場内の店に行くと、早朝だというのに列が出来ていた。

 列に並んでも食べてよかったと思わせる安くて新鮮な海鮮丼を食べ、海に向かう。

 きしなみ海岸は引き潮の間しか渡れない島があると有名な場所で、波が引いて現れた道を歩き、みんなでそれほど大きくはない島に行ったのだった。


 島はアスレチックとして整備され開放しているそうで、受付には数人のスタッフがいた。

 全員分の料金を払うと、リストバンドと共に島内の地図が配られる。

 島中に様々なアトラクションが設置してあり、好きに遊んでいいのだという。

 一応、それぞれのアトラクションに対象年齢と遊び方が書かれた看板が立っているらしいが、康平たちの身長と年齢を聞いたスタッフのお姉さんが、「君たちならどれでも遊んで大丈夫だよ」と言ったので、あまり気にしなくても大丈夫だと安心した。


 康平たちはさっそく遊ぶことにした。

 親たちは康平たちの後について一応見守ることにしたようだったが、親の監視の目にずっと晒され続けるような子供たちではない。

 アトラクションを遊ぶフリをしながら親の視界の死角を探し、数十分後にはバレずに別行動できるようになっていた。


「見られてるとなんか微妙に楽しくないよな」

「うん」


 康平たちは好き放題遊ぶことにした。

 帰らなければならない時間は理解していたし、時々腕時計を確認することも忘れない。

 それに、島から帰れなくなってしまうため、午後の引き潮の時間には島内放送が流れることになっていると言っていた。

 だから疲れて眠ってしまったりしない限り大丈夫だろう。


 ロープをよじ登ったり、池に浮かんだ足場を渡ったり、大きな木の上に建てられた秘密基地のような小屋を見つけたり、自然に溢れた島内を上手く活かしたアトラクションはどれも楽しかった。


 途中、大きな洞窟を見つけた和斗は、その中を覗いた。

 洞窟の入り口周辺には、何の看板も立っていない。

 しかし、洞窟の中には一定の間隔で明かりが仕込んであるようで、どうみてもアトラクションの一つだった。


「ここ、面白そうじゃね?」

「でも、看板ありませんよ? 大丈夫ですかね……」

「看板ないけど、ちょっと中に入ってみて、危なそうだったら戻れば大丈夫かな」

「うう……」


 結局三人で洞窟の中に入ると、初めは三人の倍以上の高さがあった天井がどんどん下がってくる。

 大人だったら真っ直ぐ立って歩けないのではないかと思われるくらいに道が狭まり、気温も心なしか下がっているように感じられた。


 途中で道が二股に分かれていて、片方にはロープがかかり、進めないようになっている。

 もう片方の道はロープこそかかっていないが、今までの道と違ってきちんと慣らされている感じがしない。

 まるで本当の洞窟のようだった。

 今までよりも明かりの間隔が広く、その明かりがどこまで続いているのかも怪しい。

 途中から道が曲がるのか、ある程度から先は見えなかった。


「も、もう進むの止めませんか?」

「もしかして、まだ作り途中だったのかな、このアトラクション」


 そう話していると、洞窟の奥から子供たちの声が聞こえた。

 顔を見合わせた三人は、他の子たちも遊んでいるならと足を進める。


「声もしたし、明かりはあるし、真っ暗になっちゃうまでは進んでみようぜ」


 少し薄暗くなった洞窟を、更に進んだ。

 ピチョーン、ピチョーンとどこかで水滴の落ちる音がする。

 冷たい風が洞窟内を吹き抜けて、鳥肌が立った。


「風が吹くってことは、外と通じてんのか?」


 とうとう壁に埋め込まれていた明かりがなくなり、三人の歩みが自然と止まった。

 立ち止まった三人の視線の先は、闇。

 しかし、闇の最奥には、小さな光があった。


「あれ出口なんじゃね!?」

「でもめちゃくちゃ暗いよ」

「えー、ここまで来て終わりかよー! それにさ、おれたちより先に行ってた子たちとすれ違わなかったってことは、行こうと思えば行けるってことなんだよ!」

「でも今日は懐中電灯持ってこなかったし……」

「大丈夫だって、こーゆーのは変にビビらずに真っ直ぐ進めば意外と行けちゃうん感じなんだよ、きっと!」


 和斗が足を踏み出そうとした瞬間、怜二の身体を恐怖が支配した。

 暗闇から救い出してくれるように思えるあの光が、捕食者の照らし出す偽りの希望なのだと唐突に理解する。

 このまま進めば、帰ってこられなくなる。


「だめです!!!!!!!」


 自分を抱きしめるようにクロスした腕に力を入れた怜二は大声で叫び、和斗の動きが止まった。

 康平が不安げな表情で辺りを見回す。


「…………も、もどるか」

「うん……そうしよ」


 踏み出そうとした脚を引っ込め、康平たちは来た道を戻ることにした。

 怜二は溢れそうになった涙を飲み込み、私を睨む。


 あのまま進んだら面白いことになったのに。


「ぼくたちを守ってくれるんじゃないんですか」


 小さな声で呟く怜二に、私は無言のまま笑顔を返す。

 見捨てた方が面白ければ、そっちを選ぶだけだ。

 私は今でこそ怜二の保護者めいたことをしているが、それだっていつやめてもいい。

 全ては私の、暇つぶしなのだから。


『お主が一番楽しいことを提供し続けてくれればよいのじゃ』


 洞窟から出た康平たちは、既に陽が沈みかけていることに驚愕した。

 慌てて時計を見れば、島に取り残されるまで三十分を切っている。

 一気に血の気が引いた康平たちは、猛ダッシュで入り口へと戻った。

 康平たちの姿を認めた親たちが、わぁと声を上げて駆け寄ってくる。

 何度も島内放送で呼び出したのにどこに行っていたんだと叱られ、心配したと抱きしめられた。


 心配をかけてしまったことは理解しつつも、康平たちは混乱していた。

 洞窟に入ったのは、まだお昼前だった。

 そんなに長い間、洞窟の中を歩いていたはずはない。

 それなのに、どうして。


 あの洞窟は、どこに繋がっていたのだろう。

 あのまま進んでいたら、あの光の先には、何が。


 スタッフの人たちに急かされながら島を後にし、閉じ込められる前に海岸に戻った。


 押し寄せる波に閉ざされていく島を振り返ると、何故だか、寒気がした。

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