第4話 別次元からの手紙 [紙飛行機]
いつの頃からかまことしやかに囁かれるようになった都市伝説がある。
『午前4時44分に暗闇に向かって自分宛の手紙を書いた紙飛行機を投げると、別次元の自分から返事が来る』
お姉ちゃんの友達が聞いた話なんだけど……。
友達のバイト先の先輩が聞いた話なんだけど……。
友達の学校で話題になってたらしいんだけど……。
そんな発信源の分からぬ話は面白半分に伝染し、あっという間に広まっていった。
康平たちの中学校にも、当然のようにその話は流れてきたのだった。
カボチャにやられてしまった康平は試す気になれず、仕方ないなと言って和斗が試してみることになった。
明日は休みだから、夜更かししても大丈夫だろうと和斗は笑った。
◆
家に帰ってから、新聞に挟まっていたチラシが集めてある山を見る。
それなりに高い山を見る度、すぐに捨ててしまえばいいのにとお父さんは言っていたけど、何かに使える時が来るかもしれないと言って、お母さんは時々増えすぎたチラシを捨てるだけで、全部を捨てることはなかった。
今自分は手頃な紙を探してチラシの山を漁って、目当ての物を見つけ出せるわけで、だからお母さんの行動は間違ってなかったってことなんだろう。
他のチラシに比べてしっかりしていて裏が白いチラシを引き抜き、自分の部屋に持って帰った。
机の上でチラシを正方形に折り、いらない部分をカットする。
それから白い裏面に自分への手紙を書く。
とはいえ、何を書けばいいんだろう。
別次元の自分に宛てた手紙。
だったら、今の自分の状況を書くのがいいかと思った。
別次元の自分はもしかしたら違う場所に暮らしているかもしれないし、全然違う人生を送っているかもしれない。
一応初めに自分の名前を書き、家族のこと、友達のこと、学校のこと、それらを書いた。
手紙というよりは報告のようになってしまったし、思ったよりたくさん書いてしまったけど、まあいいか。
いざ紙飛行機を折ろうとして手が止まる。
紙飛行機のよく飛ぶ折り方はどうだったっけ。
調べようにも携帯はないし、まだお父さんが帰ってきていないから家のパソコンを使うこともできない。
結局覚えていた普通の紙飛行機を折った。
別次元と繋がるのなら、別に紙飛行機がたくさん飛ぼうが飛ぶまいが関係ないはず。
言い訳しながら机の上に完成した紙飛行機を置き、夕ご飯の準備をするために部屋を出た。
お父さんもお母さんも働いているから、夕ご飯はだいたい一人で食べる。
冷蔵庫の中にお母さんの作ってくれたご飯が入っていて、それを電子レンジでチンするだけだから簡単だ。
今日はオムライスだった。
お湯を注ぐだけのコンソメスープがあったのを思い出して、それも作る。
あんまり温めすぎると熱いから控えめにしたら、真ん中の方のご飯は結構冷たかった。
食べ終わってからお皿やスプーンを洗い、少し休んでからシャワーを浴びた。
部屋でゲームをしていると、日付が変わった頃にお母さんが帰ってきた音がした。
和斗は部屋の電気を消し、布団をかぶる。
寝たフリをしながら、時間が来るのを待った。
布団の中でこっそりゲームをしていると、時間はすぐに経ってしまう。
流石に眠たくなってきた目を擦りながら、和斗は時計を確認した。
4時38分。
腕時計とゲーム機の時間が合っていることを確認して、布団から抜け出す。
紙飛行機を持って、こっそり家を出た。
エレベーターで降り、道路に。
時計の針はあと3分ほどだと告げている。
和斗は左腕を顔の前に出し、時計が見えるようにしながら紙飛行機を構えた。
電灯に照らされた明るい場所の影、色濃くなった暗い場所を見つめる。
時間が迫る。
あと1分。
あと30秒。
4時44分になった瞬間、和斗は紙飛行機を投げた。
ひょろひょろと飛んだ紙飛行機は、地面に落ちる前に見えなくなった。
暗闇に紛れて見えなくなってしまったのだろうか。
飛ばした方へ歩いて行ったが、紙飛行機は見つからなかった。
風が吹いていたわけじゃないから、どこか変なところへ飛ばされてしまったということもないだろう。
本当に、別次元に?
でも、返事は?
とても長い手紙を書いてしまったから、返事にも時間がかかるのかもしれない。
もしくは自分が紙飛行機をなぜか見失ってしまっただけで、本当はどこかにあって、あんな噂は嘘だったのかもしれない。
とりあえず、今はもう帰ろう。
和斗はまたこっそり家に戻り、眠りに就いた。
朝と呼ぶには遅い時間に目覚めた和斗は、机の上に紙飛行機が乗っているのを見て息を飲んだ。
勢いよく布団を飛び出し、紙飛行機を掴む。
同じチラシだった。
内側に折り込まれた紙の白い部分を広げると、そこには見覚えのある文字で、見覚えのない内容が書かれていた。
『お前になりに行く』
どういうことなのだろう。
別次元の自分は、本当にいたのだろうか。
確かに、書いてある文字は自分の文字だと断言できる。
筆跡鑑定なんてできないけど、それでも自分の文字くらいは分かる。
別次元の自分に取って替わられるなんて、そんなことが有り得るんだろうか。
聞いた噂の中にそんな話はなかったと安心したが、実際になり替わられているなら自分に不利になるような話を人にするわけはないと一気に不安になった。
◆
昼過ぎに、康平たち三人は約束していた公園に集まった。
和斗の手には紙飛行機が握られている。
広げて見せられたそこには、『お前になりに行く』の文字。
康平たちもまた、その文字を見て和斗が書いたのだと思っていた。
「実はおれが夢遊病で、自分で書いたけど覚えてないってことはないよな?」
「そ、そんなこと言わないでください……」
「わかんないけど……でも、このチラシ、和斗が覚えてる時に使ったやつと同じなんでしょ? だったら無理じゃない?」
「確かに。お前あたまいいな!」
「なんかあんまり嬉しくないけどありがと」
「じゃあ本当に別次元の……?」
「とりあえず、もう紙飛行機を飛ばすのはやめとく」
「それがいいね」
怜二が私を見たが、私は知らん顔をした。
いつでも助けてもらえると思わないことだ。
私は自分が面白いと思ったことにしか手を出さない。
和斗はまだ、それほど面白くない。
もう少し面白くなってからでないと、勿体ない。
しばらく遊んでから、和斗は家に帰った。
私は和斗の後ろについていくことにする。
和斗は一人で夕食を食べ、一人で眠った。
祝日はすぐに終わり、4時44分。
机の上に紙飛行機が現れた。
朝目覚めた和斗は、机の上を見て顔を青ざめさせた。
『なにか言えよ』
震える手で紙飛行機を握りつぶし、急いで着替えて家を飛び出す。
校門が開いて教室に入ってからは、一人で膝を抱えて皆を待っていた。
康平が来るのはホームルームギリギリ。
ほとんどチャイムと同時に下駄箱に滑り込み、教室に駆け込んできた。
授業中や短い休憩中に話すわけにはいかず、昼休みになってようやく和斗はぐしゃぐしゃになった紙を見せた。
怜二はまた私を見たが、もう1日くらい楽しんでもいいだろう。
私は首を振り、怜二に睨まれた。
和斗の身体は別次元と繋がっている。
繋がりを辿ってこちらの次元に干渉されれば入れ替わることもできるだろう。
ただ、それをするにはかなりの力が必要だし、そもそも普通の人間にはそんなことはできない。
別次元の私が和斗を手伝っていれば話は別だが、どの次元を見てもそんな私は存在しなかった。
だから別次元の和斗がどんなに脅しをかけてこようが、この次元の和斗には何の問題もない。
私がどれほど楽しもうと和斗に直接的な害はないのだが、それを説明しても怜二は納得しなかった。
次の日の4時44分は『見ているぞ』。
あまり芸がなく、面白くない。
これ以上眺めていても、恐らく初日以上の面白さはないだろう。
私は別次元の和斗に紙飛行機を飛ばし、繋がりを切った。
これでもう、和斗の元に紙飛行機が届くことはない。
『お前の存在を消されたくなくば、心を改めよ。さすれば悪夢より抜け出せるであろう』
まあ、少しばかりお灸を据えるくらいはいいだろう。
別次元の和斗を私が助けるかは分からないが、実際に心を改めても助かるのだから問題はないはずだ。
怜二にそこまで説明すると面倒なことになるのは察していたので、ただ解決したとだけ言っておく。
疑わしげな目で見られたが、そ知らぬ顔をしてやった。
やはり怜二と共に在るのが、今の私には一番面白い。
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