第3話 イベントの成れの果て [かぼちゃ]

 誰が言うともなく、心霊スポット探検は少しの間お休みになった。

 通常では有り得ない出来事の連続に、精神的に疲れてしまったのだろう。


 ただ情報収集は続けていたし、地図の付箋も増えていた。

 廃病院の上にはまた、赤いバツ印が付いていた。

 幽霊屋敷や廃病院に行きたがる人を見つけると、行かない方がいいと助言するのが決まりのようになっていた。

 幽霊は見ていないが、それと同じくらい怖い思いはしたのだと。

 だが、それを言うとますます面白がってしまう人がほとんどだった。

 助言を聞き入れない人まで心配していては心が持たない。

 その辺りは自己責任だと思うことにするのだった。


 康平たちも、もちろんそうだ。

 幽霊に会いたいがために心霊スポット巡りを始めたが、それに伴う恐怖体験は覚悟の上。

 まさかここまでとは思っていなかったというのが本音だが、しかしそれでも、諦め切れないのだ。

 だから少しだけ休んで、また再開することになるだろう。

 それまでは平穏な日々が続くかと思われたが、そんなことはなかったのだった。



 その日、康平は一人で帰っていた。

 普段は途中まで何人かと一緒に帰るのだが、下駄箱に向かう最中に忘れ物を思い出し、教室で担任に手伝いを頼まれてしまったのだ。

 帰り道、どうせ一人なら普段は通らない道を通ってみようという気持ちになったのだろう。

 康平は細い路地を抜けてみることにした。

 やや小柄と言ってもいい康平が、カニ歩きをしてギリギリ通れるくらいの道を、何とか通り抜ける。

 抜けた先の裏路地は、住宅の背中に挟まれて少し薄暗かった。

 オレンジの夕陽がところどころ差し込み、建物の影になっているところがやけに暗く感じる。

 カラスの鳴き声が不安を煽った。


 少し大きな道との交差点、その向こうにゴミ集積所があった。

 回収されていないゴミ袋が何個かある中に、一つのカボチャが転がっていた。


 ハロウィンで飾りに使われていたのだろう。

 半月型の目と、三角形の鼻、上二本下一本の歯がある口、綺麗にくり抜かれたカボチャが、康平を見つめていた。


 道路を渡り、カボチャに近付く。

 カボチャが康平を見上げている。

 康平はしゃがみながらカボチャに手を伸ばした。

 ざらりとした硬い皮。

 そのままカボチャの下に両手を差し込み、ゆっくり持ち上げる。


「重い……」


 ずっしりと重たいカボチャが手に馴染んだ。

 そのあとは真っ直ぐ家に帰り、母に驚かれるのだった。


「何で持って帰って来ちゃったんだろ」


 別に特別カボチャが好きなわけではない。

 ハロウィンも、康平の家では特にイベントらしきものもなかった。

 仮装したわけでもなければ、お菓子をもらったわけでもない。

 商店街やデパートが飾り付けられているのを見はしたが、それだけだった。


「すごい重かったし……わざわざ持って帰るようなものでもなかったのに……」


 カボチャの顔が、どこか笑っているように感じられた。

 ぞわりと背筋が震え、康平はカボチャを捨ててしまうことにした。

 明日は燃えるゴミの日だから、今ゴミ捨て場に置いておけば明日の朝には回収されるだろう。


 康平はこっそり家から出で、カボチャを捨てた。

 自分で拾ってきたものをすぐに捨てるのは決まりが悪くて、母には見つかりたくなかったのだった。


 早足で部屋に戻り、ベッドに飛び込んだ。

 布団を頭まで被って眠りに就く。


 朝、目覚ましが鳴る前に起き上がった康平は、机の上で笑うカボチャを見た。


「わあああああ!」


 康平の叫び声を聞き、母が部屋に飛び込んでくる。

 カボチャが、カボチャが、と泣く康平に、悪い夢でも見たんじゃないのと母は言った。


「なんか怖いから……あれ、もう捨てちゃいたい……」

「次のゴミの日にね。とりあえず台所に置いておけばいい?」

「うん……」

「さ、泣き止んだら朝ご飯食べて学校行きな」


 顔を洗い、赤い目を冷やして朝食を食べる。

 元気はないままに、制服に身を包んで学校へ向かった。


 もちろんそんな康平の変化がバレないわけもなく、休み時間になって話しかけてきた和斗にカボチャの話をすることになった。

 そのカボチャが見てみたいと言うので、放課後、連れ立って康平の家へと向かうのだった。



 怜二は康平が朝教室に入ってきた時から、嫌な匂いに気付いていた。

 康平の周囲にまとわり付くように匂う、生臭い匂い。

 その匂いは康平の家に近づくほど強くなっていく。


 康平が家の玄関を開けた瞬間、一気に外に吹き出した匂いに思わずせてしまった。

 和斗も少し感じ取ったようで、咽せるまではいかないものの、鼻をひくつかせて顔を顰めた。


「なんか臭くね?」

「え? ほんとに?」


 康平には臭わないようだ。

 きっとカボチャを見つけた時からずっとこの匂いに包まれていて、慣れてしまっているのだろうと怜二は思った。


 台所に置いていたはずのゴミ袋は、そこにはなかった。

 首を傾げながら自分の部屋に案内した康平は、扉を開けた瞬間大声で叫んだ。

 康平の机の上に、ゴミ袋が乗っていた。

 半透明の袋から、オレンジ色が透けて見えている。

 

「な、な、なんでここに!!!」

「お前の母ちゃんが置いた……ってことはないよな」

「当たり前じゃん!」


 和斗が鼻をつまみながら、恐る恐るそのビニール袋を開けた。

 怜二の目に、無数の蛆が飛び込んでくる。

 カボチャは腐っているように見えた。


「ひっ……」

「なんか、やっぱこれ、腐ってるみたいな匂いするぞ」

「匂い……全然分かんない……分からないっていうのがヤバいのかな」

「さあ? とりあえずこれ、ここに置いとかない方がいいんじゃね?」

「でも……どこかにやってもまたここに戻ってきちゃうんじゃ……」

「……じゃあ、おれが預かるか」


 和斗がそう言った瞬間、嫌な匂いが和斗に移った。

 康平が顔を顰め、カボチャと和斗の顔を交互に見る。


「匂い……分かった……」

「あー、おれは分かんなくなった」

「……ダメだよ。ぼくの代わりに和斗になったってだけじゃん」

「お、おれはお前よりつえーから平気だよ」


 どう考えても強がりだ。

 こんな得体の知れないものを受け入れて、平気なはずはない。

 怜二はごくりと唾を飲み込んで、カボチャの方へと進み出た。


「ぼ、ぼくが引き受ける」


 カボチャの中身は、すぐには怜二に移らなかった。

 せっかくの怜二の頑張りを無視するとはいい度胸だ。

 私は少しばかりイライラしながら、カボチャを叩いた。


 その瞬間、カボチャを覆い尽くしていた蛆が霧散した。


「え、匂い、消えた」

「は? おれも臭くねーけど」

「ぼくも、臭くないです……」


 一度怜二に移して、ほとぼりが冷めてから始末すればいいと思っていたのに、つい力が入りすぎてしまったらしい。

 一発で消し飛ばしてしまったことに気付いた私は、ぺろりと舌を出して誤魔化した。


 怜二は何ともいえない表情をしていたが、脅威が去ったことは喜ばしいことだと思うことにしたようだ。

 私に向かって頭を下げた。


 ただのカボチャになってしまったそれは、次の燃えるゴミの日に、ゴミ収集車に運ばれていくのだった。

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