群馬

 佐野は血に濡れた右足で、群馬の山中に降り立った。心ない桜井にシャベルを渡され、力の入らない左足で作業をさせられる。

「そんな足じゃ、逃げられないとは思うけど……。もし逃げようとしたら、そのときは殺すから」

 桜井はゴミ袋から死体を出し、切断された右手を見て喜んでいる。しなやかさに包まれた、穏やかな右手。それは多分、かつて女性だったものだ。

「桜井……。おまえ、何でこんなこと……」

「んー? 別に、何となく」

 彼は間延びした声でそう言うと、突然握った右手を振り上げて、思い切り地面に叩きつけた。何とも形容しがたい音が、佐野の耳に飛び込んでくる。

「おまえ……、一体、どうしたんだよ……!? 人殺しなんて、そんな……!!」

「うるさいなぁ。いいからさ、さっさと穴掘ってよ」

 作業を止めて彼を問いただすと、物凄い力で傷口を蹴られる。佐野は最早どうすることもできず、ただただシャベルを動かし続けた……。


 ……穴を掘ること、数十分。無事に死体を埋め終えた彼らは、再び車に乗り込んだ。桜井はやたらとご機嫌な様子で、今度は東京方面へと車を走らせる。

「佐野が手伝ってくれたおかげで、思ったよりも早く片付いちゃった! あはははは!」

 佐野は力なく座席に身を預け、死んだような目で車窓の景色を眺める。幼馴染との半日旅を想像していた彼にとっては、先ほどの重労働は過酷だった。

「ねぇねぇ、佐野! 付き合ってくれたお礼に、今から素敵な場所に連れてってあげるね! ふふふふふっ、あはははははっ!」

 何が面白いのか、桜井はずっと笑い続けている。幼馴染を犯罪に加担させたことを、純粋に喜んでいる様子だ。

「さ、桜井……。俺、ちょっとトイレに……」

「あー、トイレ? 分かったよ、今停めるから」

 佐野の青ざめた顔を見た彼は、数キロ先のパーキングエリアに車を停めた。佐野は彼に引っ張られるように、男性用トイレまで歩かされる。

「こうやって腕とか組んでるとさー、何だか恋人みたいだね! ふふふっ」

監視が目的なのか、桜井は個室にまで乗り込んできて、佐野が用を足すのをじろじろと眺めている。行動の一つ一つが記録されているようで、佐野は全く気が気でなかった。

「おまえ、一体何が目的なんだよ……? 次は、俺を殺すつもりなのか……?」

「別に、そのつもりはないよ。言うことを聞かなかったら殺すけど……」

 桜井は恍惚とした表情で、佐野の髪を優しく撫でた。そのままぎゅっと体を引き寄せ、愛おしそうに抱き締める。

「……佐野のことは、殺したくないな。殺すんじゃなくて、一緒に死んでほしい」

 佐野はひどく身震いしたが、何とか気分を落ち着かせた。これだけ人目のつくところを走り回っていれば、いずれ警察の捜査が及ぶだろう。今はただ、殺されないように立ち回るしかない。余計な詮索はせず、なるべく自然な様子で。

「そ、そうか……。俺はその、死にたくはないな。もちろん、桜井にも死んでほしくない」

「あはは、そうだよね。じゃあ、ドライブの続きしよっか」

 桜井がニコッと笑うのを見て、佐野は静かに安堵する。とにかく、何時間か何日かの辛抱だ。上手く彼の機嫌を保って、後は警察に見つかるまで我慢しよう。佐野は心の中で、そう決意した。

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