第37話 楽な依頼
「どうして! あんな依頼を受けちゃったんですか!?」
夜、コ―ネット侯爵に用意してもらった宿の部屋でライラがぷりぷりと腹を立てていた。
「どうしてもこうしても、楽な依頼だからに決まってるじゃないか」
「楽な依頼って……傭兵団を相手に囮になるのが簡単なわけないじゃないですか!!」
そう、侯爵からの依頼は、『俺が追い返した傭兵団のアジトを強襲して来い』というものだった。
「そうか?」
「そうですよ!! むしろ、なんで黒騎士様は『楽な依頼だ』なんて言えるんですか? 昨日関所に来ただけでも十騎はいたんでしょう?」
「だからだよ、ライラ。
俺の答えにライラは思いっきり首を捻った。
「なにを言ってるんですか? 黒騎士様?」
信じられないものを見るような目をしてこっちを見てくるライラに俺は一から説明することにした。
「少数とはいえ騎兵だけで構成された傭兵団なんてあるわけない……とまでは言い切れないけど、まあ滅多に無いんじゃないかな? ってことは、昨日の騎兵はどこかの傭兵団の分隊みたいなもんだと思う」
指を一本立てる。
「んで、そんな分隊だけで関所を攻略できるわけないから、アイツらの目的はきっと嫌がらせ」
「嫌がらせ? 何のために?」
「それは俺にも分からない」
そういうのは大抵、政治的な思惑が働いてのことだ。俺が考えたところで分かるわけがない。
「で、連中からすると一度失敗しているわけで、アジトで計画を練り直さないといけないわけだ」
「そこを突く、ということですか?」
「そう! アジトって言っても本格的なものじゃなくて野営地ってところだろうし、そこに突っ込んでいけば、連中も逃げの一手に出るはず」
「でも、傭兵ならなにがなんでも依頼を成功させようとするんじゃないでしょうか?」
「だから、だよ。アジトがバレているんなら引き払って本隊と合流、そこから依頼成功の為に次の一手を打ってくる」
「それじゃあ、なんで侯爵様はわざわざ黒騎士様に囮なんてさせるんです?」
「そりゃあ、あれだ。俺が囮になっている間に、逃げた敵の一部を捕まえたり、敵の本隊まで尾行したりとソッチの重要な任務に兵士を割きたいからだろ」
「はぁ~~~~、なるほど!! そういうことだったんですね!!」
俺の言葉でようやく腑に落ちたのか、ライラがポンと膝を打った。
「と、いうわけで。俺がやる仕事は簡単。敵のアジトに堂々と乗り込んでいって、足止めの為に出てくる奴を二、三人相手にする。これが俺への依頼。その裏で侯爵麾下の精鋭が捕虜を捕まえたり、黒幕の尻尾を捕まえるってのが、侯爵の思い描いてる筋書きなんじゃないかな」
「いやぁ! さすが黒騎士様です!! ぼくも横でお話聞いてましたけど、そこまでは理解できてませんでした」
「ちなみに、ライラはどんな依頼だと思ってたの?」
「文字通り、黒騎士様が敵のアジトに乗り込んで、傭兵団を一つ相手に大立ち回りすることになるって思ってました」
今ではにこやかに笑って言っているライラだけど、本気でそう思ってたんだろうなっていうのはさっきまでの反応でわかった。
「ははは、大丈夫大丈夫、そんなことにはならないって」
俺が大きく笑うと、ライラもホッとしたように微笑んだ。
「そうですね!! じゃあ、ぼくは黒騎士様がご依頼の間、商売をしつつ情報をあつめておきますね!!」
「情報?」
今度は俺が首を捻る番だ。
「ええ、これでもいっぱしの行商人でしたから! 市場でのうわさ話やお客さんの愚痴に物価の動きまで! ありとあらゆる情報を仕入れて分析して、ある程度この街周辺の動きを掴んでみせます」
むん、と力こぶを見せつけるように腕に力を入れているライラはちょっとかわいい。でも、それだけ自信があるってアピールしているんだろう。
「わかった!! 明日は俺が依頼の達成、ライラが情報収集。お互いにいい結果を持って帰ってこよう!!」
「はい!!」
♦♦♦
「来たぞ!! 殺せぇええええ!!!」
「「「「「ウゥオオオォオー----!!!!!!」」」」」
オディゴに乗って敵のアジトに飛び込んだところで、六騎の騎兵に待ち伏せされていた。
「ウッソだろ!? おい!!!」
完全にバレていた。何故だ? 侯爵が俺を嵌めたのか? それとも関所での襲撃からここまで、傭兵側の仕掛けた罠だったのか? もしかして、他に理由が?
ほんの一瞬考え事をしていただけで、数本の矢が飛んできた。こちらを遠巻きに残りの四人が馬に乗らずに矢を射かけてくる。
「ちぃっ!!」
その矢を躱すようにオディゴを走らせたところで、正面から圧を掛けられた。五騎が一塊になって突っ込んできたのだ。
その後ろでは指揮官らしい一騎が後詰めとしてこちらをしっかりと見据えていた。
己が武器を振るうわずかな隙間だけを保っての一斉突撃。騎兵の破壊力を存分に生かしたその攻撃は少数とは言え、こちらを確殺出来るだけの威力がある。
「オディゴ!!」
そこにオディゴはひるまずに突っ込んでくれた。
俺はオディゴの手綱を取り、真ん中の一騎の真正面へと誘導する。距離はわずか、衝突は必至。馬同士がぶつかれば揃って転倒、オディゴも俺も死ぬ。
それでも、向かってくる集団に臆することなく立ち向かう強い勇気をオディゴが見せてくれた。
「ならば!!」
道を創るのが俺の務めだ。
俺は手にした剣を
おかげで、真ん中に道が出来た。
「こんのぉ!!」
その道を行こうとしたところでお返しとばかりに隣の騎兵から槍が俺に向かって突き立てられようとして、その柄を刃の根元部分で引っ掴んだ。
それを思いっきり引っ張ってやれば、もともと馬上で伸び切った体勢では耐えることが出来ずに落馬、槍を手放してくれた。
そのまま、馬列を抜けたところに、矢が降り注ぐ。
それを槍を振り回してさばききったところで、奥に控えていた指揮官らしき男が大声を上げた。
「お前たちはそのまま撤退しろ!! この男は俺が仕留める!!」
言って、男はハルバードを構えて一気に突っ込んできた。
俺の左手側に回り込むように馬を走らせて交差の一瞬で槍を突き込み、俺がそれを躱すと斧部分を叩きつけるように腕を振る。
その一撃を槍で持って受け止めると引く動作でかぎ爪を引っかけて槍を絡め落そうとしてくる。
「おわっ!?」
それを槍から片手を離すことで滑らせていなしたところで、再度の突きが飛んでくる。
槍から手を離していた左肩を狙ったその一撃は、寸でのところで届かなかった。
オディゴが一気に加速して相手との距離を引き離してくれたのだ。
「助かった!!」
ポンと首筋を叩くとぶるるっと誇らしげに鼻を鳴らして応えてくれる。
「良い馬だな」
馬を転回させながらそういう男の目は兜越しでも分かるくらいに笑っていた。
こちらも慌ててオディゴをくるっと回そうとしたところで、気づいた。
男が動いていないのだ。
「……なんのつもりだ」
「ふっふ、いやなに、貴様を仕留めると部下に宣言したはいいが、どうにもこうにも長引きそうでな……消耗したところを侯爵の兵に討たれるのも癪に障る」
「もう勝った気でいるってわけか?」
「いや、私と貴様どちらが勝つかなぞ私にも分からん、だが私は勝ったところで次がないというだけだ」
そう言いながら、男がハルバードを構えたところで。
矢が飛んできた。
「お逃げください!! 隊長!!」
矢を射かけてきたのは、一人の兵士だった。
「ハドリー!! 貴様!! 私の命令を無視するのか!?」
「どうせ一昨日の落馬のせいでロクに足が動きません!! こいつは足止めしときますんで隊長はどうぞお逃げください!!」
俺が慌ててオディゴを駆けさせようとするのと同時、男は振り返って走り始めた。
「待て!!」
「行かすかよ!!」
そこにさっき落馬させた二人の兵士が立ちふさがった。
「ちぃっ!!!」
結局、俺が三人を倒したときには、隊長と呼ばれていた男は逃げ去っていた。
「誰だよ、楽な依頼とか言ったやつ……俺か〜〜っ」
がっくしとため息を吐いて、俺は遅れてやってきた侯爵の兵と合流した。
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