第33話 その人となり
「これは!? 失礼しました!!」
俺は胸に手を当てて一礼した。
「いえ、お気になさらず」
言って、目の前にいるルアナ嬢もこちらと同じように胸に手を当てて礼をする。
「このように、令嬢としての生き方よりも鎧を着こみ、剣を振るうのが生きがいですので」
それほどまでに至るまで、周囲の心無い声に晒されてきたのだろうに、そんなことを一切感じさせない凛とした声でルアナ嬢は言い切った。
「なるほど。では、こちらもそのように接することにさせてもらいましょう」
俺がそう言うとルアナ嬢はキョトンとした顔の後で、ほんの少しだけはにかんだ。
♦♦♦
さて、どう考えたものでしょうか? ルアナはそんなことを思っていた。
目の前にいる黒騎士のことだ。
そもそもこの正体不明の黒騎士なる男は自分の義理の兄にして、ガルフォディア王国辺境伯、ヴォルフラムからの紹介だ。
事前に飛竜便で届けられた手紙には「強い自由騎士を送るので何か仕事を斡旋してほしい」と要約すればそのようなことが書いていたらしい。
らしい、というのもこの手紙は父しか読んでいないし、ルアナはそれだけを聞いて「迎えに行ってきなさい。そしてその人となりを見てくるように」としか言われていない。
義兄の思惑も父の考えもわからずに馬に乗ってここまで来たところで、全身黒ずくめで室内でも兜をとらない甲冑姿の騎士と話をするとか、ハッキリ言ってもうどうしたものかと頭を抱えたくなるのがルアナの第一印象だった。
だが、少し話しただけでちょっとだけ、ルアナの心象は変化した。
散々待たされたというのに怒らない度量に、武器を持った兵士に囲まれていても平然としていられる胆力、さらには礼儀正しさと貴族についての知識、さらには貴族としての礼法を身に着けている。
とここまで揃えば、不審者然とした恰好から受ける印象はガラッと変わり、どこかの貴族の子弟が何らかの事情で顔を隠しているのではないか? くらいまで想像を働かせることが出来た。
が、ルアナには決してそうだとは思えなかった。
そうした人物であれば貴族臭さとでも言うべきものは最低限隠すモノなのに全然隠せていない。
なおかつルアナ自身が甲冑を着込み、剣を振るい、あまつさえ男の様に振舞うのを見ても表情一つ変えず、それを受け入れる姿勢を見せてくれた。
伝統に固執しがちな貴族だとはとても思えない行動だ。
結局、ルアナの黒騎士への評価は育ちの良いよく分からない男、というところに落ち着きかけた。
「ところで……」
その一言を聞くまでは。
「そちらの国の方から馬の音が聞こえてますけど、何かありましたか?」
♦♦♦
その音に気が付いたのはたまたまだ。
はにかんだように笑うルアナ嬢を見て可愛いな、と思って一瞬、話し合いの場から意識が逸れたのだ。
その意識の隙間を縫うようにして蹄の音が遠くから響いてきたのだ。その響きに合わせて嫌な予感が背中を伝っていた。
だから、思わず聞いたのだ。
「ところで……そちらの国の方から馬の音が聞こえてますけど、何かありましたか?」
周りの兵たちに心当たりはないのか、きょろきょろと他の者の顔色を確認してから耳を立て始めていたが、ルアナ嬢はハッとした顔つきになっていた。
「何かあったみたいですね」
俺がそう言うと、応えるように応接室の扉が、バンッ!! と大きな音を立てて開かれた。
「大変です!! 所属不明の集団が!! 現在こちらの関所へと向かってきています!!」
若い兵士がそう叫ぶと、一気に室内が騒がしくなった
「数は!?」
ルアナ嬢の声に兵士は速やかに。
「見張り台から確認できたのは騎馬が十ほど!!」
見たままを端的に報告した。これが出来るということはよく訓練されているということだ。
どうしても経験が浅かったり、教育がなっていない兵士は予断や推測を混えた曖昧な報告してしまいがちになる。
「わかった! 守備隊長に関所の守りを万全にするよう伝えて! 特に現在、関所内に滞留している民間人に犠牲を出させないように、と」
「は!!」
返事をして、若い兵士は飛びだすようにして廊下を走っていった。
それに続くように、窓側に張り付いていた兵士も持ち場へと駆けて行く。
室内にいる二人は、というと俺とルアナ嬢を見比べていた。
「あなたたちも早く持ち場へ向かいなさい」
言われて、二人は最後までこちらを視界に入れながら走って出て行った。
それを見届けたルアナ嬢はこちらに向かって振り返ると、
「さて、黒騎士殿。申し訳ないですが、ご助力願えますでしょうか」
真剣な目つきで言った。
「微力ながら、お手伝いいたしましょう」
だから俺は一礼をしてその申し出を受け入れて、ライラの方を見た。
「ライラ! 悪いけど、ここに残っていてくれ。すぐに迎えに来る」
「わかりました!! ご無事をお祈りします!!」
すぐに元気よく返事をして、ライラは窓から離れた位置に椅子を動かしていった。
あとは机を倒して他の椅子も窓の方へと積んで簡易のバリケードを組み立てて行っている。
その様子を、ルアナ嬢は唖然とした様子で見ていたので。
「案内を頼みます」
とだけ声をかけて、先に行くよう促した。
「あ、ああ、はい」
ルアナ嬢が部屋を出るのに続いて、俺も部屋を出た。最後に振り返ると、グッと右こぶしを振り上げるライラの姿が見えた。その姿がなんだか頼もしいのに、同時に愛らしく感じてしまって、ドキッとした。
廊下を走りながら建物の外に出ると、関所の中には手続き中の人や手続きを待っていた人たちの避難誘導の真っ最中だった。彼らは皆、南側の建屋―さっきまで俺たちが居た応接室なんかがある建物の中へと次々に入っていく。
「こちらへ!!」
その脇、普段だったら人通りが無いような建物の間に向けて、ルアナ嬢は走り出した。
「……あの従者の子は戦いに慣れているので?」
俺も追いかけて建物の影へと入り込むと、前方からルアナ嬢の声が届いた。
「いえ、元は行商人です。つい最近、従者にしましたが、こういう時の対処や行動についてはしっかり教えておいたのです」
「……なるほど」
ルアナ嬢の顔が見えなかったので、それがどういう意図で発せられた言葉なのか、俺にはわからなかった。だが、妙なタメがあったのが少しだけ気になった。
が、今気にしなければならないのはそこではない。
「で、今向かってきているのはどういった連中ですか? 心当たりがあるように見えましたが?」
その問いに答えが返ってくるまでの間に、建物の影は抜けていた。前方には簡易の柵が張られているだけの門がある。どうやら国境側の警備についてはしっかりしているが、自国の方の警戒はしていなかったらしい。当たり前と言えば当たり前なんだけど。
その門の向こうでは大急ぎで移動可能な馬防柵である拒馬が設置されているのが見える。
「……今来ているのは恐らくは傭兵でしょう。それも、我が領と敵対関係にあるところに雇われた」
言いよどむようにそう言ったルアナ嬢の雰囲気から、なんとなく政治的にマズい案件だと感じ取った俺は一言。
「なるほど」
とだけ言って、話題を変えることにした。
「それじゃあ、なるべく生かしておくことにします」
いや、これ変わってないんじゃないか?
目の前のルアナ嬢は、というと驚いたようにこちらを振り返っている。
そのルアナ嬢が何かを言おうと口を開くその前に、笛の音が鳴り響いた。見ればもう敵の姿がこちらからも確認できるようになっていた。
「先に行きます」
俺はルアナ嬢から何かを言われる前に、速度を上げてルアナ嬢を追い越すと、そのまま拒馬を飛び越えた。
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