第2章 プラスタ騒乱
第32話 関所にて
「黒騎士様、黒騎士様」
俺の袖を引いてヒソヒソと小さくライラが声をかけてきた。
「なんだ? ライラ?」
「どうしてぼくたちはこんなところで軟禁状態なんですか?」
そのライラの一言が聞こえていたのか、武器を持った何人かの兵がピクリと反応を示した。
「……俺にもわからん」
その返答に、ライラはがっくりと肩を落として大きなため息を吐いていた。
さて状況を整理しよう。俺たち二人はガルフォディア王国からロンディニアにあるプラスタという街に向かって旅をしている最中だった。
いくつかの宿場町を抜け、国境近くまでは魔物の襲撃にも合わず実に順調な旅路だったのは間違いない。
国境付近には数カ所に関所がある。ガルフォディア王国側の関所についてはすんなりと通過することが出来たのだが、ガルフォディア王国を抜けてロンディニアの旗が掲げられた関所へとたどり着いたところで、問題が起きた。
念のためにと手荷物検査を受けたのだが、この時に見せたシェーンハイム辺境伯家の紋章が入った封蝋のされた通行要請書と封書を見た途端に、関所の人たちに「話が聞きたい」と中に入るように促されてこの応接室にまで通されたのだ。
しかし、だ。部屋に入るときに案内してくれた兵士の人たちまで一緒に入ってきてそのまま、俺たちの前に二人、入り口の両脇に二人、それに窓の外からも兵士たちがこちらを覗き込んでいる。
「あの……」
試しに声をかけてみても。
「もうしわけございません。もう間もなく責任者が着くと思いますので今しばらくの辛抱を……」
と丁寧に頭を下げられるだけなのだ。
「そんなこと言っても、限度っていうものがあると思うんですけど?」
結構長い間待たされていることに腹が立っているのか、ライラは誰に向けてでもなく言い放つ。
「気持ちは分かるが、落ち着け。こちらの人たちも命令で仕方なくこうしているだけだろう。それに、俺たちは座ってるからまだいいにしても、フル装備でずっと立ちっぱなしの方がずっと辛いはずだぞ?」
「はぁ……黒騎士様? それはこちらの方々は仕事だからですよ? それに対してぼく達は待たされてる側なんですから!」
「それでも、そういう文句は責任者が来てからソイツにぶつけてやれ」
俺がそういうとライラも少しは理解してくれたのか、もう一つため息を吐いて。
「すいませんでした。黒騎士様。兵士の皆様も忍耐が足りず不快な思いをさせてしまいました」
立ち上がり、ぺこりとお辞儀をしたライラに兵士が揃って敬礼を返した。
それを見て、ライラがギョッとしていた。
「どうした? そんなに驚いたりなんかして?」
「いえ……すいません。なんというか、こう……謝った後でこうしっかりとした反応を返してもらえると急に罪悪感が湧いて来て……」
ああ、あるある。なんかこう自分の小ささに直面してすっごい落ち込むやつ。自分も何度か経験した。
「そりゃまあ、ライラがしっかりと謝れたからだろ」
そんなことを言いながらついついライラの頭に手が伸びた。そのままポンと頭の上に手をおいて優しく撫でたりしていた。
「あの……黒騎士様」
そんな俺をライラが上目遣いにジト目で見てきて、気づいた。
コレ、アカンやつや‥‥‥と。
そう、女子の頭を勝手に軽々に撫でるなんて行為は一発セクハラ判定のアウトコース。こんなことをやって許されるのはそれこそ恋人同士か超絶美形で魂も行動も素晴らしいイケメンくらいだけ。
剣を持って戦うことしか出来ない俺には決してやってはいけない禁忌の技だ。
「あぁ~……すまん。ついついこう、褒めてあげたい一心でだな……ほら、小さい子とかにはよくこうしていたから……」
「むぅ」
俺の言い訳にほほを含まらせてライラがそっぽを向いてしまった。
やはり女子の頭を撫でるというのは謝って許されるような行為ではなかったらしい。
さて、どうやってライラに許してもらおうかを考えて俺があたふたし始めたとろで。
「あの、もし」
扉の方から声がかかった。年若い女性の声だ。
「お待たせしてしまい、まことにすいません……お取込み中であったのなら、しばし席を外しますが……?」
変な気の回し方をしてきたのは待たせてしまった負い目からなのか、それともこの人がちょっと天然入っているか、どっちだろう。
「あ、や、こちらこそ、なんかすいません」
とりあえず、微妙な空気になったことを謝罪して立ち上がった。
「故あって名を明かすことは出来ませんが、自由騎士として遍歴を続けております。こちらは従者のライラ」
最近、自己紹介だというのに自分の名前を名乗らないということに抵抗と言うか違和感を覚えなくなってきているのがちょっと恐ろしい。
なお、俺に紹介されたライラも慌てて席を立っていた。
「お噂はこちらの国にも届いております。黒騎士殿。何でも義に篤く、それでいて見返りを求めない強者である、と」
そうやって敬礼をしてくれたのは背の高い女性騎士だ。
「いえいえ、そのようなことは……」
とりあえず、謙遜しながら相手を見ていたところで、気が付いた。
デカい。
いや何が、というとこう明言に困るわけだが……いや、ちょっと待て。背も高いな。俺が大体身長180センチ近くあるから向こうはそれよりちょい低めの170センチ前半と言ったところだろうか。
だが何より、デカい。
全身を甲冑に身を包んで兜を外してくれているわけだけれども、あの胸の部分のプレートは絶対に、特注品だろう。だって完全にサイズ感が違う。胸の部分だけこんもりと盛り上がってます。尖がってます。突き出してます。
「あの、何か……?」
こちらの不躾な視線に疑問を持ったのか、女性騎士が短く言う。
その言葉に俺はハッとして。
「いえ、お名前を聞いていなかった、と……」
「ああ、それは……その、後ほどでお願いできませんか?」
「ああいえ、こちらこそ自分は名を名乗りもせずにコチラだけ名前を聞こうだなどと失礼を……」
「いえいえ、こちらにも少しばかり事情がありまして……」
そうやってお互いぺこぺこしているところに。
「あの!」
ライラの声がとんできた。
「お二方ともそこまでにお願いいたします! これ以上は話が進みませんので!!」
「「はい!」」
思わず、返事が重なってしまった。ちょっとびっくりして、向こうを見ると同じ気持ちだったのかバッチリと目が合った。
「ごほん」
そこにライラの咳払いが一つ。
「すみませんが騎士様。ぼく達が待たされた理由についてご説明をお願いしてよろしいでしょうか」
「あ! えっと、すいませんコンラッドさん」
その問いかけに女性騎士も気が付いたように扉の向こうに控えていた一人を呼んだ。
「こちら、紋章官のコンラッドさんです」
ぺこり、と呼び出された紋章官が頭を下げた。
「黒騎士様、紋章官って……?」
「ああ、貴族に仕える文官の一種だ。貴族の家や系譜を表わす紋章についての知識を持っていて儀式だなんだの手配をしたり、外交や軍事のときに相手の情報を導き出したりする」
「へえー。貴族様にはそんな部下もいるんですねえ」
そんなライラの素直でちょっと失礼な感想にコンラッドさんはにこやかに笑ってくれて。
「はっは、まあ我々はあまり市井に関わることの無い地味な役柄ですから……しかし、黒騎士殿はこういった貴族の内情にもお詳しいようで」
あ、しまった。完全な失言だ。外交に関わったりしている人はこういうちょっとした一言でこっちのことを推し量ってくるのをすっかり頭から抜けていた。
「コンラッドさん? 失礼ですよ? そんな風に相手に揺さぶりをかけるのは……」
両手を腰に当てて小さな子に叱るように優しく女性騎士が言うとコンラッドさんは軽く頭を撫でつつ。
「いやはやすいませんなぁ。つい、癖で」
「まったく……あの黒騎士様? 通行許可証をお見せしていただいてもよろしいですか?」
女性騎士に促されて、俺は懐に仕舞っていた通行許可証を取り出す。未だ封蝋は着いたままで一度も開かれていない状態だ。
「では、失礼して……」
それを受け取ったのはコンラッドさんだ。コンラッドさんは封蝋の部分をジッと見つめて。
「うむ、間違いありません。正真正銘、シェーンハイム辺境伯家の紋章になります」
そう言って、その通行許可証を女性騎士に差し出した。
「ありがとうございます」
「では私めはここで」
そう言うとコンラッドさんは頭を下げて一礼してから部屋を出て行った。
「さて、それでは黒騎士様。あらためまして」
その一連の流れを見届けてから、女性騎士がコチラに向き直った
「私はルアナ。ルアナ・コ―ネット」
ん? コ―ネットって名前にはどこかで聞き覚えが……
「貴殿がこれから向かう都市を治めるイラリオ・デ・コーネットの末の娘であります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます