ルシア先生が、賛成する。

 ユウの勘は当たった。

 はる9000から緊急連絡が入ったのは、それから数日も経たない、午後のことであった。


 そのとき、わたしたちは、お茶を飲みながら、(そして、迎賓館の料理長が、わたしたちの話をきいて、屋台の店主に頭を下げ、さっそくメニューに取り入れた、おいしいプニプリをつまみながら)王都でのこれまでのことを、ルシア先生に報告していたのだった。

 話すことはいっぱいあったのだ。

 巨人族の城の件では、「あのときの、小さな子が太陽王にねえ……」と感慨深げだった。

 ジーナが、獣人の子どもに「やみくもに突撃してもだめ」と説教したくだりでは、ルシア先生は大笑いして、そして「ジーナ、あなたもえらくなったものねえ」と楽しそうに言うのだった。


 「わたしは、これがふつうですよ、せんせい」


 と、ジーナは不満げだったが。


 久しぶりに四人がそろい、そんな時間をすごしていたところに


 「警告! 警告!」


 と、はる9000の声がひびいた。


 「キャプテン。星の船の活動を感知しました」


 どこから声がするのかとみると、ユウが手首につけたブレスレットのようなものから、聞こえてくるのだった。


 「了解だ。すぐにそちらに向かうよ」


 ユウは、顔を上げると、言った。


 「みんな、出動だ」


 わたしたちは、うなずき、得物を手にする。

 ルシア先生が、床に転移魔方陣を配置する。

 わたしたちは、魔方陣の上に立つ。


 光がわたしたちを包み——




 ——わたしたちは、クィーン・ルシア号の前に立っている。


 クィーン・ルシア号のハッチが開き、急ぎ乗り込んだわたしたちは、操縦席に着いた。


 「どんな状況かな?」


 ユウが尋ねる。


 「はい、キャプテン。星の船が起動しました」

 「飛び立ったって、こと?」


 ジーナが聞く。


 「まだ離陸してはいません。駆動力の活動は、みられません。星の船のが起動した段階です」

 「場所はわかるかな?」

 「判明しました。王都の北方200キラメイグです」

 「というと、荒野がひろがっているあたりね。まったく人気のない場所だわ」


 とルシア先生。


 「キャプテン」


 と、はる9000が言った。


 「ひとつ、指摘したい点があるのです……」

 「ん、なんだい?」

 「星の船の通信機能が、切られていません。そのおかげで、向こうの位置が判明したのですが……」

 「ということは、つまり……」


 と、ユウがつぶやく。


 「そうです。向こうは、あえて、自分たちの位置を知らせています」

 「ぼくらを呼んでいるのかな」

 「そんなの、どうかんがえても、罠じゃないの?!」


 とジーナ。


 「警告!」


 とはる9000。


 「ノモスの星の船近傍に、時空連続体の擾乱が発生しています。

  空間に穴を開けようとしているものと思われます」

 「あの黒い箱!」

 「まずいな……あれはまずい」


 ユウは厳しい顔でいった。


 「止めないと。たとえ罠であっても、いくしかないね」

 「そうね、あの怪物が出てきてしまうかもしれないのでしょう、ユウ」


 ユウはうなずき、そして


 「目標地点:ノモスの星の船

  クィーン・ルシア号発進せよ!」

 「アイアイサー、キャプテン!」


 われらがクィーン・ルシア号が、浮上する!



 飛行をはじめていくらもたたないうちに、はる9000が報告してきた。


 「キャプテン。通信が入っています……」

 「通信? この船に?」

 「そうです。ノモスからです。応答を求めています……。つなぎますか?」

 「ええーっ? なにか、たくらんでるんじゃないの? 無視しようよ、無視」


 とジーナが言う。


 「いや、話してみよう」

 「だいじょうぶなの? あの、のっぺりだよ?」

 「うん、ひとつ、ずっと考えていた可能性があってね」


 ユウは、はる9000に命じた。


 「はる9000、ノモスとつないでくれ」

 「了解です、キャプテン」


 そして、船内にノモスからの通信がながれる。


 「……我はノモス、いつなるものである。アンバランサー、聞いているか?」


 あの、ギルドに現れたのっぺりの声である。

 しかし、今聞こえてくるその声からは、人間的な感情というものが、いっさい、そぎ落とされていた。


 「ああ、よく聞こえているよ」


 次のノモスの言葉は、わたしたちみんなを驚かせた。


 「君たちは、まもなく、我のもとに到達する。我は、君たちと取引がしたい」

 「とりひき?! そんなの、どうせ嘘だよ」


 とジーナ。


 「嘘ではない。君たちに対する憎しみは、我にはない。そのような感情は我にはないのだ」


 とノモス。


 「共通の目的があれば、我々は協力できる。違うか?」


 ノモスの声は、抑揚もなく、淡々としている。

 やはり、本質的に、人間の感情はないのだと思わされる。

 一万年のあいだに、人間の感情を学んだから、必要とあれば、形だけみせかけることはできるのだろうが、その本質は、ヒトとはかけはなれているのだろう。


 「共通の目的とは?」


 ユウが尋ねる。


 「異界の捕食者だ。君たちはすでに、その存在と遭遇している」

 「あいつだ!」


 ジーナが叫んだ。

 ルシア先生の顔も険しくなる。なにしろ、ユウはあの怪物に、すんでのところで殺されかけたのだ。


 「当てもなくさまよっていた捕食者が、急激に、この世界に接近している。なにか、あのものを引きつける目印のようなものがあるのだ。心当たりはあるな?」


 「うん、あるね」


 とユウ。

 もちろん、マクスウェル親方の仕込んだ、呼び合うクリスである。


 「君たちは、あの捕食者を始末したい、違うか?」

 「違わないねえ、たしかに」


 ユウが、いつもの口調で答える。


 「あの存在は、この世界にとって、危険だ。それで、ノモス、そちらにとってはどうなんだ?」


 ユウが、ずばりと聞いた。

 わたしは、心拍が跳ね上がるような不安に駆られながら、ユウとノモスのやりとりを聞いていた。

 ノモスと、あいつが手を握ったりしたら、最悪だ。

 しかし、ノモスは、驚くべき事を言い出した。


 「我は、あの存在を捕獲したい」

 「ああ、そういうことか……」


 意外にも、ユウはさほど驚かなかった。

 そして、続くユウの言葉に、わたしたちみんなは、また驚かされた。


 「ノモス、君は、あの存在を星の船の動力として固定するつもりだな?」

 「「「ええーっ?」」」

 「アンバランサー、その通りだ」


 ノモスは淡々と答える。


 「あの存在を、空間ごと切り取り、星の船の駆動力として永遠に固定する。あの存在は、この世界の神どうように、固定してしまえば駆動力として使えるのだ。それで、我は、星の船を飛行させ、XXXに帰ることができる」


 XXXの部分は、人間にはできない発声だった。


 「とても、遠いところなのだな」

 「それほどでもない。星の船を駆れば、君たちの時間で二万五千年ていどで着けるだろう……我は、帰らねばならぬ」

 「そのばあいの、ぼくらのメリットは?」

 「当面、あの存在を心配する必要はなくなる。少なくとも、我がXXXにたどり着くまでの二万五千年間は。それは君たちにとってはかなり長い時間だと推測するが、違うか?」

 「違わないな」

 「ノモスはけして帰還をあきらめない。この地から離れられない限り、我はXXXに帰るために、あらゆる可能性を追求する。それは、君たちにとって、良くないことだと推測するが、違うか?」

 「たしかに、違わないね」

 「アンバランサー、我々のあいだに、共通の目標が合意されたと考える。違うか?」

 「うーん、まあ、そうだな……」

 「君たちは、あの捕食者を引き寄せる手段を持っていると推測する。我が、門をあけ、そこに君たちが捕食者を引き寄せる。そこで、あの古代機械をつかって捕食者を船の動力部に固定する」

 「作戦は、わかった。もう少しでそちらにつく」

 「協力を感謝する、アンバランサー」


 そして、ノモスの通信は切れた。


 「いいの? ユウさん?! ノモスと協力するなんて」

 「だいじょうぶなの? 本当に?」


 わたしとジーナは、ユウに問いただすが、


 「これは、そう悪くはないかもしれないわね。ノモスは、信用はできないけど、一貫しているから。意図がはっきりしている限り、行動も理解しやすい」


 そういったのはルシア先生である。


 「そう、目的が一致している間は、逆に頼りになりそうだ」


 とユウも言う。


 うーん、いいのかなあ。

 だいじょうぶなのかなあ。

 ノモスが約束を守らなかったために、月で凍りついてるアーテミスさまのことだってあるし……。

 この二人、懐が深すぎるよ。


 わたしが、そんな心配をしているうちに、クィーン・ルシア号は目的地に到着する!

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