ルシア先生が、ぼやく。

 マクスウェル親方の鍛冶工房である。


 「おおーっ、ルシアっ!」


 わたしたちに続いて工房に入った、ルシア先生が、それまで顔を隠していたフードをとると、親方が目を剥いて大声を上げた。

 なにしろ、伝説のひとレジェンドであるルシア先生が、正体をさらして王都を歩いたりしたら、たちまちたいへんなことになるので、黒いフードのついた衣を頭からかぶって、こっそりとここまで来ている。

 まあ、それはそれで怪しいけれど、ユウが嬉しそうに


 「ぼくに、いい案があるんだ。王都を歩いても、ルシアさんとわからないように、変装すればいいよ」


 と言って出してきた、この世のものとは思えない、いや、実際この世のものではない、おかしな衣装より百倍はましだ。


 「どう、これなんか、すごくいい感じじゃない? のね」

 「ユウ、悪いけど、それはちょっと……」

 「ええーっ? そうかなあ……似合うと思うけどなあ」


 さすがのルシア先生も、全力で断ったのだ。




 ルシア先生は、よろこぶ親方に頭をさげた。


 「親方、久しぶりです。ユウのクリスを鍛えてくださって、ありがとう」

 「ルシア、わしは、うれしいぞ。変わらぬお前に会うことができて……ううう」


 泣き出した。

 いい人なのだ。


 「まあ、多少は変わったがな。なにしろ、昔のお前は、もっと、こう……」


 ミネーヴァさまのところでも、まったく同じセリフを聞いたのだ。


 「もっと、どうだったの?」


 ジーナが聞くが


 「やめなさいよ!」


 ルシア先生は、ぴしりと言った。


 「うーん、すごく、気になるけどね……」


 小声でジーナが言う。

 まあ、だいたい、みんなのいいたいことは、想像はつくよね。

 なにしろ「麗しの雷の女帝」だし。

 族長をだせーって、ひとりで巨人族のお城に怒鳴りこんだわけだし。

 やんちゃなルシア先生である。


 「ライラ、なにをにやにや笑っているの!」

 「いえ、なんでもありません、先生!」

 「まったく、だれがつけたのかしらね、あの迷惑な二つ名は……」


 ルシア先生は不満げである。

 でも、わたしは知っている。

 ミネーヴァさまに聞いたのだ。

 先の大戦では、ルシア先生が自ら、最前線で、雷雲をまとい、フレイルを振り上げ、「わたくしは、麗しの雷の女帝ルシア・ザイク。さあ、死に急ぐ愚か者は、どこからでも、かかってきなさいよ!」と名乗りを上げたことを……。


 「おお、そうだ、アンバランサー、それからルシア」


 と、マクスウェル親方が言った。


 「今回、アンバランサーのクリスを鍛えるにあたってだな、わしからの、二人へのささやかな祝福として、ちょっと工夫しておいた」

 「ほう、工夫ですか」

 「うむ、ルシアの赤のクリスと、アンバランサーの青のクリスが、比翼連理ひよくれんりとして、けして別れることのないついとなるように魂をこめたのだ」

 「それはありがたいことです」

 「だからな、二つのクリスは、お互いを呼び合うのだ。クリスどうしがおのずから強く引きつけあい、未来永劫遠く離れることはないであろう。ん? なんだその顔は? うれしくないのか?」

 「い、いえ、そんなことないですよ。お気持ちがたいへんうれしいです」

 「そうじゃろ、そうじゃろ、なにしろ、ルシアのためだからのう、うううう……」


 また泣く。

 いい人である。

 しかし、親方は知らない。

 ルシア先生のクリスが、今はあの別世界の怪物に突き刺さっていることを。

 ユウのクリスと、ルシア先生のクリスが呼び合ってしまったら、なにが起こるのか?

 それはつまり、あの怪物が、またこの世界にやってくることになりはしないか?

 わたしたち全員の頭をよぎり、複雑な顔にさせたのは、そのことであった。



 親方の工房を後にしたわたしたちは、星の船を隠してある森に移動した。

 いざというとき、ルシア先生の転移魔法をつかって、星の船格納庫まで来られると都合がいい。

 転移魔法は、基本的に、魔法の使い手が実際に訪れたことがあり、その位置を術者の体内にある魔法器官に記憶させた場所間でしか、移動できないのだ。当てずっぽうで転移魔法を行うと、たいへんなことがおこる。時空連続体の裏道を通り抜ける魔法であるから、危険度も高い。転移先を決めずに飛んだ結果、二度と帰ってこなかった魔法使いもいる。出発地点に戻ることはできたが、身体が裏返しになっていて、出現した途端に息絶えた魔法使いもいるのだそうだ。


 「つまり、というわけだ」


 例によって、ユウがわけのわからないことを言っている。

 とにかく、ルシア先生の転移魔法での移動を可能にするために、わたしたちは星の船――「クィーン・ルシア号」までやってきた。

 不壊の覆いを解除する。

 たちまち、ドーム型の星の船が、わたしたちの前に可視化された。


 「これが、古代文明の遺した、星の船、なのね……」


 星の船をみあげて、ルシア先生が感嘆の声をもらした。


 「うん、その名も我らが『クィーン・ルシア号』だよ!」


 と、得意げなユウ。


 「もう、ユウったら、かってにそんな名前をつけて」


 ルシア先生が、ふくれてみせる。


 「ごめん、ごめん。でも、はる9000も、その名前がいいっていうし」

 「はる9000?」


 ルシア先生が聞き返すと


 「お目にかかれて光栄です。クィーン・ルシアさま。お待ち申し上げておりました」


 パッと、星の船の窓に光がともり、金属的な声がひびいた。


 「うわっ、しゃべった」

 「わたくしは、この船のこんぴゅーた、はる9000と申します。宜しくお見知りおきを……」

 「そ、そうなのね」

 「このはる9000、クィーン・ルシアさまに誠心誠意、尽くさせていただきます!」

 「……ありがとう」


 ルシア先生は、若干引き気味である。


 「じゃあ、はる9000、ルシアさんに船内を見てもらおうか。ハッチをあけて」


 はる9000が張り切って答える。


 「アイアイサー、キャプテン!」

 「アイアイサーって、なんなの? それに、キャプテン?」


 ルシア先生も、ジーナとおなじことをつぶやくのだった。


 帰り際に、ユウが、はる9000に指示した。


 「前もいったように、ノモスの星の船の活動を感知したら、すぐに知らせてほしい」

 「了解です、キャプテン。常時警戒しております」

 「ぼくの勘だが、たぶん、そう遠くないうちに、なにかが起こると思う」



 そのとおりだった。

 それから、何日も経たないうちに、わたしたちは、はる9000からの非常連絡を受け取ることになる。


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