二人のクリスが、同期する。
クィーン・ルシア号は、まもなく目的地に到着する。
すでに、王都の北方に広がる荒れ地に船は到達、飛行を続けているところだった。
「はる9000」
と、ユウが言った。
「ノモスにつないでくれ」
「了解です、キャプテン」
間があって、
「つながりました。どうぞお話し下さい、キャプテン」
ユウが呼びかける。
「ノモス、聞こえるか」
ノモスの答えが返ってくる。
「聞こえる」
「ひとつ、そちらに伝え忘れたことがあるんだ」
「聞こう、アンバランサー」
「ぼくは、ハーデースが、月にある星の船にかけた呪いを解くことができる。分かるか?」
「……」
しばしの沈黙。
ややあって、
「……了解した。君たちの到着を待つ」
と、感情を感じさせない返答があった。
通信終了後、わたしはユウに聞いた。
「いまのやりとりは、なんなんですか?」
「保険だよ」
「保険?」
「さっぱり、わからないよ」
と、ジーナ。
「つまりね」
とルシア先生。
「もし、ノモスが、月で凍結しているノモスの本体を回収したいと思っているなら、わたしたちを罠にかけるな、っていうことを伝えたのよ」
「そうか! ユウさんの協力がなければ、月のノモスは助けられないぞ、と」
「地球のノモスが、月のノモスはもう諦めて、いま活動できる部分だけで故郷に飛んでいくつもりなら意味のないことだけど……」
という、ルシア先生につづけて、ユウが
「ぼくがこれを伝えたら、ノモスは、しばらく沈黙したからねえ……」
「なにそれ! じゃあ、なんか企んでたってことじゃないの?!」
「まあ、なにを企んでいたにせよ、それはもうできない。あの沈黙でわかる。月のノモスを助けるためには、ぼくの力が必要だから、ノモスは当面、全力でこちらをサポートしてくれるはずだよ」
そういって、ユウは笑った。
やはり、アンバランサーを甘く見ない方がいいようです……。
「見えてきた、あそこだ」
荒野の一角。
荒れはてた大地以外、何もないその土地に、星の船が光って見える。
星の船は、それをここまで運んできたとおぼしき、大きな金属の台の上に乗っていた。
台には、いくつもの車輪がついていたが、その車輪はベルトのようなものでとりまかれていた。荒野に、そのベルトがつけた、二本の跡がえんえんと続いていた。
「きゃたぴらー式のうんぱんしゃか…まあ、それでなければ、これだけのものは運べないからね」
とユウが言った。
星の船の横には、平らに整地された場所があり、そこには、金属の巨大な枠組みが組まれていた。まるで、檻か籠のようだ。星の船がいくつも入るほどの建造物だ。四十メイグ四方くらいの大きさだろうか……。
「運搬車の横に着陸だ、はる9000」
「了解です、キャプテン」
クィーン・ルシア号は、高度を下げ、妨害もなく、ノモスの星の船の横に静かに着陸した。
わたしたちが船外に出ると、そこには、ギルドで会ったのっぺり男が、ぽつりと立っていた。
表情はなく、なにかが人間の皮だけをむりやりかぶっているように見える。
もはや、人間のまねをする必要もないということだろう。
「ようこそ、『雷の女帝のしもべ』諸君……」
「動けるノモスは君だけなのか?」
「そうだ。わたしだけだ。のこりの部分は君たちが破壊した」
「ああ、それは悪かったな」
「なぜ謝る? 君たちは当然のことをしただけだろう。わたしでもそうする。それについて、特に感情はない」
「そうか……」
「あれをみてほしい」
ノモスは、背後の、巨大な金属の枠組みを指さす。
多角形の枠を、いくつも組み合わせた複雑な構造だ。
日の光の中で、大地に黒々と影を映している。
「あの影……」
ルシア先生がつぶやく。
「枠組みの影が、一種の魔方陣を形成しているのね……。なるほど、面白いわ、こんどわたしも試してみようかしら」
ルシア先生、そんなところで、感心している場合ではないのでは……。
「あれが、『檻』だ。組み合わされている多角形の頂点部分に、古代遺跡から我が収集した、空間歪曲機が取り付けてある。あれを使って、捕食者の存在する時空に、接続する。
穴が開いたところで、捕食者を呼び寄せてほしい」
「捕獲するには、どんな条件が必要だ?」
「捕食者の全体が、こちらの時空に入りこむ必要がある。向こうに側に一部でも残ったら、閉鎖空間に取りこむことができないのだ」
「全体か……」
わたしたち、なんだかすごく危険なことをしようとしているという気がしてきました。
あのぶっそうな怪物——前回は片手だけであんなだったのに、全体をこちらの世界にもってきてしまうなんて……。
「まあ、やってみるか……」
と、ユウがいつもの調子で言う。
「ライラ、レゾナンスを発動して」
ルシア先生が言う。
「あなたの力を借りるわ」
「はいっ!」
わたしは、レゾンナンスを発動、わたしの魔力をルシア先生に接続し、ルシア先生の力を増幅する。
「ジーナも、イリニスティスを起動して」
「はいっ!/おうっ!」
ジーナの目が黄金に輝き、瞳孔が開く。
「では、門を開けるぞ」
ノモスがいい、檻に設置された空間歪曲機が作動する。
ヴヴヴヴヴ……
不気味なうなりが始まり、やがて、檻の中心部が急激に暗くなり、やがてそれは暗黒になる。
暗黒の中に、星が瞬く。
「うん、感じる。ルシアさんのクリスだ」
ユウはそう言いながら、自らのクリスをかざした。
ユウのクリスから、青い輝きが明滅する。
「感じるわ、わたしも。わたしのクリスが接近してくる……」
ルシア先生もつぶやく。
オオオオォオオオオ……
かすかに聞こえてきた咆吼。
それは次第に大きくなり
「来るぞ!」
オオオオオオ!!
暗黒の中から、白い腕が突き出した!
腕は、もう一本。
いや、さらに、もう一本。
三本の腕が、暗黒の縁をつかむ。
その内の一本の腕から、赤い輝きが漏れている。
あれが、ルシア先生のクリスだ。
「来るか?!」
ジーナがイリニスティスを構える。
しかし、怪物は、そこで、ぴたりと動きをとめた。
そのまま、こちらの様子をうかがっているようだ。
息をのみ、待ち受けるわたしたち。
しかし、やはり、この怪物は賢い。
敏感に、危険を感じたのだろう。
ふちをつかむ手の力をゆるめ、撤退しようとした。
「させないよ!」
ユウが叫び、自分のクリスをぐいっと引いた。
その動きに連動し、赤い輝きを放っている怪物のうでが、こちらに引っ張り込まれる。
「ええいっ!」
ルシア先生のクリスに及ぼしたユウの力によって、いちどは逃げだそうとした、その存在が、ずるずると門から引きずり出されてくる。
「ひぇええ」
ジーナがうめいた。
たしかに、その姿には、この世界にあってはならないような、異様さがあった。
血の気のない、しわにおおわれた真っ白い身体。
その先端にある、うごめく触手がぐるりと生えた、巨大な口。
口の中にたくさん並んで、こちらをじっとみているのは、あれは瞼を持った眼球だ。
その目は、不気味なくらい人間の目そのもので、それが、わたしたちに視線を合わせ、ぱちり、と瞬く。
円筒状の体幹から、三対称に突き出している、三本のしわだらけの腕。
羽がある。先がらせん状にねじれた、これも三つの羽。
長く伸びた身体のいちばん最後についているのは、バッタのような、硬い外皮におおわれた、これも三本の足である。
オオオオオオ!
ユウによって、強引にこちらの世界に引きずり出された怪物は、怒りの咆吼をあげて、檻の中で身体をくねらせる。
砂虫ほどではないが、全長は二十メイグはありそうだ。
檻がぎしぎしときしむ。
「今、全体がはいった。門を閉じる」
ノモスが感情のこもらない声で告げる。
門の向こうの暗黒が、ちらちらとゆれ、その黒さを薄めていく。
グガガッ?!
門が閉じようとしているのに気づき、あわてて向きをかえ、暗黒に飛びこもうと腕を伸ばす怪物。
「ジーナ! あの腕を切れ!」
「はいっ!」
ユウが叫び、ジーナを飛ばす。
「てぇいいいいい!」
光のような速さでジーナが宙を駆け、怪物の周りをぐるりとまわりながら、イリニスティス一閃!
ボトリ! ボトリ! ボトリ!
怪物の三本の腕が見事に切り落とされ、檻の床に落ちた。
腕の切り口から緑色の液体が飛び散る。
オオオオオオオオ!
怪物はのたうち、その間に、門は完全に閉じた。
「つぎに、空間歪曲機を反転し、あれを固定する。檻の外に出すな」
とノモスの声。
のたうっていた怪物は、体勢を立て直すと、バッタのような脚をたわめ、
バイン!
猛烈な勢いでジャンプした。檻の隙間から、外に飛び出そうとしたのだ。
「逃がすな!」
「光と水、そして土、生命を育むこの世界の力が現前し理不尽な破壊に抗する、
すかさず、ルシア先生の魔法が詠唱され、撃滅の雷撃が、滝のようになだれ落ちて、隙間から出ようとした怪物を、檻の中に弾き飛ばす!
ノモスから発射された赤いレーザーが、怪物の脚を打ち抜く。
檻の床でのたうつ怪物に、反転した空間歪曲機が作用する。
「あっ、縮んでいる!」
ジーナが声を上げた。
空間歪曲機の作動とともに、檻自体が縮小し、どんどんその隙間が狭まっていく。
怪物は、なおもジタバタし、檻に体当たりするが、もはや檻のほうが堅牢だ。揺るぎもしない。
「よし、いけそうだ……」
ユウがつぶやく。
最終的に、檻は、黒い滑らかな表面をもつ、ひと抱えほどの大きさの、回転楕円体にまで縮まった。
どこにも隙間はない。完全に閉じて、異界の怪物をなかに封じ込めている。
「——成功だ。君たちの協力を感謝する……」
ノモスが、感情のこもらない声で、静かに告げた。
「ルシア先生の、クリスは?」
ジーナが、はっと気がついて、言った。
「だいじょうぶ、ちゃんと回収したよ」
ユウの左手には、赤く輝くルシア先生のクリス。
ルシア先生のクリスは、ユウの右手の青いクリスと同期して、美しく明滅しているのだった。
この二つのクリスの同期は、決してとぎれないのだろう、これからずっと。
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