<幕間> ある日の四人(3) 歌う獣人女王ジーナ

 「いけない、おくれちゃうよっ!」


 ジーナは、ひとり急いでいた。

 今日は、王都にある孤児院の子どもたちと、約束がしてある。

 子どもたちの前で、歌声を披露する約束だ。

 ジーナは、もちろん冒険者「雷の女帝のしもべ」の一員である。

 そこは揺るがない。

 しかし、それだけではないのだ。

 ジーナの目指す二つ名は「歌う獣人女王」である。

 地道に歌の腕を磨かなくてはいけないと、思っている。

 それで、機会があれば、こんなこともしているのだった。

 背負ったかばんには、衣装もきちんとしまってある。

 演目も決まっている。

 あとは、時間に間に合いさえすれば……。


 十分余裕をもって出かけたのだが、予定外のことが次々に起きたのだ。


 まず、いけなかったのは、屋台である。

 王都の下町にある孤児院にむかって歩いていたところ、道端に屋台がでていたのだ。

 屋台の屋根には、異国風の書体で「プニプリ屋」と書いてある。


 「プニプリ?」


 聞いたことがないが、屋台からは、なにか美味しそうな匂いがしてくる。


 「知らないお菓子かな……ちょっとのぞいて……」


 あわてて、ぶるぶると首をふる。


 「寄り道はダメ。あたしには、やるべきことがある。プニプリは、帰りに」


 いったんは通り過ぎる。

 しかし、すぐに足が止まる。


 「いや、帰りにはもう、この店はないかもしれない……そんなことになったら? いやいや、ダメダメ、あたしは孤児院に急がないと」


 と歩き出すが、三歩あるいて、また立ち止まる。


 「でも……まだ時間はあるし、ちょっとくらいなら? ぷにぷりって、なんだ? ちょっと一口……いや、でも遅れたら……うう、やっぱりがまんできない! むりだ!!」


 ジーナは、くるりと踵をかえし、その屋台に駆け寄った。


 「すみませーん」

 「イラッシャイ!」


 浅黒い顔の、南方からきたと思われる店主は、愛想よくジーナに笑いかけた。


 「あ、あの、プニプリって、どんなお菓子なの?」

 「うん、ご存じない。それは当たり前。プニプリは、南の、シンドゥーのお菓子だからね」

 「シンドゥー! あたし、行ったことあるよ!」

 「えっ、お嬢さん、シンドゥー行ったことあるかね! シンドゥーは、どこに行ったの? ガネーシャ様の神殿見たかね?」


 まさか、そのガネーシャ様やヴリトラ様と会ったとはいえなかったが、シンドゥーの話でもりあがってしまったのだ。


 「それで、プニプリって?」

 「これだよ、美味しいよ」


 店主は、銀色のお盆をジーナの前にだした。

 お盆には、丸い茶色の、大きめのケルミの実くらいのものがいくつも乗っていた。


 「これを、まず、こうやって」


 店主が、その丸いものをひとつ取り上げると、匙でたたいて、上に穴をあけた。

 中は空洞になっていた。

 つまり、皮だけの、揚げた小麦のボールのようだ。


 「このなかに、これを入れる」


 匙で、横にある皿に盛ってある具材をすくい、開けた穴からボールの中に詰めた。

 ジーナが鼻をひくひくさせる。

 どうも、その具材は、ザザ芋をゆでたやつと、サマネギを刻んだものを混ぜてあるようだ。

 ゆでたてのザザ芋から湯気があがり、すでにかなり美味しそうだ。


 「最後に、これをかける」


 別の匙で、容器にはいった赤い液体をかきまぜて掬い、たっぷりと穴から中にそそいだ。


 「さあ、食べてみなさい。スープがこぼれるから、これは一口で食べないとだめ」


 ジーナは、大きな口をあけて、できあがったプニプリをなんとか口に放り込んだ。

 口いっぱいになったそれを、噛んでみると


  パリパリ、ジュワァ!


 「うわあ、美味しいっ!!」


 噛んだとたんに、パリパリの皮が口の中で砕けて、中身が口いっぱいにひろがる。

 スープは、シンドゥーのスパイスがふんだんに使ってあって、甘くて、すっぱくて、そのスープがほくほくのザザ芋とからまり、サマネギの辛みも加わって、絶妙なうま味のハーモニィ。


 「すごい、これはすごい!」

 「そうだろう、そうだろう、郷土の自慢の料理だから」

 「おじさん、どんどん作って! 作れるだけ作って!!」


 たくさん、食べてしまったのだ。

 手持ちのお金をぜんぶ使ってしまった。


 「ああ、美味しかった。これは、みんなに教えてあげなくちゃ!」


 しかし、そこではっと気が付く。


 「いけない、もう約束の時間があー!」


 ジーナは、あわてて走り出す。


 「急がなきゃ!」


 と、駆けだしたのだが、好事魔多し、すぐに次の障害が控えていた。



 「ん?」


 いくらも進まないうちに、その足がぴたりととまる。


 「おい、ちょっとつきあえよ!」

 「うへへ、いいだろう?」

 「嫌です!」


 数人のちんぴらによって、獣人の女の子がむりやり路地にひっぱりこまれるのが目に入ったのだ。


 「くそっ、こいつら、許さん!」


 たちまち、ジーナの目が黄金に光る。瞳孔全開!

 イリニスティスを抜き放ち、ジーナは路地に駆け込んでいく。


 「時間がないんだ、問答無用! 行くぞイリニスティス、てゃああああああ!」


 雄叫びをあげて魔剣を振りかざし、いきなり突進してきたジーナに、呆然とするちんぴらども。

 ジーナは、そいつらを情け容赦なくなぎ倒し、女の子を救い出す。


 「あ、ありがとうございます」


 女の子は、震えながらも、ていねいにジーナに礼を言うが


 「うんうん、無事でよかったね。あたし急ぐから。これから気を付けて!」


 そしてまた、一目散に走り出す。


  ゴォーン……ゴォーン……


 大聖堂の鐘が鳴る!


 「あっ、もう本当に時間が……これじゃ、向こうで着替える余裕もない」


 ジーナは、ものかげに隠れ、かばんを下ろして衣装をとりだす。



 ――孤児院。

 庭には、即席の舞台がしつらえられて、その前に、子どもたちと職員が座って、開演をまっている。

 満席である。


 「ジーナさん、遅いなあ……もう時間だけどな」

 「なにか、急用ができちゃって、これなくなっちゃったのかなあ……」


 などという声も聞こえてくる。

 その時だ。


 「おくれて、ごめん!」


 ジーナの声だ。

 舞台からではない。

 みんなは、その声のする方を見る。

 なんと、それは、となりの建物の屋根の上。

 そこに、ドレスをまとったジーナが立っていた。

 入り組んだ道を走っていたのでは間に合わない。

 獣人の運動能力をいかんなく発揮し、建物の屋根から屋根に飛び移り、最短距離を移動してきたジーナである。ぬかりなく、最初に衣装も変えている。


 「歌う獣人女王の、到着だよーっ!」


 ジーナは、屋根の上から跳躍し、ドレスをひるがえしながらくるりと一回転して、舞台の上に、すたっと着地。

 度肝を抜かれている観客に、にっこりと笑いかける。


 「みんなー、待たせたねー!」

 「わーっ!」


 ようやく、みんなが歓声をあげた。

 未来の「歌う獣人女王」、ジーナリサイタルの始まりであった。


 例によって、号泣する観客が続出したのは言うまでもない……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る