<幕間>ある日の四人(2)ライラとアーダ式魔法えんじん
今日は、わたしたち「雷の女帝のしもべ」は各自、自由行動ということになりました。
ユウは、朝ご飯をたべたあと、ぶらりとどこかに出かけてしまいました。
ジーナも、予定があるんだといって、はりきって出て行きました。
わたしは、とくに当てがあるわけでもなく、今日はなにをしようかなと、お茶を飲みながら、ぼんやり考えていました。
「ライラ様」
「ひゃっ、セバスチャンさん!」
セバスチャンさんが、いつの間にか、横に立っていました。
接近する気配をまったく感じさせない、おそるべき手練れです。
セバスチャンさんはおだやかな表情で言いました。
「驚かせてもうしわけありません。ライラ様にお客様がみえましたので……」
「えっ? あたしに?」
(いったい、だれが?)
この王都で、わたしの知り合いといえば……?
「あれ? ユウさんとジーナは? いないの?」
やってきたのは、アーダでした。
「ふたりとも朝からどこか、行っちゃったよ。今日はみんな、自由行動なんだ」
「そっか……それで、ライラの予定は?」
わたしは首をふり、
「べつに、ないよ。なにしようか考えてたところ」
アーダは、にっこり笑うと
「良かった! じゃあ、あたしん
「アーダの家って」
「うん、あんたたちのおかげで、お母様が元に戻ったから、あたしもまた家に帰ったの。近頃は、お姉さまも、よく家に寄っていくよ」
「へえ、良かったねえ!」
「お母様もお姉さまもお仕事だから、今日は家にはあたししかいないんだ。遠慮せずに来てよ!」
というわけで、わたしはアーダに連れられて、ビーグル家にお邪魔することになったのです。
言うまでもなく、名門ビーグル家の住まいは、豪邸でした。
シュバルツ兄弟商会の迎賓館とは、さほど離れていないところにありました。
「ここが、あたしの部屋だよ。ちらかってて、ごめんね」
そういって、アーダがはずかしそうに入れてくれた部屋は、とても広かったけど、たしかに雑然としていました。
部屋いっぱいに置かれている、わけのわからない機械、道具、そして古い書物や巻物……。
「なんか、すごいね……」
「ふふっ。お母様ゆずりっていうか……あっ、お茶入れてくるからちょっと待っててね」
アーダは部屋を出て行きました。
わたしは、部屋の中を眺め回しました。
いろいろなものがあります。
たぶん、アーダの手作りと思われる、なにかの実験道具のようなもの。
さびだらけの、ほぼガラクタにちかいようななにか。
そして、このピカピカ光る、ちいさな機械は……
あっ、これはまずいでしょ!
明らかに古代文明の遺物ではないですか。
いったいどうやって手に入れたのでしょうか。
「お待たせ!」
アーダが、お盆の上にお茶のセットをのせて、もどってきました。
わたしが小さな機械をみつめているのに気づくと、
「ああ、それ……」
アーダは笑って、
「ずっと前に、お母様の遺跡発掘の見学に行ったとき、見つけて、面白そうだったからこっそり持ってきちゃった」
いいのでしょうか……。
「それよりもね」
アーダは、散らかった部屋に、なんとかお盆を置く場所をみつけて
「ライラにみて欲しいものがあるの。でもその前にお茶ね」
そうして、わたしたちは、二人で、楽しくお話ししながらお茶したのです。
ユウとルシア先生の噂話とかして、とても楽しくすごしました。
「それで、みてほしいものって?」
「あ、これこれ」
そういって、アーダは、部屋の隅から、台の上に据え付けられた機械のようなものをひっぱりだしました。
筒状の本体に、大きな羽根車のようなものが付いていて、スライドする棒状のものが何本か突き出ています。何をするものか、まったく見当もつきません。
「なんなの、これ?」
「魔法えんじんっていうの。あたしが作ったのよ」
「えっ? これをアーダが作ったの?」
「そうよ!」
アーダは得意げです。
「で、これはなにをするものなの?」
「うーん、なんていうかなあ……」
アーダはすこし考えて
「なんでもできるのよ」
「なんでも?」
「つまり、このえんじんが回転運動をつくりだすから、あとはそれを動力とすれば、たぶん馬車を馬なしで走らせたり、船を帆がなくても進ませたりできると思うの」
「すごい! すごいじゃないの、アーダ」
「うん……」
そこでアーダは表情を曇らせ
「でも、まだ試作品で、うまくいかないのよ」
「難しいのね」
「でね、ライラにお願いがあるの」
とアーダは目を輝かせていいました。
「お願い?」
「あんた、女帝の後継者でしょ。手伝ってほしいのよ」
「女帝の後継者って……それはそれとして、何を手伝うの?」
「つまりね、この機械は、魔力を原動力として動くの。あたしは、古代文明と魔法文明の結合を考えているわけ」
「? それで?」
「この機械の、ここのところ、魔水晶石がはめこまれてるでしょ。そこに、ライラの魔力を、ちょっと送り込んでほしいのよ。そうすると、その魔力を、この機械が回転力に変換する仕組みになっているの。自分で魔力を
「ふうん。わかった。でも、大丈夫なのかな?」
「大丈夫……だと思う」
なんとなく不安を感じたが、目をかがやかせて頼む、友だちのアーダの頼みをむげにするわけにもいきません。
「じゃあ、やるよ」
「うん、やって」
アーダは、わくわくした顔で、わたしと機械を交互に見ています。
わたしは、思念を集中し、自分の魔力を機械の魔水晶石に注ぎ込みました。
よくわからないけど、魔力が必要だというのだから、アーダの実験が成功するようにと、おもいっきり魔力を送り込みます。
すると、最初は黒ずんでいた魔水晶石の色が赤くかわり、やがて青くなり、すぐに魔力がめいっぱい充填されました。
「ふう、このくらいでいいかな……」
「ありがと、さすがだね、ライラ。じゃあ、動かすよ! アーダ式魔法えんじん起動、それっ!」
アーダが、機械の横にあるレバーをガタンとたおし
シュン…シュンシュンシュン…
「すごい! 動き出したよ!」
わたしは思わず声をあげました。
羽根車が、はじめはゆっくりとでしたが、確実に回転をはじめ、次第にその速度をまし、いまや目にもとまらない速さで回転しています。
キュンキュンキュンキュン!
その回転の勢いで、アーダの魔法えんじんは、台座ごとガタガタ揺れ始めました。
羽根車の回転はどんどん速くなっていきます。
「すごいじゃないの、アーダ! 大成功よ!!」
しかし、
「しまった……」
アーダはつぶやきました。
「どうしたの?」
「動かすことしか考えてなかった。止める方法がないの……」
「さっきのレバーは。あれを逆に」
「ムダ。そういう仕組みじゃないから」
「ええーっ、どうすんのよ!」
「魔力がつきれば、自然に止まるとは思うけど……」
「あたし、はりきって、だいぶ魔力つぎこんじゃったよ」
「えっ? まずいよ。あたし、ちょっとって言ったじゃん。この機械は、魔力を何十倍にも増幅するんだよ!」
「そんなのあたしにわかるわけないよ!!」
キーン!
羽根車の回転はさらに速くなり、なにか焦げ臭いにおいがしてきました。
よく見ると、軸から煙が上がっています。
「ちょっと、アーダ、これ、危ないんじゃないの?」
「うーん、このままだと……負荷に耐えかねて爆発するかも。あっ、これはまずい」
魔水晶石があやしくめちゃくちゃな点滅を始めたのをみて、わたしは
「土の精霊と水の精霊の紡ぐ金剛の茨の格子、
とっさに、魔法「不壊の覆い」を発動。
頑丈な魔力の茨が、アーダの魔法エンジンを瞬く間に、がっちりと囲い込み
「ふう、やれやれ……」
ほっと一息つきました。
「ライラ、安心してる場合じゃないわ、まだ中では機械があばれてるわよ!」
「大丈夫よ、これは、かんたんに壊れるような、やわな魔法じゃないから」
しかし、わたしは、アーダの才能を甘く見ていました。
次の瞬間、
「ああーっ、不壊の覆いが?!」
バリッ!!
ズガーン!!!
大音声がとどろき、部屋の石組みの壁が砕け、部屋中はもうもうたる土埃と煙に包まれました。壁にはぽっかり大穴が開き、空がのぞいています。
「あああ……やっちゃったよ」
驚くべき力です。
アーダの魔法エンジンの力で極限まで回転した羽根車は、機械が分解した瞬間に、はじきとばされ、魔物を閉じ込めるわたしの不壊の覆いさえ突き破り、アーダの部屋の壁もうちこわして、はるかかなたに飛んで行ってしまったのです。
「すっ、すごい……」
「実験成功、っていうべきかな、これ……?」
ぼうぜんとしていた私たちは、やがて、
「「ふふふっ」」
顔をみあわせて、笑ってしまったのです。
やがて、驚異のアーダ式魔法えんじんが世の中に公開され、わたしたちの社会を大きく変えていくのですが、それは、もう少し先のことなのでした。
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