わたしたちは、神官(見習い)の少女に嫌われる。
冒険者ギルドの会議室。
「さて、それでは、打ち合わせをはじめよう」
サバンさんが、みんなの前で言った。
集まっているのは、明後日、王都に向かって出発するキャラバン隊の商人たち、同行する旅客、そして、護衛任務を請け負った冒険者パーティである。
隊商は、王都からいろいろな商品を運んで辺境の地に至り、逆に辺境の希少な産物を王都に運んでいく。
そうやって、定期的に王国を巡回しているのだ。
このキャラバンは、これから王都にもどるところであった。
キャラバンは、常に商品価値のあるものを満載し、移動しているのだから、盗賊団にとってはかっこうの獲物である。うまく商品を強奪できれば、たいへんな利益をえられるのだ。その上、キャラバン隊には、貴人が、用件があって同伴することもある。彼らを人質にとれば、莫大な身代金を請求することもできる。
また、一応安全と目されるルートを取るとはいえ、街中ばかりを移動できるわけでもなく、人気のない土地を進むこともあり、突然現れた魔物などに襲われることもないわけではない。
そんなわけで、キャラバンは、常に危険にさらされているのだ。
そのため、護衛を雇うのは必須である。
護衛役としては、冒険者パーティの精鋭が雇われることが多い。
このキャラバンも、冒険者を雇い、王国の中を巡回しつつ、わたしたちの町まできたのだが、ここで不都合が生じた。
いかんともしがたい理由によって、雇った冒険者たちの一部が、同行を続けられなくなってしまったのだ。
もちろん全員が抜けてしまったわけではなく、中核となるパーティは残ったが、それだけでは手が足りない。そこで、急遽、わたしたちの町のギルドに、護衛の補充依頼が来た。
ルシア先生がこのタイミングを見逃すわけがなく、わたしたち「雷の女帝のしもべ」は、キャラバンの護衛として、王都まで行動を共にすることになったのだ。
ここまで、護衛のパーティを指揮してきたのは、「月下の黒豹」という名の、五人組のベテランパーティである。「月下の黒豹」リーダーの戦士リベルタスさんは、黒人のいかつい大男で、その顔には片目の上を走るジグザグの傷がある、雰囲気がまるでサバンさんの兄弟みたいな人であった。事実、二人は昔からの知り合いのようで、わたしたちが会議室に入った時、なにやら楽しげに談笑していた。もう一組は、「夜明けの誓い」という、これは六人のメンバーからなる中堅どころのパーティ。この二組のパーティが、最初からキャラバンに同行しているパーティだった。
「この三人が、うちから出す、精鋭『雷の女帝のしもべ』だ。よろしく頼む」
と、サバンさんがわたしたちを紹介する。
その場にいるみんなから、え? なに? ほんとですか? という顔をされる。
まあ、そうでしょうよ。
なにしろ、ユウはあんな感じでのほほんとしているし、わたしとジーナはこんなふうだし、まあ、一見してとても頼りになるようには見えないから、無理もないのだ。
「そんな、女子供でなくて、もっと、ましなのはいないのか?」
という、あからさまな声も聞こえた。
ジーナがむっとした顔で、そちらをにらむ。瞳が黄金色に光る。
ユウは、いつもの緊張感のない声で
「あ、みなさん、ひとつ、よろしくお願いしますね」
などとあいさつした。
なにがあっても平常運転だ。
そんな様子をみて、サバンさんがにやりと笑い
「みかけにだまされないほうがいいぞ。この魔導師ライラは」
わたしを指して
「なんと、あの、麗しき雷の女帝、ルシア様の後継者だ!」
「おおっ!」
という感嘆の声が上がる。
いやいや、サバンさん、だれがそんなことをいったんですか。
「こちらのジーナは、血も凍る魔剣イリニスティスの使い手で、アンデッドだろうが、クラーケンだろうが、魔物を撫で斬りだ!」
「おおっ!!」
ジーナが、どうだとばかりに胸を張る。
「そして、このユウは」
といってから、どう紹介していいのか、よくわからなくなったようで
「ええと……まあ、いろいろよくわからない魔法をつかう、アンバランサーっていうやつだ」
「なんだ、それ?」
という声。
まあ、そうでしょう。
アンバランサーだなんて、いきなり言われても、さっぱりわからないよね。
「とにかく、こいつらの実力は俺が保証する。安心して、任せてくれ」
とサバンさんが太鼓判をおすが、冒険者はともかく、商人たちはいまひとつ納得しきれてはいない様子だ。
そのとき、
「ここには、邪教の神の臭いがします」
と、刺のある言葉を吐き捨てたものがいる。
みると、部屋の向こうで、王都の神官の、紫の衣に身をつつんだ、わたしたちと同じくらいの歳の、美しい少女が、こちらを睨んでいるのだった。神に使えるものの証である、錫杖を手にしている。
「あんたよ、ライラ、あんたのことよ」
ジーナが、わたしをつついて言う。
「なんであたしよ」
「あんた、ずいぶんヴリトラ様とつながってたじゃん」
「もう、縁は切れたよ」
(「冷たいぞ、娘よ」という声がどこか遠くで聞こえたような気がした。
これは気のせい。あくまで、気のせいです)
「向こうはそんなこと知っちゃいないわよ。きっと、あんたから、ヴリトラさまの臭いが、ぷんぷんするのよ」
「ずいぶんひどいことをいうわね、あんたは」
「あの人は?」
と、ユウがサバンさんに尋ねると
「あの女性は、アーダという。王都の神官だ。正確には、神官見習いだということだが」
「そんな人がなんでこんなところに?」
「なにかの伝令らしい。辺境の地から、重要な文を携えて、王都にもどるところだそうだよ」
アーダが、ずかずかとわたしたちの前までやってきた。
切れ長の目をした美しい顔が、紅潮している。
「ホラ、来た。ライラ、がんばって弁解するのよ、ヴリトラ様はとても良い神様だって」
ジーナが言う。
(どこか遠くで「そうだ、そうだ、ガツンといってやれ」という声が聞こえたような気がする。
いやいや、気のせい。これは、あくまで気のせいです)
ところが意外なことに、アーダは、ユウにむかって錫杖を突きつけた。
錫杖の上部についた環が、ジャランと音を立てる。
「あなたからは、間違ったにおいを感じます。
わたくしは、あなたを信じません!」
いきなり、そう断言したのだ。
「あっ、ぼく?」
ユウもびっくりだ。
「へえ、まちがったにおいねえ……」
ジーナが
「間違ったにおいではなくて、すごくいい匂いの間違いじゃないの?」
などと頭が混乱するようなことを言う。
「とにかく、わたくしに、旅の間いっさい近づかないでください!」
アーダは厳しい顔で、そう言い捨てて、歩き去る。
わたしたちはあっけにとられてそれを見ていた。
しばしの沈黙の後、
「ええ……ごほん、ごほん」
と、咳払いをして話し出したのは、この隊商の主宰者、シュバルツ兄弟商会の副会頭、レオ・シュバルツ氏であった。
「その、護衛の件なんだが……この子たちに参加してもらっても、三人増えるだけだろう。
それで、提案があるんだが…」
「「提案?」」
サバンさんと、リベルタスさんが同時に、シュバルツさんの顔を見る。
「実はね」
と、シュバルツさんが言った。
「売り込みがあってね。どうしても護衛のメンバーに入れてほしいという若者たちがいて。話を聞いたら、熱意もあって、なかなか有望なんで、そのものたちも連れていきたいんだが、どうだろうか」
「ほう、今、このあたりに、そんな見込みのある連中がいましたかねえ? いったいどのパーティだろうな……」
サバンさんが首をひねる。
「みなさん、入ってきてください」
と、シュバルツさんが呼びかけ、
「「「「はいっ!」」」」
元気よく会議室のドアから入ってきたのは、
「あっ、また……」
「また、あんたたちか……」
剣士アーネスト、槍術士ヌーナン、盾使いパルノフ、魔法使いエミリアの四人組。
そう、へなちょこパーティ「暁の刃」である。
「おいおい、お前ら、だいじょうぶなのか?」
「任せてください! あれから、バリバリ修行も積みました!!」
「どうだね? 熱意のある若者たちじゃないか。目が輝いているよ」
「確かに、熱意だけはある。熱意だけは。それは、俺も認めるが……」
サバンさんは少し考えていたが、
「まあ、王都まではそんなに距離があるわけじゃないし、ユウたちもいるし……まあ、なんとかなるか……雇い主があんなに乗り気だしなあ……はあ……」
ため息をつく。
「おい、サバン、さっきから、お前の言い方はなんだか不安をかきたてるぞ」
「ん……ま、まあ、だいじょうぶだろう。なにしろ、アンバランサーもいるからな」
そして、こちらをみて、
「おまえたち、まあ、何かあったら、よろしくたのむわ」
ああ……頼まれてしまいました……。
「シュバルツさん、あんた、商人なのに人を見る目がないよ……」
と、ジーナが小さな声で言った。
実は、あとで知ったことだが、ほんらい副会頭シュバルツさんはこういう現場には出てこないのだが、今回、いつも隊商を切り回している副番頭が急病に倒れ、きゅうきょ隊をひきいることになってしまったらしい。そのために、場慣れしておらず、冒険者の目利きという点では心許ないのであった。
「でもさあ、ジーナ、あの連中が参加するってことはさあ、いつもの」
「ライラ、だめ! それ以上しゃべったらだめ!!」
「でも、ジーナだってそう思うでしょ。あいつらの行くところ行くところ……」
「もう! だから、そう思っても言ったらダメなんだって。口に出すことで、フラグが立つの!」
あはは。
ジーナの忠告もむなしく、今回も、フラグは立ってしまったようです。
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