わたしたちは、王都に旅立つ。

  ビュウン!


 飛来る火矢の狙いはわたしたちだ。


 「えぃっ!!」


 すかさずジーナがイリニスティスでなぎ払った。

 火矢は、バアッと火の粉を散らして、真っ二つになる。



 「だからさあ、ライラ……」

 「なによ」

 「あんた、いいかげん、学ぼうよ」

 「なにを」

 「ふらぐだよ、フラグ」


 ジーナは、すっかりユウの言いまわしをおぼえてしまったようだ。たぶん、あまり理解せずに、直感で使っているのだが、ユウによれば、それでだいたい合っているとのこと。

 ジーナは直感の人なのだ。

 それはさておき。

 わたしは、また、ジーナに言われせれば「フラグをたてる」ようなことを言ってしまったらしい。


 「あんたが、うかつなこと言うから、ホラ、また、わたしたち、いつの間にかこんなことになってるじゃん!」

 「これって、あたしのせいなの?!」


 今、わたしたちが護衛するキャラバンは、盗賊団の猛烈な襲撃を受けているのだった。




 話はしばらく前にさかのぼる。

 エルフの里を救い、シンドゥーの神様たちと別れて、孤児院にもどったわたしたち。

 ルシア先生の指導のもと、冒険者としての修行を再開した。

 それはもう、たいへんな修行ですよ。

 ルシア先生の、身を守るための最低限の物理攻撃もあったほうがいいという判断で、わたしも武器をあつかう訓練をさせられ。

 魔法の修行ももちろん続き。

 あのダンジョンにもなんども連れて行かれて。

 ルシア先生の指導はきびしい。


 「ライラ、もう少し、腰をいれて振った方がいいわね」

 「はいっ!」

 「それから、なんども言うように、抜くときは予備動作なし!」

 「はいっ!」


 わたしは、そもそもこういうのは向いてない。

 しかし、そうも言っていられないから。

 汗だくになって練習していると、


 「おやつ、できたよー」


 ユウの声がして、子どもたちの歓声。


 「あら。ライラ、じゃあちょっと休憩ね」


 ようやく一休みになった。

 ユウが運んできたのは、お皿にもられた、茶色の揚げ菓子で、赤や青、緑や黄色の粉がかけられた、例のアレである。

 シンドゥーから食材を買いこんできて、ここでも作れるようになったのだ。

 庭の長卓をみんなで囲んで食べる。


 「うう、甘いなあ…」


 激甘である。美味しい。美味しいのは美味しいのだが


 「はて? シンドゥーで食べたときの方が、味にキレがあったような……」


 とジーナ。


 「シロップの甘さと、スパイスの香りが、舌の上で絶妙に絡まり、そして、その甘さがあたまの芯を直撃するような、あの味のキレの再現が今ひとつの……」

 「ジーナはあいかわらず、食べ物になると語彙が豊富になるなあ。やっぱり、……」


 ユウは、例によって、わけのわからないことをいいかけたが、やめて、


 「食べ物というのは、その土地で食べるのがいちばん美味しいのかもね」

 「ユウさんの作ってくれる、いろんな料理も、ユウさんの故郷でたべるのがいちばん美味しいのかなあ……」


  ジーナが、また考えなしの言葉を言う。

  ジーナ……。

  ユウは、その故郷を、わたしたちのために、あきらめたんだよ……。

  わたしとルシア先生は、しんみりした空気になる。

  でも、ユウはいつものようにひょうひょうと


 「かもね。とにかく、ほかほかのご飯に、生の卵と、しょうゆをかけてかき混ぜて食べる、あの美味しさを、みんなにも教えたいなあ……」

 「なまの卵? の?」


 ジーナが、ひえっという顔をする。


 「食べられるものなの? 卵って、生で?!」

 「美味しいよ」

 「えー? そうなのかなあ、なんだか気持ち悪いなあ」


 そのとき、お菓子をかじっていたリンが、


 「あっ、お馬に乗った人が来るよ!」


 声を上げた。


 見ると、孤児院に登ってくる長い道の向こうから、馬に乗った人が——。

 いや、それは、馬に乗った人ではなかった。

 人馬一体。

 馬の体に、人の上半身。

 ケンタウロスである。

 ケンタウロスは、軽快な足取りで坂を上り、わたしたちの前までくると、


 「ルシアさんだね。これを届けにきた」


 そう言って、胴に下げたカバンから、包みを取り出した。

 皮に包まれた細長いもので、ずっしりと重そうだ。


 「エルフの里からだ。わかるね」

 「ありがとう」


 ルシア先生は、このことがわかっていたようで、いぶかりもせず、包みを受け取る。


 「では、ここに署名を」


 ケンタウロスが取り出した羊皮紙に、ルシア先生が指をさっと走らせると、羊皮紙の上には魔法印が刻まれた。


 「なるほど、ケンタウロスの屋さんね。たしかに、これはぴったりかも」


 用件を済ませ、疲れも見せず駆け去るケンタウロスを見送りながら、また、ユウがわけのわからないことを言っている。


 「先生、これなんなの? エルフの里からって」


 と、ジーナがさっそく聞いた。


 「うん、これはね、クリスを作る素材」

 「あっ、そうか、先生のクリスは、あの怪物をやっつけたときに、どっかの世界に飛んでっちゃったから」


 ジーナが言い、ユウがすまなそうな顔をする。


 「ちがうのよ。この素材は、わたしのクリスを作るためのものではないの。実は……」


 ルシア先生は、ちょっと顔を赤らめ


 「ユウの、クリスを作るためのものなの」

 「ユウさんのクリス!」


 ああ!

 そうか、そうなんだ!

 わたしは、胸があつくなるのを感じた。


 「あれ?」


 ジーナが首をひねる。


 「クリスはエルフ族の家系が、それぞれ自分のものを持つんだよね?

  ユウさん、そりゃあ、エルフ族を助けたけど、エルフ族じゃないよね?」


 ジーナ、あんた、鈍いぞ。

 エルフ族でないものが、エルフ族の一員と認められるのは、すなわち。

 その人が、エルフ族のものと婚姻関係を結ぶときだ。


 「そうか!」


 ようやく理解したジーナが、


 「先生、ユウさん、うう……おめでとう!」


 と泣きながら言った。

 ジーナは、考えなしだけど、いいやつだ。

 さいしょはぽかんとしていた子どもたちも、事のしだいがわかって、騒然となった。


 「まあ、つまり、なんていうか……そうすることに、なったというか……」


 ユウは、ただ照れている。

 しばらくして、ルシア先生が


 「でも、まだ先は長いのよ。まずは、この素材をクリスに仕立てなければならないの。

  ユウのためのクリスができて、そこから正式な話が始まるの。

  持ち主にぴったり適合する、唯一のクリスを仕立てるためには特殊な技術がいるわ。

  そして、それができる鍛冶屋は、この国には、王都にしかいないのよ」


 と説明した。


 「だから、ユウには、これを持って、王都までいってもらわないとならないの」

 「ということは、もちろん?」


 ジーナがわくわくした顔できいた。


 「そう、あなたとライラも、一緒に王都にいってもらいます。

  もちろん、としてね」


 最後の一言だけ、ルシア先生の口調は厳しかったのだ。

 あくまで、先生は、わたしたちの師匠なのである。

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