その人は、帰りの列車で涙ぐむ。

 ダミニさんとサラマー、三人の戦士が見送ってくれて、わたしたちは、いよいよ帰りの弾丸列車にのりこむ。

 列車には、シンドゥーで買い込んだ、大量の食材も積まれている。

 スパイスや、甘いシロップもあるが、いちばんかさばっているのは、もちろん、ユウがほしがったお米である。


 「ふふっ、これで、毎日お米が食べられるなぁ」


 ユウは、お米がつまった麻袋の山をみて、感慨深げだが、正直、わたしやジーナは、それほどの気持ちはない。

 どちらかというと、わたしたちに大事なのは、あの甘―いシロップだ。帰ったら、さっそく、あの激甘菓子を作るんだ。みんなの驚く顔が目に浮かぶよ。


 「では、ダミニさん、いろいろお世話になりました」

 「こちらこそ、ありがとうよ。これからは、この列車で、簡単に来られるから、また遊びに来ておくれ」


 別れの挨拶をして、そして、列車は滑り出す。


 「ふう……やれやれ……」


 列車が何事もなくステーションを離れ、わたしは、ほっと息をついた。


 「これで、シンドゥーの国ともお別れだね。ヴリトラ様に付きまとわれるのも、もうおしまい」


 ヴリトラ様の蜘蛛は、ようやく、わたしの首筋をはなれて、帰っていったのだった。


 「ライラ、その言い方はないよ」


 と、ジーナ。


 「ヴリトラ様は、口は悪いけど、あたしたちのこと、いろいろ助けてくれたじゃん。そこにはきちんと、感謝の気持ちを持ちなよ」

 「あんた、いつのまにか、ずいぶん、まともなことをいうようになったねえ……」

 「ふつうです」


 (まあ、たしかに、今回の件ではいろいろと助けてもらったから、それはそうだけど、でも思い返してみると、最初が最悪だよね。なにしろ、わたしはあんな場所でさらわれたのだ。花も恥じらう乙女に、あれはないでしょう?)


 「そう言うな、娘」

 「うわっ!!」


 いきなりヴリトラ様の声が聞こえ、そして、正面のに映る画像が、ぱっと切り替わった。

 画面には、列車の進路ではなくて、なにか、暗いトンネルのようなものが映っている。

 なんとなく、見覚えのある光景だ。


 「うう……ライラぁ、用足ししてて死んじゃうなんてあんまりだぁ」


 ジーナの泣き声が流れた。


 「ま、まさか……」

 「こ、これって?!」

 「わたし、ものすごく、いやーな予感がするのですが……」


 あわてるわたしたちに、ヴリトラ様の声が


 「君たち、道中退屈だろう。向こうに着くまで、この間の出来事を、上映してあげるよ。

  わたしが腕によりをかけた、特別編集の総集編だ。さあ、存分に楽しみなさい」


 そして、ヴリトラ様が記録してあった、わたしたちの戦いの映像が、音声付き、解説付きで、大画面で始まってしまったのだ!


 「いやー、やめてー!」


 いちばん慌てたのは、ルシア先生だ。

 ルシア先生が登場する場面では、ヴリトラ様は熱が入ったのか、ショックをうけるルシア先生の横顔に、


  ががーん!


 という効果音が入ったり、


 「わたしが、助ける!」


 という、決然としたルシア先生のせりふとともに、悲壮な音楽が流れて場面を盛り上げるなどの、やりすぎとも思える演出入りである。


 「ユウ! ユウ!」


 などと、ユウにすがりついて自分が泣き叫んでいるところを、大画面で見せられるのだから、ルシア先生の心中、察するにあまりある。


 「ヴリトラ様、とうとう、になっちゃったよ……」


 ユウがあいかわらず、わけのわからないことを言う。


 「クライマックスはもちろん、ガネーシャ神殿での場面だからな。あれを外すわけにはいくまい。いやー、編集していてわたしもほろりとしたね。我ながら、名作だと思うね。この動画は、アカシックレコードに刻んで永久保存だな……シンドゥーの民なら、いつでも見られるようにしておこう」


 と、ヴリトラ様が、とどめの一言である。


 「ユウ、あなたの力で、この上映を止めて! 今すぐとめて!」


 ルシア先生が泣きつくが、


 「うーん……だめみたい。やってみたけど、ヴリトラ様の力が、強力に干渉している。もっと、シンドゥーから離れないとだめだな……」

 「そ、そんなあ……」


 けっきょく、わたしたちは数時間以上にわたって、ヴリトラ様の映像を見せつけられた。

 その間、ルシア先生は耳をふさいで頭を抱えていた。

 ユウは、「映画見るなら、がほしいな……」などと、あいかわらずわけのわからないことをいいながら、熱心に鑑賞していて、ルシア先生の出てくる場面などでは、感動して涙を流しているのだった……。


 けっこう、涙もろいのである。

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