その人は、ヴリトラ様に呆れる。

 レゾナンスしたルシア先生とわたしの力を、ヴリトラ様が使って、ユウの生命の渦に、強く働きかけている。

 しかし、今、ユウは、ほとんど命が尽きる寸前だった。

 閉じていた目を、まぶたを震わせながら、また開けたが、焦点はどこか遠くにあって、もはや、その目にはなにも映っていないようだった。

 ユウの唇が、わずかに動いた。


 「……か? ……たら?」


 ユウは、なにかをつぶやいていた。


 「えっ?! なに?! なんて言っているの?!」


 ルシア先生が、必死の顔で、ユウの口元に耳を近づける。


 すると、


 「わたしの……選択は、最初から決まっている」


 たしかに、ユウはそうつぶやいた。

 まるで、それがなにかの合図でもあったかのようだった。

 みるみるユウのからだに生気がみち、顔にも赤みがさして、その目に光が戻ってくるのが分かった。

 回復の力が、ふたたび働きだしたのだ。


 「ああ、ユウ! ユウ!」


 ルシア先生が、頬を涙に濡らしながら、ユウのからだを抱きしめた。

 わたしも、その様子をみて、


 (よかった……この、二人のために)


  涙ぐんだ。


 『娘よ、素直ではないか』


 ヴリトラ様が、頭の中で言う。


 だって。


 逆レゾナンスで、ルシア先生の力がわたしに流れ込んできたとき。

 ルシア先生の一途な想いもわたしは共有することになって。

 あれを感じてしまったらね。

 それは何も言えないよ。


 『うむ、娘よ、君も大人になったな……』


 しみじみとした口調で、ヴリトラ様が言う。

 まあ、ヴリトラ様の言うことは、本気なんだか冗談なんだかわからないんだけどね。



 「ふう、やれやれ。死ぬかと思ったよ。……というか、たぶん、いちど、死んだかも」


 しばらくののち、すっかり元気になったユウが言った。


 「もう、大丈夫なの?」

 「うん、折れてた骨もぜんぜん痛くないし、すごいねぇ」


 そういって、からだを動かしてみせる。


 「なにしろ、わたしとルシア先生の、二人がかりの、渾身の大魔法ですから!」


 と、わたしが言って、ユウは笑った。


 『娘よ、わたしもかなり働いたぞ』


 ヴリトラ様がいい、


 (わかってますって!)


 わたしは心の中で答えた。


 「ねえ、あのへんな腕だけどさあ、あれにはユウの力は効かないんでしょ。なんで最後、あっちに押し出せたの?」


 と、ジーナが、不思議そうに言った。


 「ジーナ!」


 わたしはびっくりして


 「あんた、すごいよ。いつからそんなふうに頭をつかうことを覚えたのよ」

 「は? これが普通です!」


 『いいねえ、君たちは、どんなときにも笑わせてくれるねえ』


 とヴリトラ様が、わたしの頭の中で言う。


 「うん、それは…」


 ユウも笑いながら、ジーナに言った。


 「ぼくは、あいつを押したんじゃなくて、あいつに刺さったクリスを押したんだよ。

  クリスになら、ぼくの力を及ぼせるから。あいつの大きさとか分からなかったから、クリスの重さを十万倍くらいに増大させて、はるかかなためがけて押し出した」

 「そっか、それであいつ、クリスに連動して、ふっとんでいったんだ」

 「せっぱつまってたから、おもいっきりやっちゃった。どこまで飛んでったか、わからないな……まだ、異世界を飛んでるかも。ルシアさん、ごめんなさい、あなたの大切なクリス失くしちゃったよ」

 「いいのよ、ユウ。あなたさえ無事なら、それで」


 ほほ笑むルシア先生。

 ああ、ルシア先生、いつの間にか、「ユウさん」から「ユウ」になっちゃってるよ……。


 『それにしても、禁呪はおそろしいな。あんなやつに、たびたび、この世界にはいってこられたらたまらない』


 ヴリトラ様が言う。


 「けっきょくのところ、禁呪がやろうとしたことは、この世界のことわりの内ではできないから、実現するためには、べつの世界からなにかを借りてくるしかない。ああいうことが起きる危険は、禁呪をつかう限りは、常にあるわけだね」


 と、ユウが続ける。


 「ずるがしこいやつだったね、それになんか執念深そうだった」

 「かなり知能は高いね。あのエルフたちを、入り口を維持するための道具に変えてしまい、そのうえ、邪魔するものを排除するために、罠まで仕掛けたんだから……」

 「もし、おなじような禁呪を誰かが使ったら……」

 「きっとすぐに、目ざとく見つけて、またやってくると思うなあ。あいつは、もう、こちらの世界があることを知ってしまったからね……」


 と、ユウが、眉をひそめて、言った。



 「そうだ、避難しているみんなを、呼び戻さないと。禁呪が祓えたことも教えてあげよう」


 と、ルシア先生が言い、事告げ鳥を準備しようとした。


 『ふふふふふ』


 わたしの口をかりて、ヴリトラ様が笑った。

 なにか、含むところのある笑いである。

 ヴリトラ様は、いうまでもなく性格が悪いのだ。


 『事告げ鳥は必要ない。みんな、もうぜんぶ知っているぞ』

 「えっ?」

 『実はな……』


 ヴリトラ様が、にやりと笑うのがわかった。


 『メイガスを通じて、列車のに、君たちの熱い戦いの模様を投影、逐次中継してやった』

 「えっ? えっ?」

 『避難中のエルフたちも、成り行きがさぞや心配だろうとおもってね。わたしも力の限りがんばって、禁呪の中、情報を送り続け、音声付きで、列車内の大画面フルスクリーンに投影したからなあ、すごい臨場感と大迫力で、みんな、大喜びだ』

 「えっ? えっ? えっ?」


 じゃあ、エルフのみんなは、わたしたちのやったこと、しゃべったこと、全部、見てたってことですか?


 『うむ、わかりにくいところには、随時、わたしが解説もいれておいたから、安心してくれ』

 「ちょ、ちょっと、ヴリトラ様!」

 「中継じゃないんですから……」


 ユウもあきれている。


 「どこから?」


 ルシア先生が、動揺して聞いた。


 『最初の、魔法陣に君たちが立つところから』


 と、ヴリトラ様。


 『アンバランサーが、決意をこめて、そっと君の手をにぎるところは、なかなかいい場面シーンだったね。見どころだからな、アップで中継しておいたよ』


 「どこまで?」


 ルシア先生が、さらに動揺して聞いた。


 『ルシア、君が息を吹き返したアンバランサーに、感極まって、抱きついて泣くところまでだな。あれもいい場面だった。いやあ、観客はもりあがったぞ。画面いっぱいに映る美しい君の、頬をつたう涙、その健気な君の姿に、思わず、もらい泣きするものもいたな』


 「そ、そんな…」


 ルシア先生は顔を真っ赤にした。


 『さぞ見たかろうと思ってね、ガネーシャの方にも送っておいたから、向こうシンドゥーでも、神殿の壁に投影されて、国民みんなで見てたはずだよ。うん、これで、麗しき雷の女帝の信者ファンが、きっと、また増えたな』


 「ああああ、わたし、もうだめ……」


 ルシア先生は、両手をついて、がっくりと首を垂れたのだった。

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