その人には、この世界のすべての魔法が効かないから……

 「ユウさんは、わたしが助ける!」


 ルシア先生は、そういって、フレイルを床に突き立てた。


 「ライラ!」

 「はい!」

 「あなたの力を貸しなさい、あなたの力をぜんぶ、わたしに預けるの」

 「はい!」


 わたしはレゾナンスを発動して、わたしという存在をルシア先生に重ね合わせる。

 それにより、ルシア先生の使うすべての力が増大する。それは魔力だけでなく、筋力、精神力、すべてのものが、単純な足し算ではなく、掛け算で大きくなるのだ。


 「ジーナ!」

 「はい!」

 「イリニスティスを全開にして!」

 「はい!/おう!」


 ジーナの目が金色に光り、瞳孔は全開に広がり、イリニスティスが強く輝く。


 「いくわよ!」


 そう叫んで、ルシア先生/麗しき雷の女帝と、ジーナ/イリニスティスは、ユウを捕えている別の世界の存在にとびかかった。


 「いぇええええい!!!!」


 気合い一閃、ルシア先生は、鬼神の表情で銀色の髪をひるがえし、ユウをつかむ、異界存在の、指の関節に、渾身の力でフレイルを叩き込む。


 「うぉおおおおお! 獣人族の英雄ここにあり!」


 獣人の雄叫びをあげて、ジーナ/イリニスティスは、逆手に持ったその刃を、力の限り、白い腕の、しわにおおわれた太い手首に、突き立てた。


  ボギッ!


 ルシア先生のフレイルの一撃により、鈍い音を立て、指の関節が粉々に砕けた!


  ザクリ!


 イリニスティスは、怪物の手首に深く切りこみ、神経と腱を完全に断ち切った!


 「!!!!!!!!!」


 声のない叫びが空間に満ち、たまらずに、腕はユウを離した。

 ユウが、受け身も取れずに、どさりと床に落ちる。


 「ユウさん!」


 ルシア先生がかけよる。

 しかし、腕は、緑色の血のような液体をしたたらせながら、しぶとく、ふたたび接近してくる。

 その執念はすさまじい。

 ユウの右手が、さっと振られた。

 ユウの手から放たれたのは、ルシア先生のクリスである。

 真紅に光るクリスは矢のように飛び、わたしたちをつかもうと伸びてきた腕の、手のひらに突き立った!


 「むうっ!」


 ユウが力をこめ、次の瞬間、重量を増して急加速したクリスに押され、腕は吹き飛ばされるように暗黒の中に押し戻された。


 「よし! いまだ!」


 ユウはさらに力をふりしぼり


   バタリ! バタリ! バタリ!


 開いてしまった魔水晶石を、もとどおりに組み立て直し、つなげて、その中に暗黒を封じたまま、完全に閉じてしまった。


 「うん、これで、入り口は閉じた。たぶん、もう向こうからは見つけられないよ……」


 そういうユウの口調はいつも通りだったが、顔色は蒼く、そして


 「がっ!」


 体をふるわせて、大量の血を吐いた。


 「ユウさん! ユウ!」


 ルシア先生がすがりつく。


 「うーん……どうも、あの馬鹿力で、肋骨が何本も折れたみたいだ……肺にささっちゃったかも……」

 「そんな!」


 ルシア先生が、いそいで治癒の魔法を唱える。


 「光と水と火と土と風、すべての精霊の力と叡智が、命の泉を沸き立たせる、治癒の雷!」


 これは最上級の治癒魔法である。命さえあれば、あらゆる傷を治すことができる。


 だが……。


 「ああ、だめ! 魔法が効かない!!」


 ルシア先生が悲痛な声を上げる。


 「げふっ」


 再び、ユウの口から、真っ赤な大量の血が吹きこぼれる。

 ユウの顔色はだんだん透き通るように白くなっていく。


 「そもそも……ぼくには、この世界の魔法が……すまない、ルシアさん……」

 「なにいってるの! ユウ! しっかりして! しっかりしなさいっ!」


 ルシア先生が、はじめて取り乱し、涙をながしている。


 「とりあえず、禁呪は……なんとか……なった……」


 ユウはもう、目をあけることも難しいようだ。


 「この……あなたの世界を……守ること……が、できたから……」


 呼吸も浅くなっていく。

 ジーナは、イリニスティスをその手に握ったまま、ユウの傍らに膝をつき、なすすべもなく呆然としている。


 ユウ、ユウ、死んじゃうの?!

 そんなの、ダメだよ!


 「そうだ、アンバランサー、君はここで死んではいけないのだ」


 ヴリトラ様の声が言った。


 「わたしは、この世界の神として、君に借りを返さなければならない」


 ヴリトラ様は、ルシア先生に言った。


 「ルシア、レゾナンスを発動して、君の力をこんどは、ライラに注ぎこむのだ。

  君と共振したライラの力を使って、わたしがアンバランサーの生命の渦に干渉する。

  彼にはこの世界の魔法はうまく作用しないが、力の性質が近いわたしがやれば、いくばくかの可能性はある」


 ヴリトラ様の言葉が終わらないうちに、ルシア先生の体が真紅に輝き、そしてさっきとは逆に、ルシア先生の持つ膨大な力、魔力、精神力、知恵の力、そしてユウに対する溢れる想いが、何一つ隠されることなく、わたしの中に、怒涛のように流れ込んできた。

 それは、本当に熱く、大きく、深くて。

 そして、一途で。

 その想いにうたれて、わたしの目から涙があふれた。


 (ああ、ルシア先生、先生はこんなにも、ユウのことを……)


 「そうだ、すばらしい。すばらしい強さだ。この力をつかえば、きっとアンバランサーを――」


 ヴリトラ様/わたしから、ユウに向かって、大きな力が放たれた!


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