その人は、かなり本気だ。

 「エルフのもとに、最短で到達する方法だが」


 と、ヴリトラ様が言った。


 「君たちが、ここに来るときに使った例の高速列車、かつては、あれが、この世界の主要な地点を結んで運航していたのだ。

  君たちの土地にも、ここにも、そしてもちろん」

 「エルフの里にも?」

 「そうだ」


 わたしたちが見ている映像に、青いラインが引かれた。

 そのラインは、まっすぐにのびて、半球状の異変の中心部に達している。


 「エルフたちが立てこもっているのは、おそらく、里の中心部、世界樹の基底部にある集会場だ。

  あの高速列車のステーションの一つが、まさにその集会場の地下深くにあるのだ」

 「なるほど、そこからなら……」

 「もう一つ、利点がある。

  生き残っているエルフの救出だ。高速列車でそこまで行ければ」

 「そうか、みんなをあれに乗せちゃえばいいんだ!」

 「いい案だが、検討せねばならないことがいくつかあるぞ」


 とガネーシャ様が言った。


 「まず、ひとつは、エルフの里に向かうルートは、完全に稼働していわけではないということだ。一部に崩落もあったはずだし、そもそも電力が途中から供給されておらぬぞ」

 「それは、その通りだ」

 「もう一つは、あの禁呪が、地下にもおよんでいるかどうかだ。ひょっとしたら、地下深くも同様の状況になっていて、ルート自体も、すでにのみこまれてしまっている可能性がある」

 「むむむ……」

 「だいじょうぶ」


 と言ったのは、ユウだ。


 「どちらも、ぼくがなんとかする」

 「できるか?」

 「できると思う。電力がなくても、ぼくの力で、列車を駆動するから、そちらは逆に、トンネルを真空にする部分だけを残して、列車を走らせるための電力供給は切ってもらえるかな」

 「よし、やってみよう」

 「禁呪が地下にもおよんでいた場合だけど……」


 ユウは、いつもの様子で言った。


 「どっちみち、護りの結界は禁呪に包まれているんだから、どこかの時点で禁呪をつっきらなくてはならない。同じことだね。だいじょうぶ、やるよ」


 ガネーシャ様とヴリトラ様はうなずき、ヴリトラ様が、


 「アンバランサーよ、それでは、エルフの里に到達するための、高速列車のルートを教えよう。まず、ここから北方に……」



 わたしたちが、ダミニさんに案内されてステーションに降りると、すでに高速列車が待機していた。

 列車は二台連結されており、これなら相当数のエルフが乗りこめそうだ。

 わたしは、首筋がむずむずし、そこをさわりそうになるのを、さっきからこらえていた。


 「無害だから、心配するな」


 ヴリトラ様の声が、頭の中に響く。

 わたしたちが、向こうに行っても連絡が取れるように、ヴリトラ様の眷属の蜘蛛が一匹、わたしの首筋に張り付いており、情報を送ってくるのだった。

 しかたがないとはいえ、うなじに赤と黒のまだらの蜘蛛が貼りついている様子は、嫌なものである。


 「そう嫌うな。やむをえないのだ。こうしていれば、君たちがあそこに入りこんでも直接連絡がとれるのだから」


 まあ、それはそうなんですけどね。


 「わたしの力は、アンバランサーの力と親和性が高いからな。君を介せば、アンバランサーとも話ができる」


 ユウが言った。


 「助かりますよ、ヴリトラ様」


 この会話は、ユウにも聞こえているようだ。


 「ルートも誘導するよ」

 「お願いします」


 「では、行こう。ルシアさんのところへ」


 じっと立って、わたしたちを見守っていたダミニさんが


 「これを持っていくように、とガネーシャ様から」


 そういって、ガネーシャ様の護りを、ユウの首にかけた。


 「がんばっておくれ。あなたたちに、ガネーシャ様のご加護を」


 と言って、手を合わせた。


  ガウッ!


 サラマーも吠えた。


 「わたしの加護もあるからな、娘よ。そこを忘れるなよ」


 ヴリトラ様が付け加えた。


 わたしたちは列車に乗り込み、「しょっくあぶそーばあ」なるものがからだを包み、そして


  ひゅううんん!



 今回も前触れなしに、列車は疾走を開始する。

 今回は、最初からユウは力を使ってくれているため、列車は全く揺れず、わたしたちのからだがふりまわされるような感覚もなく、ただただ加速されていく。

 前方の景色だけがすごい勢いで流れていくが、ついにはそれも目で追うことができなくなり、光の筋しか見えなくなった。


 「これはすごいな」


 ヴリトラ様の声がする。


 「この列車の、本来の設計の速度をはるかに超えている。古代文明も、加速度と慣性は無効にすることができなかったが、アンバランサーの力は驚くべきものだ」


  そうなんだよ。これがユウの力なんだよ!


 「君も気づいているかと思うが、今回のアンバランサーはそうとう本気だぞ」


 とヴリトラ様が言う。


 「限界まで力を使うつもりだ。いや、、か」


 わたしは、はっとユウの顔をみるが、その横顔はかわらない。

 じっと前をみつめている。

 腰では、クリスが点滅を続けている。


 「アンバランサー、この先の分岐点を左だ」

 「了解だ!」


 列車は速度を保ったまま、ほぼ直角に曲がる。

 もちろんわたしたちは、何も感じない。


 「この能力を使えば、星の世界まで行けるな、アンバランサー」


 ヴリトラ様がしみじみと言う。


 「そうやって、この星を出ていったアンバランサーもいるのかな?」


 とユウがつぶやく。

 星の世界――わたしには想像もつかない話だけども。

 でも、ユウが、そんなふうに、この地をはなれるようなことを口にすると、わたしのこころには不安が兆すのだった。


 「アンバランサー、この先に、崩落がある」

 「崩落の先は、どうなっている?」

 「崩落は一部分で、その先は、しばらくの間は無傷だ」

 「よし、このまま崩落をつっきる」


 ユウが答えたとたん、

 わたしたちの前方はるか先で、なにかがぱっと光った。

 そして、その光はたちまちわたしたちに迫り、わたしたちはその光を潜り抜ける。


  うおん!


 その瞬間、外部から鈍いうなりが一瞬聞こえた。


 「なにをしたの?」


 ジーナが聞いた。


 「崩落の部分の、がれきや土をすべて分解して、微粒子にしてしまった。

  今の音は、その微粒子の中を列車が通過した音だよ」


 とユウが教えてくれた。

 それからも崩落個所はあったが、すべてこの調子でつっきっていった。


 そのうちに、


   ぶううううんんん


 常に、低い音が聞こえて、列車も振動を続けるようになった。


 「なんか、揺れてるよ」


 ジーナがまた言う。


 「もはや、ここには電力が供給されていない。

  トンネルも真空になっていないので、空気抵抗が激しいのだ。

  アンバランサーの力で車体をうかし、そして空気を排除して進んでいるところだ」


 と、ヴリトラ様が解説する。

 そのままジーナに伝えたが


 「さっぱり、わかんないや」


 ジーナはいっしゅんで理解をあきらめたようすだ。


 「だから、ジーナ、わからないことを、わかろうとする努力がさあ」

 「むりむり。あたしにそれを期待しないで」

 「ジーナ、それはヒトとしてどうなのよ」

 「いいねえ、アンバランサー、君の仲間は。ほんとうに、いいコンビだ」

 「うん、ぼくもそう思うよ」


 そうなんでしょうか?


 数刻ののち。


 「よし、着いた!」


 ルートは幸いなことに、崩落個所は何か所かあったものの、エルフの里のステーションまで完全にとぎれてしまうことはなく、なんとかつながっていたのだ。崩落さえ乗り越えれば、ついにはステーションにたどりつくことができた。

 わたしたちは、列車からとび降りた。

 

 「まだ、ここまで禁呪はたどりついていないようだ」


 ユウがあたりを見回して言う。


 「しかし、迫っているのは確かだな」


 どこかから聞こえる、


  みしり、ぴしり


 という不気味な音と振動がわたしたちにそれを告げている。

 ユウは、ガネーシャ様の護りを首から外すと、それを列車に押し付けた。

 連結された列車の全体が、緑色の光に包まれる。


 「これで、万が一列車が禁呪におおわれても、しばらくは守られるだろう。

  さあ、行こうか」


 ジーナは、イリニスティスを抜いて、話しかけた。


 「イリニスティス、頼むよ。ルシア先生を助けるため、力をかしてね」

 「無論である! 麗しの女帝はこの世界に必要な存在だ」


 ジーナの瞳が、金色に光る。

 わたしも、つえを固く握った。


 「さあ、行くぞ!」

 「ルシア先生、待っててね!」


 わたしたちは、駆け出した。

 「電力の供給」なるものがないので、「えれべーたあ」は動いていない。

 つまりは、ただの階段だ。

 最初は駆けあがっていたが、


 「めんどうだな」


 ユウがつぶやき、わたしたちのからだは、ふわっと浮いた。

 ダンジョンの時と同じだ。

 空を飛び、いっきにステーションを出口にむかって上昇していく。


 「あっ」


 ステーションの出口まで来た。

 わたしたちはそこで着地する。

 おそらく、この先に進めば、エルフの里の集会場があるのだろう。

 しかし、わたしたちの目の前では、例の、不気味に揺れる禁呪の壁が、行く手をふさいでいた。


 「もう、ここまで、きているか……」


 ヴリトラ様の声がした。


 霧の上を黒い呪文がずるずると流れている。


 「ライラ、ジーナ、ぼくにふれて。そして、離れないで」


 ユウが言い、わたしたちは、ユウの服のすそを、ぎゅっとつかむ。


 「ぼくとつながっていれば、大丈夫だから」


 そうして、わたしたちはその禁呪の霧に踏み込んでいったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る