その人は、初めての町でお金を両替する。
乗り物は、何の反動もなく、ふっと静かに止まった。
ユウが言うところの、「すてーしょん」に着いたのだ。
わたしたちは、ダミニさんに先導されて、ステーションの中を進んでいく。
ステーションの構造は、わたしたちの国のものと、ほぼ、おなじようなつくりになっていた。
おそらく、同じ時期に、同じ人たちがつくったのだろう。
「えすかれいたあ」に乗って、上がっていく。
そして、ステーションの出口まで来ると、まだそこは地下で、石造りの細い階段がその先にも続いていた。ステーションの上には、建物がさらにかぶさっているのかもしれない。
「どんなふうなんだろうなあ、ワクワクするねえ」
とジーナ。
「あんたたち、びっくりするよ、きっと」
とダミニさん。
「お米があるかあ……」
と感慨深げにつぶやく、ユウ。
やがて、階段は終わり、わたしたちは細い通路を進んでいく。
目の前には、複雑な彫刻の掘られた扉があった。
「この、外だよ」
ダミニさんがいって、扉を押し開ける。
まぶしい光が満ちて。
「うわあ!」
地上にでたわたしは、思わず歓声をあげた。
まず、まぶしい。
かっと照りつける、太陽の強い日差しが、世界に満ち満ちている。わたしたちの土地とは日差しの強さが、はっきりとちがうのだ。
そして、赤・青・緑、原色の衣装を身にまとう、浅黒い大勢の人たち。
そこは、南の国の都の、大通りらしく、道幅はとても広いのだが、その広い道を見渡す限り、原色の衣装の人々が埋め尽くしている。この衣装は、この日差しの下でこそふさわしいと気づく。
その、ひといきれがすごい。
大勢の人たちは、なにか特別の行事があって、いっせいにくりだしているのではなさそうだ。
三々五々、思い思いの方向に歩いており、つまりはこれが日常なのだ。
スパイスの香りや、食べ物の焼けるにおい、なにかの甘い匂い、人々の汗の臭いなどがおしよせる。
なにごとか叫ぶ声、笑う声、祈る声、犬の吠える声、鳥の鳴く声、そんな音も入り混じって、わたしたちの耳を打つ。
圧倒される光景だ。
「すごい……いったい、ここには何人の人がいるの……」
ジーナもあぜんとしている。
「うーん、以前、出張で行ったむんばいでこういう光景をみたな……」
とユウがつぶやいた。
「これが、わたしたちの世界さ」
と、ダミニさんが言った。
「さてと」
ダミニさんは、つづけた。
「わたしは、これから、ガネーシャ様の神殿にもどる。
あそこにね」
そういって、ダミニさんが指さす先には……
「うわっ、あれ? あれですか?!」
「ひゃあ、あのキラキラひかってる、あれ?!」
わたしとジーナは度肝をぬかれて、叫んだ。
大通りの果て、わたしたちはこれまで反対方向をみていたので、気づかなかったのだけれど、ダミニさんの指し示す場所をふりかえってみると、そこには、ただでさえ強い太陽の光を浴びてまばゆく輝く、巨大な黄金色の大伽藍が立っていた。
「これはまた、派手な……」
離れたここからでも、その異常な大きさがわかる、ガネーシャ様の大神殿は、何階層にもわたっていて、そして外壁がすべて、神々や魔物、人々や獣や、花や木の彫刻でおおわれ、その全体が金箔をはられているのであろうか燦然と輝いている。
なんというか……感覚が、わたしたちとは根本的にちがう気がした。
「いやー、すごいね。この高さ、へたなこうそうびるくらいありそうだ」
また、ユウが意味不明なことを言っている。
「ありがとう、シンドゥーを出たときは、どうなることかと思ったけど、あんたたちのおかげで無事に帰れたよ。
ここまでくれば、もう、だいじょうぶ」
とダミニさんがお礼を言う。
「わたしは、今から、神殿にもどって、『ガネーシャ様の護り』をお返ししてくる。
あんたたちは、疲れたろうから、今日は、宿でゆっくり休んでおくれ。
それで、明日ガネーシャ様の神殿を正式に訪問してほしいんだ。
そこで、ガネーシャ様からのお告げがあるだろう」
「正式に訪問? 神様の前にでるのに、服とか大丈夫かな? この服しかないよあたし」
「あんたたちは冒険者なんだから、そのかっこうで十分さ。使いをおくるからね、ついてきてくれればいいよ」
「そっか……あっ! でも、今日のお宿とかぜんぜんとってないし」
「安心しな。サラマー、頼むよ」
ダミニさんがそう声をかけると、横に控えていたサラマーが、うなずき、そしておどろいたことに、すっと起き上がった。
つまり、黒豹のすがたのまま、二本足で立ちあがったのだ。
立ち上がった後、頭は豹頭のままだが、手足は形を少し変えて、人を模したものとなった。
「うーむ、この姿は、豹頭の……いや、これは仮面ではないか」
またユウがわけのわからないことを言う。
「今からサラマーが案内してくれるよ、ついていけばいいよ」
「わかりました。それでは、明日うかがいますよ」
「あなたがたにガネーシャ様のご加護がありますように」
そういって、ダミニさん、そして三人の戦士たちもぱっと両手をあわせた。
わたしたちも両手をあわせ、ダミニさんたちは神殿へ、わたしたちはサラマーの後をついて歩きだしたのだった。
サラマーはすたすたと歩いていく。
二本足で歩いていく、黒豹。
その姿をみても、街の人々はなんの反応も見せない。見慣れているのであろう。
むしろ、わたしたちの方に、好奇の視線を向けてくる。
「〇▽◇……」
話しかけてくる人もいるが、なにをいってるのか、当然ながらさっぱりわからない。
「◇▽〇……」
すると、ユウが何事か答える。
「◇◇◇!」
相手がびっくりした顔をする。
「えっ、ユウさん、わかるの?」
「うん、わかるみたい」
「どうして? この国はじめてだよね?」
「たぶん、これもギフトだな……」
どんな言語でも理解し、話すことのできる能力。
この世界に来るにあたって、『司るもの』からユウさんに与えられた、いくつかの
なんというか、便利な話である。
「で、あの人なんて言ってたの?」
「あんたら、どこから来たの? へんな格好だね? っていわれたので、
北の国から来たんだよ、って答えた」
「相手の人、びっくりしてたね」
「うん、北の人をみるのは初めてだってさ」
こっちが向こうを珍しいのと同じに、むこうもこっちを珍しがってるんだ、そう思ったら、なにか可笑しかった。
サラマーが立ち止まった。
一軒の店の前である。
「ここ?」
でも、お宿の雰囲気ではない。
そもそも入り口がない。
道に面した窓口がひとつ、あるだけだ。
「あー、なるほど」
ユウが、看板の文字を見て、言った。
「両替所だよ、ここは」
「そっか、サラマー、すごい!」
ジーナが感心した。
たしかに、わたしたちは、この国のお金をもっていないから、両替しなくてはいけない。
わたしたちは、荷物の中から、いくばくかのお金を出し、それを窓口から両替商に渡した。
ひげをはやした両替商はうなずき、ごそごそやっていたが、やがて、紙の束をだしてきた。これは、ユウが持っていた「しへい」というもののようだ。
「すごいな、この国では紙幣が流通しているんだ。進んでるね」
ユウが驚いていった。
両替商が差し出す紙幣を受け取ろうとすると、横からサラマーが
ガウッ!
と吠えた。
両替商はおびえた顔をして、紙幣の上に、さらに同じくらいの束を乗せた。
そして、サラマーの様子をうかがう。
ガウッ!!
もう一度、サラマーがうなり、さらに束が増えた。
こんどはサラマーはうならず、わたしたちは当初よりおよそ三倍にふえたお金を手にしたのだ。
「えっ? いいの? これどういうこと?」
ジーナが不思議そうに言う。
「おそらく、ぼくらがよそ者で、相場がわからないとみて、かなり少ない金額をよこしてきたんだろうねえ」
ユウが解説する。
「ええーっ? だって、最終的には三倍だよ。ぼりすぎ! あんまりじゃん?」
「そうだねー、よくある話だけど、ちょっとやりすぎかな。だから、サラマーが怒ってくれたんだねえ」
「サラマー、あんたすごいよ、ありがとう!」
ジーナが、サラマーの毛並みをわさわさした。
神さまの使いに、それは気安すぎるよジーナと言いたかったが、サラマーも、ゴロゴロうなり、まんざらでもなさそうだったので、わたしは触れないことにした。
「そうだ、これもためしに出してみよう、どっちみち持ってても、この世界では使えないんだから」
ユウはそういって、前にわたしたちに見せてくれた、ユウの国のお金「しへい」なるものをとりだして、窓口から入れた。
「どうなるかな? まあ、当然、だめだろうな」
しかし、両替商は、まったくなんの動揺も見せず、すっとお金をひきこむと、ごそごそして、なかから両替したお札の束を取り出して渡してきた。
「えっ? ごせんえんさつが、ここで両替できるの?!」
さすがのユウも驚いている。
「どうして? なんで?? いったいどういうわけ???」
ユウにもわからないことがあるようだ。そんなふうに驚くユウをみると、わたしはなんだか幸せな気持ちになるのだった。
無事、両替も済み、この地のお金を手に入れたわたしたちは、サラマーの案内で
そこは、しゃれた感じの、きれいな旅館だった。
わたしもジーナも満足して、ウキウキしながら、お部屋に案内してもらって、そこではっと気が付く。
「「「あっ? えっ? これって、全員で同じ部屋?!」」」
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