その人は、手品が好きだった。

 「ど、ど、どういうこと?」


 三人一部屋という事態に、わたしは動揺していった。


 「○△□?」


 ユウが、旅籠はたごの主人に、何事か話しかける。


 「□○△……」


 主人が困ったように言う。

 ユウと主人はなんどかやりとりしたが、


 「だめみたいだ……」

 「どうなったの?!」

 「部屋を分けられないか、聞いてみたけど。

  他の部屋は、もうひとつも空いてないそうだよ」


 ユウは首をふって、


 「これは、他の宿をさがすしかないか……」


 すると、ジーナが


 「ええ? いいじゃんここで! 素敵な部屋だし、ユウがいっしょでも、あたしはぜんぜんかまわないよ。というか、どっちかというと、その方がいいな」


  呑気なことを言う。


 「そんな……」

 「ライラはいやなの? ユウと同じ部屋でさあ」

 「い、いやじゃないけど、それは、どちらかというというと、うれしいかもしれないけど、でもそれはちょっと、なんというか……さすがに、ちょっと……それは、ねえ……?」

 「ならいいじゃん! 今から他の宿さがすのもさあ」


 サラマーをわさわさしながら


 「それに、せっかくサラマーが案内してくれたのに、気を悪くするよ!」


  ガウーッ。


  サラマーが、悲しげに吠える。


 「ユウさん、ユウさんはどうなの? あたしたちといっしょは嫌なの?」


  ジーナが、ぐいぐい迫る。


 「いや……別に、いやではないんだけど……でも、いいのかなぁ」

 「もう、はっきりしないなあ……わかりました、わたしが決めます!

  おじさん、あたしたち、この部屋できめました!」

 「あんた、おじさんには通じてないよ」

 「あっ、そうか、ユウさん通訳して」


 「○△□……」


 主人は、にこりとうなずいた。


 「ジーナ、あんた、なんだかルシア先生に行動が似てきたよ」

 「いいのよ、師匠だから。

  ユウさん、ルシア先生には、このことは、わたしが事情をちゃんと説明しておくから安心してください」

 「ちょっとジーナ、だから、あんたまた何を言い出すのよ、もう!!」


 ……というわけで、わたしたちのお宿は決定してしまったのです。




 夕食までは間があるので、せっかくだから、街を散策しようということになった。


 「ほんとに、すごいなあ、この人の波は」


 つねに、通りには人が満ちている。

 わたしたちの土地とは大違いだ。

 人間の数が生み出す、底知れぬ活気を感じる。


 「あっ、あれはたぶんお菓子だよ!」


 ジーナが指差す。

 みると、離れたここにまで、甘い匂いの漂ってくる屋台がある。


 「行こうよ!」


 という前からジーナは駆け出している。

 確かにそれはお菓子であろう。

 わたしたちの目の前で、屋台のお兄さんは、パンの生地のようなものを、細い渦巻型にして、ぷつぷつと沸騰する油でカリッと揚げた。

 二度、三度、油を切ったそれを、こんどは、おそらくシロップと思われる、トロッとした紫色の液体に、どっぷりと浸けた。

 じゅうぶんシロップが染み込んだところで取り出し、砂糖なのかスパイスなのか、色とりどりの粒を振りかけて、できあがりだ。


 「食べよう! ユウさん、これ買って! すぐ買って!!」


 騒ぐジーナは、まるで子供である。


 「○△□」


 お兄さんは、そのお菓子を、大きな葉の上に盛って、渡してくれる。作りたて、熱々だ。


 「うーん、美味しそうな匂いだ!」


 ジーナは、ひとつ手にして、口に放りこむ。


 「ん! ん! んーん!!」


 目をまるくした、ジーナの口から、うめき声がもれる。


 「どうしたの? 美味しくないの?」

 「あ、甘ーい! めちゃめちゃ甘い! すごいよこれ、ライラ、早く食べてみて!!」


 ジーナは興奮して、勧めてくる。


 「どれどれ」


 わたしもひとつ、口に入れた。


 「うわっ! こ、これって?」


 衝撃的な甘さである。あまりの甘さで、頭の芯が痺れそうだ。

 なんというか、この国は、びっくりさせられることがいっぱいだ。


 「うーん、これはすごい。間違いなく虫歯になるな……」


 ユウもつぶやいている。

 でも、とても美味しくて、わたしとジーナで、完食してしまったのだ。


 その後も、お菓子らしいものを見かけるたびに、ジーナが「あれ買って」と騒ぎ、わたしたちは味見をしていったのだが、すべてが激甘であった。

 やはりこの国は、なにか感覚が、根本的に違っている。

 まあ、とても、美味しいんだけど。


 「あっ、あれ見よう!」


 こんどは、ユウが声を上げた。

 そこでは、頭に布を巻いた老人が、むしろの上に胡座をかいて座っている。

 老人の前には、金属製のカップが三つ並べてある。それぞれのカップの前には、丸くてしわしわのケルミの実が、ひとつずつ置いてあった。

 わたしたちは、老人の前に陣取った。


 「これなに? どうなるの?」


 ジーナがユウに聞く。


 「まあ、見ててごらん」


 老人は、わたしたちの顔を一人一人見て、おもむろに、カップを傾けて、その下にケルミを入れていく。

 黒く塗った木の棒を右手でもって、カップを、チン、チン、チンと叩く。

 そして、いちばん端のカップを持ち上げると


 「あっ!」


 入っているはずのケルミの実が消えているのだった。


 「ない! ケルミどこいったの?」


 そのケルミの実は、いつのまにか二つ目のカップに移動し、二つ目のカップから、二つのケルミの実があらわれた。


 目を丸くするジーナを見て、老人はニヤリ笑い、自由自在にケルミの実を、カップから出したり、消したりした。あるときは、重ねたカップをすりぬけ、あるときは、一つのカップにいつの間にか全部が集合し……その度にジーナは、ほうっと声を出して、驚くのだった。


 最後に老人が、カップを全部重ねて、ひょいとまとめて持ち上げると、


  コロン


 カップの下から大きな黄色のシモンの果実が現れた。


 「うわーっ、すごい、すごい!」


 ジーナは手を叩いて大喜びだ。


 「○△□……」


 老人がわたしたちに何かいい、笑った。


 「ユウさん、この人、なんていってるの?」

 「うん、ジーナの反応がよくて、一つ一つびっくりしてくれるので、やりがいがあったってさ」

 「でも、不思議だなあ、あれって魔法なの?」

 「ちがうわ、ジーナ」


 わたしは言った。


 「あの人に、魔力の気配はまったくないよ。信じられないけど、あれは魔法じゃない」

 「ええーっ? じゃあ、なんなの? あんなの魔法としか思えないよ」

 「うん、魔法じゃない」


 と、ユウも言った。


 「あれは、技術だよ。手の動きだけでやってるんだよ」

 「そうなの? じゃあ、あの人は魔法使いじゃないんだ…」

 「ぼくらの国では、っていわれている手品だね。それにしても」


 と、ユウは例によってわからないことをいう。


 「ジーナはすなおなんで、に簡単に引っかかるなあ。ジーナの動体視力なら、その気になれば、あのケルミの実の動きは、ぜんぶ見えてるはずなんだけどなあ……」


  みすでぃれくしょん?


 説明してもらおうと思ったら、ユウがまた、次のものをみつけたようだ。


 「あっ、あの人も魔力をつかってないな。あれ? でもあれは……ひょっとして?」


 興奮して、ずんずん歩いていってしまった。

 わたしとジーナはあわててついていく。


 「ユウさん、こういうの好きだね」


 ジーナが言った。


 「なんかさあ、子どもが喜ぶようなものが好きだよね、ユウさんって。笑っちゃうね」


  ジーナ、それはあんたも同じだと思うよ……。



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