その人は、神の意図について語る。

 「やはり、すべてはヴリトラさまの働きだったか……」


 南に向かって快調に走りづける乗り物の中で、ダミニさんが言った。


 「あれはない、あれはないよ……」


 と、わたしはぼやいた。


 「ユウさんも、ああいうことがあったからといって、安易に喜んではいけませんよ」


 ユウが苦笑して、


 「いや、喜ぶとか、べつにそういうことは……」


 ジーナが、ユウに言う。


 「そうだよ、ユウさん。だめだよ、ユウさんには、ルシア先生がいるんだし」

 「ちょっとジーナ、あんたいきなり何を言い出すのよ!」

 「でもライラ、ユウさん、ルシア先生と雰囲気いいよ。お似合いだし」

 「それはそうだけど! それはそうだけどさ……」

 「あんたたち、さっきから、いったい何の話をしているんだ?」


 ダミニさんが、あきれていった。

 それは、そうなんですけどね。

 でもこれは、大きな問題であるのです。

 ダミニさんが、改めて、わたしに聞いた。


 「ライラ、それで、ヴリトラ神さまは、あんたをさらって、結局なにをしたかったということなのかね?」

 「ヴリトラ神さまは、アンバランサーとしてのユウさんに、確かめたいことがあるって言ってました」

 「ふーむ? で、何を確かめたかったと?」

 「それが……」


 わたしも困ってしまった。


 「わたしもよくわからないんです。ユウさんがこの世界にいる意味、ユウさんがこの世界にいることで、ユウさんと世界がどうなっていくのか? それをわかっているか?としきりに聞いていたと思います」

 「あたしは、どっちみち、なにいってるのかよくわからないから、最初からなにも聞いてないや」

 「ジーナ、あんたねえ、だからたまには頭を使ってくださいよ」

 「でもねえライラ、そういうのは、あたし、あんまり向いてないと思うんだ」

 「努力を放棄してはいけません!」

 「やれやれ……」


 ダミニさんは、わたしたちに聞くのはあきらめて、


 「で、ユウさん、あんたはどうなの? あんたはヴリトラ神さまの言うことはわかったのかい?」

 「うーん……」


 ユウはうなった。


 「まあ、たぶん、だいたい……」

 「わかったんだ! すごいねえ、ユウさん」

 「ジーナ、あんたさあ、すごいとしかいわないじゃん、最近」

 「ライラ、あんた、今日はあたしに妙につっかかるねえ」

 「なにいってるのよ。これがふつうです!」

 「ちょっと、あんたたちは少し黙っていなさい!」


 ダミニさんが怒った。


 「ユウさん、この二人は放っておいて、どういうことなのか聞かせてもらえるかい?」

 「んー……たぶんだけどね、ぼくは外の世界からきたけど、今はこの世界にいるってこと」

 「いや、ますますわからないよ」


 とジーナ。


 「なんていうかなあ……もともとぼくは、この世界とは何の関係もなかったんだけど、こうしてやってきて、ライラや、ジーナや、ルシアさんやそうした人と知り合って、いっしょに行動しているから……」

 「うん、いっしょだね、楽しいね」

 「だからもう、ぼくはこの世界と無関係ではないってことだね。ぼくは、この世界の一部になっている、それがわかっているか、ってヴリトラ神さまは確認したかったんじゃないかなあ」

 「……なんかよくわからないけど、当たり前のことじゃん。ユウはここにいるんだから」


 ユウのその言葉をきいて、わたしは、


 「わたしは、すこしわかるような気がする……」

 「えっ、ライラ、すごいじゃん。どういうこと?」

 「つまり、ユウさんはもうこの世界の中にいるから、この世界とは無関係ではないから、この世界にたいして、責任を持たなくてはいけない。この世界で、その力をふるって、自分のしようとすることに責任を取るつもり、覚悟があるか? ってことなんじゃないかな……」

 「ん? 責任て?」

 「たとえば、何でもできるような力のある旅人が、その長い旅の途中で、ある街に一日だけ立寄って、そのあともう二度とその街には戻らないとしたら、あとは野となれって、したいほうだい、好き勝手なことを、思うままにしてしまうかもしれないじゃない」

 「ユウさんはそんなことしないよ!」

 「うん、ユウさんはそんなこと絶対にしない。わたしたちは、ずっとユウさんと一緒にいるから、そんなことくらい、いうまでもなく分かるけど……」

 「あの神様はそれを自分で確かめたかったってこと?」

 「そうなんじゃないかなあ……」

 「あれで、それが確かめられるのかなあ。ライラが用足ししているところを攫ってさあ?」

 「それはいいって!」

 「でも、それで、けっきょくヴリトラ神様は、ユウさんになっとくしたのかな?」


 と、ジーナがいい、

 ユウが、考えながら答えた。


 「そうだなあ、……まあ、すくなくとも敵方にはまわらないと思うんだけど……」

 「そりゃあそうだよね、最後、あんなふうだったしさぁ」


 いや、ジーナ、あんなふうだからって、簡単に安心してはいけない。

 ヴリトラ様は、神様だけあって、やっぱり、おっかないよ。ニコニコしてても、何をしでかすかわからないよ。

 そう思ったとたん


 (なに、それほどぞ、わたしは)


 頭の中に声がした。


 「うわっ!」

 「どうしたの、ライラ?」


 ダミニさんが


 「む? 今、なにか、濃厚な神の気配が……?」


 と、あたりをうかがう。

 サラマーも、牙をむき、うなり声を上げている。


 「あの……まだ、わたし、ヴリトラ様とつながってるみたい……」

 「えーっ?」


 ジーナがおどろいて


 「べつに、ライラに管はつながってないけど?」


 (管は無くても、君がこの南の国にいる間は、わたしの眼のとどくところにいるってことだよ。ふふふ……)


 ヴリトラ神さまの声が頭に響いた。


 「うーん、ライラ、ヴリトラ神さまにずいぶん気に入られちゃったねえ……」


 ユウが笑った。


 「やめてください!」


 (そうじゃけんにするな、娘よ)


 ああ、なんでわたしばっかりこんなことに……。


 (みどころがあるからだよ……ふふふ。まあ、いつも見られていては、気が休まらないだろうからね、いったん、わたしはおいとまするよ。ではな、ライラ……)


 そういって、ヴリトラ神様の気配は消えていった。


 「はあ……」


 わたしは、がっくり疲れて、ふかふかの座席に沈み込むのだった。

 ヴリトラ神さまがいきなり話しかけてきたこの騒ぎで、わたしは、あのとき、ヴリトラ神さまがユウにたずねた、もうひとつのことについて完全に失念していた。ヴリトラ神さまは、ユウがこの世界にいることで、この世界に何が起こるか、わかっているかと聞いたのだ。それはつまり、ユウがこの世界にいることで、この世界が変わるということだけでなく、ということを意味する。それはなんなのか、そしてユウ自身はそのことをわかっているのか、これをこのとき、ユウに尋ねることができるのは、わたしだけだったのに……。


 やがて、


 「ユウさんが力を使ってくれてから、列車の進みもはやいねえ。もうじき、終点だよ」


 と、ダミニさんが告げた。


 「みんな、わたしたちの国シンドゥーにようこそ!」

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