その人は、ライラのために駆けつける! (ジーナ)
「ライラ……? ね、ライラ、どうしたの?」
あたしは、隣の小部屋に呼びかけたが、ライラの返事はない。
さっきまで、うおしゅれっとの良さを二人で語っていたのに、急にライラから返事がなくなっちゃったのだ。
「ライラ! あんた、だいじょうぶ?」
「……」
大声を上げても、返事はない。
「ライラ? 冗談はやめてよ?」
仕切りの壁を、どん、と叩いてみた。
カサリ、コトリ。
小さな音がしたが、ライラは相変わらず
「……」
無言である。
「ライラ、いったい、どうしちゃったのよお」
あたしは自分の部屋を出て、ライラの個室の前に立つ。
ドンドンドン!
ライラがいるはずの個室を激しくノックするも、動きはない。
ドアの下の部分に隙間があった。
あたしは、床にひざをついて、その隙間をのぞいてみた。
ライラの白い両足が見える。
「いるじゃん」
でも、なんかへんだ。
じっとみて、違和感に気づいた。
その両足は、二本とも、床についていない。
そして、そのぶらんと浮かんだ、ライラの両足の周りにみえる、茶色の、なにかもじゃもじゃした何本ものが、もぞりと動いて…
ばあん!
突然ドアがはじけるように開いて、あたしはのぞき込んでいたおでこを強打した。
「いたたたた…ライラ、ひどいよ」
尻もちをつき、おでこをおさえて、うめくあたしの前に、ライラの顔が、ぬっと突き出される。
「ラ、ライラ?」
ライラの目は、開いてはいるけど、うつろで、何も見ていない。
顔色も真っ青だ。
ガサガサガサ!
そんな音がひびき、
「ひぃいいいい?!」
あたしは尻もちのまま、あとずさりした。
「く、蜘蛛?」
茶色のもじゃもじゃの足が何本もある、ばかでかい蜘蛛のような怪物。
その怪物が、いくつかの足で、胸にライラを抱きかかえるようにして、個室から現れたのだ!
ライラは蜘蛛の毒にやられたのか、視線は合わず、手足もだらんとしていて、なんの抵抗もしない。
あたしを見下ろす怪物の、無表情な五つの複眼が、赤く光っていた。
「くそっ、こいつ! ライラを放せ!」
あたしが気を取り直して、はねおき、イリニスティスを構えるよりもはやく、
ガサガサガサガサガサガサガサ!
蜘蛛の怪物はライラを抱えたまま、何本あるかわからない足を交互に動かし、猛烈な速さで走り去っていく。
「あっ、待てーっ!」
あたしも後を追って駆けだした。
しかし、蜘蛛の足はとうてい追いつける速さではなく、崩落したがれきの山があってもまったく速さを落とさずに乗り越えていった。
がれきの向こうの暗いトンネルの中に、あっというまにライラを抱えた怪物の姿は消えてしまった。
「たいへんだ!! ユウさーん!! ダミニさーん!」
あたしは大声で助けを求めた。
「どうした?!」
「なんだい? なにがあった?」
叫びに応えて、みんなが駆けよってくる。
「ライラが、攫われました! なんか蜘蛛みたいな怪物が! 中に潜んでたみたいで!」
わたしは必死でうったえた。
「蜘蛛だって?」
わたしの言葉をきいたダミニさんが
「ヴリトラ神のしもべか?」
と声に出す。
「ヴリトラ神?」
「そう、ガネーシャ様と同じように、わたしたち南の国の神のひと
ヴリトラ神は、蛇と蜘蛛をその眷属として、従えているんだよ」
「なんで、そのヴリトラ神が、ライラをさらうんですか? 神様なんでしょ? ひどいじゃん」
ダミニさんが残念そうに
「ガネーシャ様との間には、以前から見解の相違があってねえ……」
「ケンカイのソウイ? なにかよくわからないけど」
あたしは、ライラが連れ去られたトンネルを指さし、
「とにかく、急いで助けないと。ライラが食べられちゃうよ!」
そういっているあいだにも、ライラが心配で、涙が出てきた。
「もう、だいぶ毒に、やられてたみたいだし……ライラあ……こんなところで、あたしと用足ししてて、死んじゃうなんてあんまりだ……ひどいよ……」
ライラがかわいそうで、あたしが泣きだすと、
「娘ハ、マダ、無事ダ……」
突然、しゅうしゅうと息を吐くような音とともに、声が聞こえてきた。
あたしたちが声のした方を見ると、がれきの山の前に、一匹の蛇が、鎌首をもちあげて、こちらを見ていた。蛇の頭は平らに大きく張り出して、目玉のような毒々しい模様を見せている。明らかに毒蛇だ。
蛇のピンクの舌がチロチロと動き、
「娘ヲ返シテホシケレバ、ツイテコイ」
「あっ、この蛇、しゃべった!」
「お前は、ヴリトラ神の使いだな……」
ユウさんが言った。
「そちらの望みはなんだ?」
「あんばらんさあト少シ、話ガシタイダケダ。サア、コチラニクルノダ。……モットモ」
表情のない蛇が、そのとき、たしかに笑ったような気がした。
「ソノ前ニ、イロイロ、君ヲ試サセテモラウガ、ナ……」
そう言うと、蛇はくるりと向きをかえ、するするとがれきを乗り越えて、トンネルの奥に消えていく。
「ユウさん!」
わたしがユウさんの名を呼び、ユウさんはがれきに指を向ける。
ドウン!
ユウさんが指を鳴らすと、進路をふさいでいた大量のがれきがすべて、はじけとんだ。
土埃が舞い上がり、からからと音を立て、がれきのかけらがあたりに落ちてくる。
目の前にはぽっかりと、暗いトンネルの入り口が開いた。
「うん、ジーナ、それでは、二人でライラを助けに行くとしようか」
その口調は、やっぱり、いつものユウさんだった。
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