その人は、弾丸列車に大興奮する。

 「「うぇえええええ!」」


 やっぱりこうなった。

 わたしとジーナは、その乗り物が停止するやいなや、●▲の部屋に駆け込む羽目になったのだ。



 銀色の、蛇の卵をひきのばしたような、つるっとしたそれが、乗り物といわれても、なかなかぴんとはこない。

 だって、そうでしょう。

 わたしたちの知っている乗り物といえば、陸上では、馬車であり(もっとも、それを曳くのは魔物の場合もあるけれど)、水の上では、船である。船であれば、帆を張って風の力で進むか、人が櫓を漕いで進むかだ。大魔導士なら、シーホースのような海魔に船を曳かせることができる可能性もあるが。

 この銀色のものには、馬車のような車輪もなければ、船のような帆もない、それを曳くものもみあたらない。

 とにかく、目の前にあるこれは、わたしたちの想像を絶したものなのだ。


 ダミニさんが、ガネーシャ様の護りをかざすと、ここに来た時と同じように、その銀色の乗り物の、つるっとした車体の一部がスッと左右に分かれて、入口ができた。

 中には細い通路があって、その先には、人一人分くらいの大きさの扉があり、わたしたちの前でその扉は手もふれないのに自然に開いた。

 扉の奥には座席が並んでいた。

 何でできているのかわからないけど、ふかふかした材質の、背もたれと肘掛のある椅子らしいものが、横に四人ずつ座れるように設けられている。

 乗り物のいちばん先頭の部分は、全面が大きな透明の板になっていて、これからこの乗り物が進んでいく、大きなトンネルが見えている。


 「あれ?」


 わたしは不思議に思った。

 外から見た時は、この乗り物は全体に銀色で、前部にこんな透明の部分なんかなかったけど……

 そのことを言うと、ユウが


 「うん、ライラはやっぱり観察力があるね。こうして見えているのは、実際には窓があるわけではなく、外部の映像を、に投影しているわけだね」


 説明してくれるが、けっきょくなんだかよくわからない。


 「全員着席だよ」


 ダミニさんが声をかけ、最前列に、ダミニさん、ユウ、わたし、ジーナが座る。

 三人の戦士は、わたしたちの後ろの席に座った。

 座ったとたんに、ふかふかの座席が自然に形を変えて、わたしたちの体を完全に包みこんだ。

 身体も手足も、ぜんぶが埋まって、顔だけが、ふかふかから出ている感じになる。


 「ほう、か? なかなかの安全装置だね」


 何を言っているのか、わからなさ全開だ。ただ、「安全装置」という言葉には、わけもなくわたしの不安をかきたてる、何かがあるのですが……。

 使い魔の魔犬は、ダミニさんの足元に丸くなった。

 そうすると、そこで、まるで座席が形をかえたように、むくむくと様子が変わり、魔犬は手足のない黒いかたまりとなって、ダミニさんの足元の空間を埋めた。

 それを見てユウが


 「おっ、?」


 とつぶやく。


 「うん?」


 ダミニさんが、それを聞きつけて、


 「こいつの名は、サラマーって言うんだ。頼りになる、忠実なやつだよ」


 と答える。

 ユウはにっこりして、


 「ああ、そうなんですね。よく似たものを、向こうの世界で知っているので……」

 「ほお……」


 とダミニさんが興味深げに言う。


 「アンバランサー、あんたの世界にもこんな使い魔がいるのかい?」

 「いや、現実にではなくて、ぼくたちの世界での、物語の中に。それは、ふだんは黒豹の姿をしてるんですよ。の忠実なしもべなんですよ。とても有能で、かっこいいやつです」

 「ふうん……」


 そう言葉をかえすが、おそらく、ダミニさんも、「ばびるにせい」とやらがなんなのか、多分わかっていないのではないかと思う。もちろん、わたしたちもさっぱりわからない。

 この話をサラマーも聞いていたのか、黒いかたまりのなかで、目がきょろりと動いた。


 「さて、そろそろ出発するよ、準備はいいかな?」

 「準備?」

 「けっこう揺れるからねー」

 「なのにゆれますか?」


 ユウが不思議そうに聞く


 「もうしわけないね……たぶん、本来はもっと乗り心地が良かったんだとは思うんだけどね、その辺の調整法がわからない。今、わたしたちにできるのは、目的地まで、ひたすらことだけさ。もちろん、途中、なんどか休憩を挟むけどね」

 「なるほど、完全にを制御できてるわけではないんだ。路線は、今、何本生き残っていますか?」

 「完全に生きているのは、ここからわたしたちの国までの一路線だけだね。あと、部分的に動くのが、三つくらい。何しろ、わたしたちの技術では直しようもないからねえ……さっ、そろそろ行こうか。みんな、舌を噛まないようにね、しゅっぱーつ!」


 「どわぁああああ!!!!」

 「うわああああああ!!!!」


 次の瞬間、何のまえぶれもなく、乗り物は猛烈な勢いで突進を開始した!

 わたしたちの身体は、すごい力でうしろに押しつけられた。

 トンネルの壁面は目で追えない速さで後ろに流れていく。


「うわぁ! すごいすごい、この加速度はいったいあるんだろう? まさに、究極の?」


 ユウは、一人ではしゃいでいるが、わたしたちはそれどころではない。

 進路が曲がるたびに、身体は思いっきりふりまわされ、


 「ぐぅぅ……これ、やっぱりユウさんのアレといっしょじゃん……!」


 ジーナがうめいている。


 「気持ち、わるいよう……!」

 「助けて……!」


 そして……


 「はい、お疲れさん、ちょっと休憩だよ」


 乗り物がとまり、座席から解放され、ふらふらと外に出たわたしたちは、


 「ライラ、あ、そ、こ……あそこに……」

 「い、いそごう……」


 二人で、●▲の部屋に駆け込んだのだった。


 「「うぇええええ!」」


 わたしたちは、休憩のたびにそんなことになっていたのだが、何度もこれをくりかえすうちに、わたしははっと気がついた。

 それは、


 「これって、ひょっとして、ユウさんならなんとかできるんじゃないの?」


 ということだ。

 気を失いそうになりながらもがんばった、わたしの観察によれば、この、わたしたちが振り回される感じは、速さを変えたり、向きをかえたり、そういうときに大きくなる。

 以前ダンジョンでわたしたちが縦穴にとびおりたときに、床にぶつかる寸前に、ユウの力でふわりと速度を変えて、何事もなかったように着地したことを思いだす。

 あれと同じことを、ここでもできないだろうか?

 それとも、ユウの力を持ってしても、それはものすごくたいへんなことで、無茶なお願いなんだろうか?

 わたしがおずおずと、ユウにこのことを提案してみると


 「すごい、すごいね、ライラ。よく気がついた。ライラの思考力は、ほんとにたいしたもんだね」


 わたしは確認した。


 「できるの?」

 「うん、できる」


 ユウはあっさり答えた。


 「ちょっと慣性を消せばいいだけだから、かんたんなことだね」

 「ユウさん?!」


 わたしは、あまりのことにカッとなって言った。


 「かんたんにできるなら、最初からやってくださいよ!!」

 「そうだよ、ユウさん、ひどいよ!!」


 ジーナも憤慨する。


 「あはは」


 ユウが頭をかいて、笑う。


 「ごめんごめん、いや、ぼく、大好きなんで……」


 意味不明の言い訳をするのだった。


 それからは、嘘みたいに快適だった。

 ユウがその力を発揮してからは、加速時も、方向を変えるときも、乗り物はまったくゆれず、凪いだ水の上を滑るように進んでいく。


 「うわあ、なんなのこの気持ちよさ! これならいくらでも乗っていられるよ!」


 ジーナが感嘆の声をもらす。


 「ほう! これはすごいね」


 ダミニさんも驚いている。


 「たぶん、完全に機能していれば、本来こういう乗り心地のものだと思いますよ」


 とユウが、さらりと解説した。

 だから、ユウさん、それがわかっているなら最初からやってください、って!

 わたしは、憤懣やるかたないよ。

 わたしたちの、何回かの「うぇえええええ!」は何だったのか。



 ユウへの憤懣はさておき、これなら気持ちよくくつろいでいるうちに南の国につけるなあ、と安心していたのだが、やはり、世の中はそう甘くはなかった。


 快適な旅となって何度目かの休憩のとき。

 わたしとジーナは、例によって●▲の部屋で、並んで用を足していた。


 「ねえ、ライラ」


 となりの小部屋から、ジーナが言う。


 「なによ、ジーナ」

 「この、ってやつ、最初はビックリしたけど、慣れるとなかなか、いいもんだね……」

 「うーん、そうだねぇ」


 そう返事したとき、わたしのうなじのあたりに、チクリと痛みが走り、


 「あ……ぁ……?」


 とたんに、わたしの目の前が真っ暗になり


 「超古代文明すごいなぁ……わたしたちの孤児院にも、このうぉしゅ……」


 のんきに話し続けるジーナの声がどんどん遠くなっていき、

 わたしは声も出せなくなり、

 からだも動かせず、

 そして、わたしは、なにも分からなくなってしまった……

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