その人は、エルフ族の呪いについて語る。

 ガネーシャ様の護りが取り外されることで、ダンジョンはすっかり常態に復帰した。

 もはや鳴動もなく、もちろん階層の乱れもない。

 今回の騒動で死んだ魔物たちも、落ち着いたダンジョンコアの魔力によって、秩序をもって生み出されていくだろう。


 「さて、それでは、これからのことだ」


 わたしたちは、ダンジョンボスの間で、話し合いを始めた。

 そこにいるのは、

 このダンジョンの主である、竜王カレバン。

 ルシア先生、サバンさん、『雷の女帝のしもべ』である、わたし、ジーナ、そしてユウ。(俺もしもべだぞ、とサバンさんは言いそう)

 南から来た人たち。

 おばあさんの名は、ダミニと言った。

 南の神殿で、主神ガネーシャ様に仕える巫女であるという。

 黒犬はダミニさんの使い魔であり、

 そして、三人の戦士たち、シン、ランカー、アゴン。

 最後に、エルフのメイガス魔導師。

 メイガス魔導師は、かつてルシア先生の導師だったらしい。

 彼は、この状況で、現時点での抵抗はむだであると理解しているためか、大人しくしている。

 南の戦士たちは、魔導師に対する敵意を隠そうともしない。槍を手に、厳しい顔で、ずっとにらみつけている。魔犬も牙をむいて、威嚇する。

 今は、ダミニさんの首には、ガネーシャ様の護りがかけられ、輝きを放っていた。


 「魔導師メイガスよ、この件、どう申し開きをするつもりだ……」


 術が解け、からだの自由をとりもどした竜王が問いただした。


 「お主の行動は、許されるものではない。

  南の神殿から、ガネーシャの護りを盗み出し、その力を借りて、このダンジョンを消し去ろうとした。

  そうすることで、このダンジョンの持つ全呪力をお主らの本拠地に転送しようとしたな」


 メイガス魔導師は、静かに答えた。


 「……弁解するつもりはない。われわれの行動を他の種族が認められないのは承知だ」

 「ふざけるな!」


 戦士シンが吐き捨てた。


 「いつもいつも、おまえたちエルフはそういうことだから……」

 「ほかの種族?」


 竜王は皮肉をにじませて、言った。


 「ルシアはエルフではないのか? ルシアもお主には賛同しておらぬぞ」

 「ルシアは……ルシアは昔から、そうだったな」


 メイガスはつぶやいた。


 「だから、ルシアはわたしのもとを離れた。大きな才能をもちながら、エルフの里を去ったのだ」


 その口調には、意外なさびしさがふくまれていた。

 竜王が問いつめる。


 「しかし、なぜだ? なにをもくろんだ? おそらく、三百年前にお主らが行おうとした禁呪に関係があるとは思うが……」

 「……それをいうことはできぬ」


 メイガス魔導師は、横を向いて口をかたくつぐんだ。


 「それは、わたしが、説明しましょう」


 そういったのは、ルシア先生だ。


 「ルシア、それをいってはならぬ!」

 「いいえ、言います、これはエルフ族だけのことではない」


 ルシア先生は、つづけた。


 「エルフ族は長命です。おそらく、ドラゴンと同じくらいに。でも、けっして不死ではない」

 「それが、生きるものの道理だ。われわれ竜族とて、いつかは死ぬ。おそらくアンデッドでさえも、悠久の時間のうちには……」

 「でも、そのことに我慢できなかったエルフの長老たちが、禁じられた魔法をつかいました」

 「禁じられた魔法……」

 「いってはならぬぞ! それを言うと、エルフは世界を敵に回す羽目になるぞ、ルシア」


 ルシア先生は、メイガス魔導師に鋭い視線をむけ、続けた。


 「エルフは、この世界の動きを止めようとした。

  変化をうまない、循環する時間と空間に、この世界を落とし込もうとしたのです」

 「……失敗だった」


 メイガス魔導師がつぶやいた。


 「エルフの最高の魔力をもってしても……」

 「禁じられた魔法は失敗しました。そもそも、そのようなことができるはずはない。世界は止まらなかった。たしかにいっしゅんだけ、止まりそうになったけど、止まらなかった。そして、魔法の代償として、エルフ族は大きなものを失った……」

 「失ったものとは?」

 「ルシア、お前は今、エルフ族の禁忌にふれている。それを明らかにすることは、死に値するぞ、ルシア」


 慌てて大声をあげるメイガス魔導師にかまわず、ルシア先生は、静かに言った。


 「その禁呪は、世界をとめられなかった。しかし、その反動が、エルフ族に大きな影響をおよぼした。世界は今まで通りの歩みをつづけ、反対に、エルフ族が、変化する力をうしなった。その魔法以来、エルフ族は、この世に新しく一人も生まれていないのです」

 「……エルフ族は、魔法の結果として、固定されてしまったということか……しかし、それは、エルフ族の望んだことではないのか? 一人も生まれず、一人も死なず、完全に均衡をたもって、そのままの状態が続くのであれば……それをのぞんだのであろう?」


 「それが、そうではなかった!」


 メイガス魔導士がとつぜんうめいた。


 「われわれは、不死にはならなかった! 禁呪のあとも、やはり、エルフは死んでいく。

  さらに、恐ろしいことが判明して、われわれは恐慌状態になった。

  死なないどころか、いま生きているエルフの寿命が、徐々に短くなっていることがわかったのだ……」


 メイガス魔道士が悲痛な声をあげた。


 「これが、禁じられた魔法を使った報いなのか? 大いなる力からわれわれに下された罰なのか?……このままでは、エルフ族はこの世界から消滅するのだ!……われわれの寿命は長いから、明日明後日のことではないが、このままの状態がつづけば、先は見えている」

 「そうか、それで、エルフの子どもをみないのか……」


 サバンさんがつぶやいた。


 「俺は、エルフの里で大事に育てられているからだと思っていたのだが……」

 「はあ……それじゃあ、まるで、ふんだりけったりじゃん……」


 とジーナ。


 「なるほど……」


 と竜王が、深い声で言った。


 「自業自得とはいえ、エルフの運命には同情しよう。

  しかし、それとこのこととはどういう関係があるのだ?」

 「もういちど、やるのだ!」


 メイガス魔導師は力をこめて言った。


 「前はうまくいかなかったが、今回はきっと成功する。

  前回は魔力が足りなかった。

  われわれエルフの魔力だけでやろうとしたから、失敗したのだ。

  今回は、この世界の魔力を根こそぎ注ぎこむ。

  ダンジョンは魔力の源だ。

  世界にあるダンジョンの魔力をすべてつぎこめば、きっとうまくいくだろう、エルフ族全体の魔力をはるかに上回る莫大な力で、この世界に働きかけるのだ!」

 「……そういうことか」


 竜王はいった。


 「しかし、それをなした場合、この世界はどうなる? この世界に生きる、ほかの生き物たちはどうなるのだ?」

 「それは……」


 メイガス魔導師はくちごもった。


 「魔法が成功すれば、今のまま、ずっとかわらずに……」

 「成功するという保証はあるのか? お主らは、いちど失敗しているのだ」

 「いや、こんどこそ! そして世界を止める!」

 「その話は、そもそもの前提がまちがっている。変化の中にこそ、生命はあるのだ」


 竜王は断言した。


 「お主のいう世界には、なんの面白味もないぞ」

 「なにもかわらない……そんなのは、ごめんだな」


 サバンさんが言った。


 「せいいっぱい毎日を生きて、死すべき運命の日が来たら、従容として死んでいく。

  それがいのちだろう」

 「そうです。私もそう思います。出会い、別れ、生きて、死ぬ、移ろっていくそのなかにこそ生命の意味があるのです」


 メイガス魔導師はうなずかなかった。


 「若い。若いな……見解と、経験の違いだ。お前たちも、死すべきときが近づいたらわかるだろう」

 「このわしに、若いというか? メイガス。お主の十倍は永く生きておるこのわしに?」


 竜王が鼻で笑った。


 「そもそも、若さの問題ではないぞ。そして、若くても正しい直感はある。年古としふりていても、間違った考えはある。

  それがわからないのは、愚かものだ……」


 じっとこれまでの経緯をきいていたダミニさんも


 「ガネーシャ様も、お主らの考えには同意せぬだろうて。この地では異邦人だが、われわれの教えも、その娘ルシアに近い」

 「ふん」


 魔導師は、ユウを見て


 「アンバランサー、お主はどう考えるのだ? 世界の外からきたお主は。 われわれは間違っているのか?」


 そう呼びかけた。

 みんなの視線が、ユウに集中した。

 ユウは、そこにいるみんなを見回して、そして、静かに言った。


 「……運命は、それぞれの人が自らの決断で切り開くものだと、ぼくは思う。けっしてそれは、ほかからおしつけられて良いものではない……」

 「なにをいいたい?」

 「メイガスさん、あなたがたがやろうとしているのは、まさに、そういうことではないのですか。エルフ族の運命に、ほかのものを、同意なくまきこもうとしているのです。この世界が理不尽に満ちているのは確かだが、あなたがたのしていることは、他人に理不尽を押し付ける行為にすぎない。

  ——ぼくには、少なくとも、それは認められない」

 「では、われわれは大人しく滅べと言うのか?! お主にそれを決める権利などないぞ!」

 「ユウさんにはその権利はないかもしれないけれど……わたしたちは、自分の行為の責任をとらなければなりません」


 ルシア先生が言った。


 「それが、どのように過酷なものであっても」

 「しかし!」


 「あの……」


 ユウが口を挟んだ。


 「その、エルフ族が禁呪の代償としてうけてしまった、恐ろしい呪いなんだけど……」

 「?」

 「この、もうよ」

 「なっ……なんだと?!」

 「「「「「えーっ?!」」」」」


 その場にいた全員が叫んだ。


 「ルシアさんが、百五十年前に魔獣にかけられたあの呪いを、ぼくが解いたとき、魔獣の呪いだけじゃなくて、ルシアさんに関わる全ての呪いは、ことごとく消滅しちゃってるよ」

 「まさか? そんな」

 「同じことを個別にしていけば、エルフ族の呪いはすべて、消えるんじゃないかな」

 「そ、そんなばかな……」


 メイガス魔導師はがくりと膝をついた。


 「われわれの、エルフ族の、この数百年の重荷が……絶望が……」


 あいかわらず、ユウはとんでもない。

 まあ、この世界の法則に干渉する力だから。

 そういうことがあっても、おかしくないかも。

 なにしろ、ユウだから。

 アンバランサーだから。

 ルシア先生が、メイガス魔導師に、


「メイガス先生、エルフの里に行きましょう。わたしも行きます。

 わたしが証拠です。

 このわたしを見たら、すくなくとも、他の種族を巻きこむような愚行は、止められるのではありませんか?」


 メイガス魔導師はうつむいている。

 そして顔をあげ、ユウをみた。


 「できるのか、アンバランサー? エルフ族われらの呪いをすべて祓えるのか?」

 「できる、と思う。それがぼくに与えられた力だから」

 「君はやってくれるのか? それを、こんなわれわれのために——?」


 そういいかけて、ルシア先生をちらっとまた見て


 「いや、きくまでもないな……。それが、この子ルシアの望みである以上、アンバランサー、君は……」


 それをきいて、ルシア先生が顔を赤らめる。


 ちょっと、ちょっと、そこのみなさん、またへんな展開になってませんか?


 でも、これで、エルフの呪いがとけて、すべてが丸くおさまる、わたしたちはみんな、このとき、そう思っていたのだけれど……。

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