その人は、うっかりダンジョンコアを破壊しそうになる。

 到達したダンジョンコア空間では、今まさに、激しい戦いが繰り広げられていた。


 先ほどのドラゴンの間と同じくらいの広さの空間。

 その中央に、脈動するように赤、青、黄、緑の交互に光を放つ、直径五メイグほどの巨大な魔水晶石が、半分床に埋め込まれたかたちで置かれている。

 それが、ダンジョンのすべての力の源泉、ダンジョンコアである。

 そのダンジョンコアを、白い、三体の巨人が取り囲んでいた。

 巨人は、ただ、目の部分に赤く二箇所光るものがあるだけ、あとはのっぺらぼうで、耳も鼻も口もない。からだの各部分の大きさもいびつで、左右の手の長さも違うようだ。

 胸の部分には黒い呪文が書き込まれて、その文字はぐねぐね動いている。

「生命」もしくは「生きよ」、そんな意味を持つ、古代文字の呪文だ。

 これは土から生まれ、魔法によって駆動される人工生命体ゴーレムだ。

 伝説のハイクラス魔術である!

 ゴーレムを生み出し、駆使できる魔法使いは、現在、この世界に何人といないという。

 三体のゴーレムは、巨大なハンマーや、はさみのような道具を使い、なにかの資材をダンジョンコアの上に組み立てようとしていた。


  ガーン、ガーン、ガーン!


 ゴーレムのハンマーがたたきつけられる音が、ダンジョンコアの間にこだまする。


 巨人ゴーレムは、あと、二体いた。

 そして、その二体と今、戦っているのが、三人の黒人戦士。いや、一人はすでに、倒れ伏して、戦闘不能になっている。その間を走りながら、牙をむきだして、ゴーレムにうなり、隙あらば飛びかからんとする、巨体の黒犬。

 そして、


 「あっ、ぷりんのおばあさん!」


 ジーナが声をあげた。

 原色の衣装を身にまとい、ゴーレムたちの前に、敢然と立つあの老婆。


 「ガネーシャ様の護りを、こんな目的に使うことは許されぬぞ!」


 そのおばあさんが、するどく声を投げつけた相手は、二体のゴーレムの間に立つ、背の高い人影。

 純白のローブをまとい、頭にはフードを被っているが、そこから銀色の髪がちらりと見えている。

 手には魔石のついた魔導師の杖。

 この魔導師がゴーレムを使役しているとしたら、これは容易ならない相手だ。


 ゴーレム三体が作業をするダンジョンコアに、南から来た戦士たちが近づけないように、その魔導師と残りのゴーレム二体が立ち塞がっているという構図である。


「だあっ!」


 戦士の二人が槍をかまえて突進する。

 その槍先がゴーレムの胸に描かれた呪文に届こうとしたとき


 「火と水と風の精霊が渦をなし天降りきたる、激甚の災厄、雷の咆哮ローリングサンダー!」


 ローブの魔導師が呪文を詠唱、


  ズガガガガン!!!


 雷の矢が戦士たちを弾き飛ばした。


 「ぐあっ」

 「ギャン!」


 戦士と黒犬は地面に叩きつけられ、動けなくなる。


 (えっ、今の魔法って、ひょっとして、ルシア先生のと同じ?!)


 「おのれ!」


 おばあさんが歯軋りをする。


 「無駄だ、抵抗は無用。もうこのダンジョンは……」


 魔導師が冷静な声で告げる。

 その声を、


 「水に光が注がれるとき生命の泉がその力をます、再生!」


 ルシア先生の、回復魔法の詠唱がさえぎる。

 傷ついた戦士と魔犬の体が、青い治癒の光に包まれる。


 「!」


 魔導師がルシア先生を見て、いっしゅん動きをとめた。

 そして、静かに言った。


 「ルシアか……わかっているはずだぞ、おまえはじゃまをしてはならない」


 魔導師のフードがはだけた。

 そこからあらわれたのは、銀色の髪、尖った耳、ルシア先生によく似た顔立ちの、かなり高齢のエルフの男性だった。


 「メイガス先生、あなたたちはまちがっています」


 ルシア先生は決然と言う。


 「「「せ、せんせいって?!」」」


 わたしたちは驚愕した。


 「ルシア、お前は自分のいっていることがわかっているのか? このままで、わたしたちエルフにどういうことがおきるのか、知らないはずがなかろう」

 「わかっています。でも……それでも、わたしは、こちらの側に立つのです」

 「そうか……それなら、もはや、しかたあるまいな。昔からお前は、そういう生徒こどもだったからな……」


 魔導師が、杖を振り上げた。


 「みんな、気をつけて! 来るわよ!」


 「水と炎、風と土、四柱の精霊がかたくその腕を結び、すべてが奈落の底におちる、究極の雷嵐サンダーストーム!」


  グァガラガラガラガラ!

  バリバリバリバリ!


 わたしたちの上空から、魔導師の魔法によって招来された、ほとんど全空間を埋め尽くすような怒涛の雷が降り注いだ。


 「うわーっ!」


 しかし、その恐るべき雷のほとんどが、わたしたちのからだに触れる直前で消滅する。

 ユウの力だ。

 その守る力は、南の戦士たち、おばあさん、黒犬にも及んでいた。


 ただ、一人を除いて。

 サバンさん。

 その瞬間に突撃しようとしたサバンさんだけが、わずかにユウの力の範囲から外れてしまい、直撃ではなかったが、雷撃の一部をくらってしまったのだ。

 サバンさんはきりきりまいをし、黒こげになって、倒れた。


 「サバン!」


 ルシア先生が叫ぶ。


 消滅してしまった雷撃に、目をむいた魔導師が


 「むうっ、その異常な力……、おぬしひょっとして……?」


 ユウに言った。


 「そうだよ、ぼくは、アンバランサー」

 「アンバランサーが、ここに?

  アンバランサー、なぜ、我らのわざを妨げようとする?

  われわれの目的は、アンバランサーの使命とは矛盾しないはずだが?

  なぜ、われらの試みに介入する。

  それとも……お主まさか……」


 魔導師は、ちらりと視線をルシア先生にむけて


 「このルシアに、ほだされでもしたのか?」


 ユウはにこりとして


 「どうだろうね、うーん、そうなのかな?」


 いつもの調子で、答えた。


 「ばかな」


 と、魔道士がはきすてるように言った。


 「ユウさん、サバンさんが!」


 ジーナが叫ぶ。


 「大丈夫だよ、ジーナ」

 「えっ?」


 その通りだった。

 ぼろぼろになって倒れていたサバンさんが、むくりと起き上がった。

 その目が、赤くぎらぎらと光を放ち


  !!


 サバンさんの喉から、狂戦士バーサーカーの咆哮が迸った。

 これが狂戦士の狂戦士たるゆえんだ。

 窮地に陥ると、狂戦士は、理性を放棄し、防御も捨て、ただ闘うためだけのの存在となる。闘志に満ち溢れ、戦闘力が倍増し、自分が倒れ伏すか、敵がいなくなるまで闘い続ける。

 その状態こそが、狂戦士バーサーカーだ。

 ここからが狂戦士の本領なのだった。


   おおおおおおおお!


 サバンさんはさきほどにも増した勢いで、戦斧をぶんぶんふりまわしながら、突進した。


 「ちっ!」


 おもわず避ける魔道士。

 サバンさんはその勢いのままゴーレムに襲いかかり、真っ向から斧を叩きつける!


 どすっ!


 重い音がして、ゴーレムの腕が落ちた。


 「あんたたち、頼む」


 と、近づいてきたおばあさんがいった。


 「わたしたちの南の神殿から盗まれた、ガネーシャ様の護りの力が、このダンジョンコアの魔力を、根こそぎ、エルフの里に転移させるために、使われそうなんだ。

  ダンジョンコアに、いま、ゴーレムたちが設置しているあの魔法機械には、ガネーシャ様の護りが取り付けられている。

  あれを取り返さないと、このダンジョンは……」

 「わかりました」


 ルシア先生が答えた。


 「ユウさん、ゴーレムとメイガス先生はわたしたちでひきうけるから、あなたはガネーシャ様の護りを!」

 「了解だ」


 ユウの体がふわりと浮き上がり、コアに向かう。



 「ううう……今こそ世界に見せるべし我ら獣人のたぐいまれなる武勲いさおし!」


 ジーナの目が黄金に輝き、瞳孔が全開になり、


 「イリニスティス、我と共に!」


 ジーナが、高く高く跳躍してゴーレムに襲いかかった!



 「ライラ、私の横に立って。わたしと一緒に詠唱を」

 「おのれ! しかし、もうアンバランサーはいないぞ? ルシア、お前、師匠に魔法で勝てるとでも思うのか?」


 怒りを漲らせたメイガス魔道士が、攻撃魔法を詠唱する。


 「水と炎、風と土、四柱の精霊がかたくその腕を結び、奈落の底におちる、究極の雷嵐サンダーストーム!」


 上空がまた、バリバリと不穏な雷をはらみ始める。


 「いくわよ、ライラ」


 ルシア先生がいい、魔法を詠唱する。わたしも同時に、声を合わせて詠唱を加える。


 「光と水、そして土、生命を育むこの世界の力が現前し理不尽な破壊に抗する、撃滅イクスティンクション!」

 「光と水、そして土、生命を育むこの世界の力が現前し理不尽な破壊に抗する、撃滅イクスティンクション!」


  バリバリバリバリ!!

  ザガガガガガガンン!!!


 メイガス魔道士の魔法と、わたしたちの魔法が激突し、空間をゆがめるほどの電光がはしり、


 「ぐわあっ!」


 わたしたちの魔法が勝った!

 メイガス魔道士はふきとばされた。

 壁に叩きつけられ、崩れ落ちて、呻く。


 「……なぜだ? 老いたりとはいえ、いまだ魔力は私の方が、お前よりはるかに大きいはず……」

 「レゾナンスです、せんせい」


 と、ルシア先生。


 「わたしと、このライラとの間には、存在のレゾナンスが成立しているのです。

  二人の魔力が共鳴し合一すれば、せんせいの魔力にも負けません」

 「……なんだって? ……レゾナンス? それはいったい? ……」


 メイガス魔道士は力尽き、がくりとこうべを垂れた。



 そして、ユウは——


 いっしゅんで宙を飛び、三体のゴーレムがダンジョンコアに設置している魔法機械の上に、スッと降り立っていた。

 ゴーレムが気づき、ユウのからだに腕を伸ばすが、ユウの視線を向けられただけで、ぴたりとうごきをとめる。

 胸の呪文が霧散する。

 ゴーレムの目の赤い光が、ふっと消えた。

 ゴーレムはぐずぐずと崩れて、大量の白い土の塊になる。

 ゴーレムを駆動している魔法が、ユウによって無効とされたためだ。


 「よし、これだな」


 ユウは、魔法機械の上部をさぐり、そこに手を入れると、なかにあったものを掴み出した。

 それは、エメラルド色の大きな宝石を中心に、赤いいくつもの宝石をつらねた鎖でとりまいた、異国風の首飾りだった。


 「おお! ガネーシャ様の護りが!」


 おばあさんが喜びの声を上げた。

 ところが、


  


 ユウの下で、ダンジョンコアが不気味な振動をはじめた。


  


 「あっ、まずいまずい」


 めずらしくユウが慌てた声をだした。

 そうなのだ、ダンジョンコアはつまり魔水晶石である。

 ギルドの部屋でのと同じことが、ユウが魔水晶石のそばにいると起きかねない。

 最悪、魔水晶石の消滅である。

 そうなったら、なんのためにがんばったのかわからない。


 「これはいけない」


 ユウは、ひと飛びでわたしたちのところに戻る。


  ぶぅ——ん……


 ダンジョンコアが大人しくなったのをみて


 「はあ、よかった。弁償はごめんだよ」


 と、ユウがほっとした声をだす。


 残りの二体のゴーレムも、サバンさんとジーナが無力化し、土に戻っている。

 正気にかえったサバンさんと、ジーナ(というか、こちらはたぶん、まだイリニスティス?)が、がっちり握手している。

 うん、どう考えても、狂戦士と獣人族護りの魔剣は相性が良さそうだ。どちらも、まちがいなく戦闘狂バトルジャンキーだし。


 「ふぅ……とりあえず、ダンジョン崩壊だけは防げたようね……」


 ルシア先生が言った。


 「これから、解決しないといけないことは多いけど……」


 厳しい顔をしたが、ふっとその頬をゆるめ、ユウをみつめると、


 「うふふふ、ユウさんわたしに、ほだされちゃったのかなあ?」


 顔を赤らめた。

 ちょっと、ちょっとルシア先生、それはなんの話ですか?

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