その人が、ダンジョンボスに挨拶する。

 「いくわよ」

 「「「はいっ!」」」


 先頭を切って飛び降りるルシア先生にしたがって、わたしたちは、ためらないなくダンジョンの縦穴をとびおりた。

 今はまだ、はっきりと見えないほどはるか下にある、ダンジョンの最下層をめざして。

 そんなところまで落ちていって、下についたときどうなっちゃうのかという心配はないではないが、きっとユウがなんとかしてくれるだろう。

 この間の経験から、わたしとジーナはすっかりユウを信じ切っているのだ。

 サバンさんは、よくわかってないかもしれないが、サバンさんにとってルシア先生の命令は絶対だから、サバンさんにもためらいはないのだった。

 ユウはいつものひょうひょうとした表情だ。


 風を切って落ちていきながら、ルシア先生に聞いた。


 「いたんですね、あのおばあさんたちが」


 ルシア先生はうなずいた。


 「ダンジョンコアの前に。あの人たちだけではないわ。あそこは、ちょっとややこしいことになっているみたい」


 わたしにはさっぱりわからなかったが、ルシア先生はあの瞬間に見てとったようだった。


 「?!」


 戦斧を担いで落ちながら、サバンさんがいった。


 「まだ、他の冒険者がここにいるんですか? そんなはずはない、入り口はギルドが厳重に管理してきたはずですが……」


 ルシア先生は厳しい表情で


 「冒険者ではないわ。そして、おそらく、入り口からはいったのでもない」


 「「「えーっ? そんなことって」」」


  ユウが静かにいった。


 「ルシアさんには、こころあたりがあるんですね」


 ルシア先生は、目を閉じて


 「はい。でも、それが間違いであることを願っています……」

 「それはいったい——うわっ?!」


 サバンさんが大声をあげた。

 縦穴全体が、ぐねっと歪んだ。


「また、擾乱だ!」

「あーっ!」


 ダンジョンコアの層に達する前に、縦穴が消滅してしまった。

 すごい勢いで落下しているわたしたちの足元に、石造りの床が出現する。

 ダンジョンの階層がいきなり復活したのだ。

 床が目前に迫り、


 「きゃああ」


 ジーナが悲鳴をあげ、


 「うおっ?!」


 サバンさんがうめき、


 (ああ、ぶつかる!)


 わたしは思わず目をつぶったが、


 「だいじょうぶだよ」


 ユウのいつもとかわらぬ声。

 それまで落下していた猛烈な勢いが、何の反動もなくいっしゅんに無くなって、わたしたちは、ふわり、と床に着地した。


 「『』を消したからね」


 と、いつものようにユウがよくわからないことをいうのだった。


 わたしは閉じていた目を、そっと開けた。


 「ここは?」


 そこは、真四角にくり抜かれた、みあげるばかりの大空洞で、壁面はまっ平に磨かれており、あきらかにダンジョンの他の場所とは雰囲気がちがっている。


 「ひょっとして、ここ……ダンジョンボスの?!」


 ダンジョンの一番奥には、そのダンジョンを支配する最強の魔物のいる空間がある。

 いちどその空間に入ったら、ダンジョンボスを倒すまでそこからでることはできないのだ。

 ボスを倒すか、こちらが全滅するか。そのどちらかしかない。

 ダンジョンに入る冒険者たちの最終目的が、このダンジョンボスの間を制覇することである。


 (でも、もし、ここがダンジョンボスの間ということになると、とうぜんそこには……)


 ルシア先生が、フレイルを掲げ、さっと指し示したそこには


 「「ど、ど、ドラゴン?!」」

 「でかい…」


 あまりの大きさに、壁の装飾かと思ってしまうような。

 これほど大きな空洞の、天井に届くまでの巨大さの、その姿。

 鱗のある体、長く伸びた首、とげの生えた尾。広げられた蝙蝠の翼。二本の角と牙、黄金色の目、この世界最強クラスの魔物、ドラゴンである。

 しかも、このドラゴンは、もはや神々しいまでの威厳を纏っており、竜族のなかでも、まちがいなく王のクラスだろう。

 そのドラゴンが、爪を剥き出しにし、いままさにとびかかろうとする体勢でそこいた。

 サバンさんが戦斧を構える。

 わたしも、杖をにぎる手に力を込める。


 しかし、ルシア先生は、落ち着いた声で


 「竜王カレバン……」


 と呼び掛けた。


 「ひさしぶりね。それにしてもその姿は、いったい?」


 ルシア先生、このドラゴンと知り合いなんだ……。

 つくづく、とんでもない人である。


 「……麗しき雷の女帝ルシアよ、息災であったか」


 深く響く声でドラゴンが答える。

 わたしたちのからだがビリビリ震える。

 その声には強い呪力が自然にこめられていて、下級の魔物などこれを聞くだけでけしとばされ、消滅しそうだ。もちろん冒険者も、だ。まさに、王の威厳なのだ。


 しかし、ドラゴンの声は悲しげだった。


 「面目ない……油断してしまった。まさか、あいつがガネーシャの護りを持っているとは……」


 よく見ると、ドラゴンは、両腕を広げたその姿のまま、ぴくりともうごかない。

 いや、うごけないのだ。

 ガネーシャの護り、と呼ぶものの効果だろうか。

 しかし、ドラゴンをこんな状態にするとは、とんでもない呪力である。

 いったい、それはどんなものなのか?

 そういえば、あのおばあさんは「ガネーシャ様」といっていた。

 それと関係があるのだろうか。


 「……たのむ、女帝ルシア。ダンジョンコアをまもってくれ。このことを、おぬしに頼むのは、心苦しいのだが……なにしろ、相手が、だからな……」


 ダンジョンがまた鳴動した。

 ドラゴンは続ける。


 「今もなにやら、コアに細工をしているようだ。……呪力を転移させようとしている。このままだと、早晩このダンジョンは崩壊する……」

 「わかったわ、竜王、まかせて。ダンジョンはまもる」

 「……すまぬ、麗しの雷の女帝よ」

 「礼はいらない、これは、わたしにも関わりのあることだから」

 「だが、向こうは強いぞ。その上、ガネーシャの護りも持っている……」

 「だいじょうぶ、こちらには、『アンバランサー』がいるから」


 ユウに目配せをした。


 「あ、どうも……はじめまして」


 ユウがドラゴンに挨拶をする。

 こんな状況でも平常運転である。


 「『アンバランサー』! ……そうか……なるほど、アンバランサーがに来たのか……そうだろうな……これは、そうでなければならぬ……」

 「では、いってくるわ。竜王、あと少しの辛抱よ」


 ルシア先生は竜王に言い、ユウに


 「では、ユウさん、やっちゃって」

 「はい」


 ユウが手のひらを床に向けると、


 「あっ!」


 床の一部が紫色にひかり、そして、すっと切り取られて、穴があいた。


 「ここを降りれば、もう、ダンジョンコアだよ」

 「そんな……魔法で、絶対不可侵のダンジョンボスの間に、穴をあけちまった……」


 サバンさんが目を丸くしていった。

 魔法ではないんだけど。

 でも、ユウって、ダンジョンに穴をあけることも、簡単にできちゃうんだ。

 レイスが何百年もかかったのに。

 おもうままになんでもできてしまう力。

 もしその力が、方向を誤ったら? この世界はどうなってしまうの?

 そんなことまで一瞬考えてしまった。

 でも、ユウのたたずまいは、こんなときでもいつもと変わらない。

 わたしは、そんなユウを信じる。


 「行きましょう、雷の女帝のしもべたち!」

 「「「はい!」」」


 そして、わたしたちはダンジョンコアに到達する。

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