その人は、狂戦士を飛ばし、狂戦士は恍惚となる。

 わたしたちは、第一層、コボルドの巣を進んでいた。


「果たして、この広いダンジョンのなかで、あの二組をうまく見つけられるかどうか……」


 サバンさんがつぶやいた。


 「正直いってむずかしい。あまりに危険な場合は、残念だが、見捨てて、われわれも脱出しなければ」

 「そうね……ただ、わたしが思うに、あの南から来たパーティは、かなりのわけありで、ひょっとしたらこの事態になんらかの関係があるような気がするの」


 ルシア先生が言うと、


 「あいつらが、このダンジョンの崩壊をひきおこしているっていうんですか?!」


 サバンさんが色めき立った。


 「おばあさんはそんなことしません!」


 ジーナが、サバンさんに言いかえした。


 「うーん……ジーナたちの話を聞くと、その人にはあまり悪意はかんじないし、そういうことではないとは思うんだけど……でも、遠く南から、わざわざこんなところまで来るからには、そうとうな事情がありそう。おそらく、メンバーもそれなりの手練れで、じゃまさえなければ、かなりダンジョンの深いところに到達している気がするわ」

 「深いところか……ひょっとしてダンジョンコアへ。でもいったい何の目的で?」

 「そして、あっちの四人組は……」


 ルシア先生は続けた。


 「実力からいって、そんな深くにはいけないでしょう。せいぜい、二、三層。ただ、ダンジョンの擾乱によって、違う階層がつながってしまったりしてたら、いきなり、深い階層に入りこんでしまう可能性もある」

 「そしたら、あっという間に、全滅じゃん」

 「あいつら、要領わるいからなあ……」


 そうやって進んでいる間にも、ダンジョンを不気味な振動が走り抜け、方向感覚がぐいっとねじ曲げられるような状態がなんどか繰り返されている。


 「これは、深刻だ……完全に乱れている」


 とつぜん横から、鋭い槍が何本も突き出された。

 ルシア先生を狙ったようだ。


 「この無礼者おーーっ!!」


 サバンさんが怒鳴りながら力いっぱい戦斧をふりまわし、隠れていたコボルドすべてが、上半身と下半身を分断され、体液をまき散らしててたおれた。


 「ルシア様に手を出すクソ下郎は俺が許さん!!!」


 サバンさん、気合が入りまくりである。

 テンションがおかしい。

 たぶん、サバンさんが手を出すまでもなく、コボルドはルシア先生のフレイルの一撃で片が付いていたと思うんだけど。


 「ありがとう、サバン」

 「いや、そんな……なんというか……あたりまえの……」


 ルシア先生にお礼を言われ、赤くなりもじもじしている完全武装の狂戦士というのも、不気味である。


 「あっ!」


 先頭のジーナが叫んだ。


 「においがする。あの四人組のにおいです!」

 「どこだ?!」

 「あれ?」


 ジーナが首をひねる。


 「消えた」


 「おいおい、気のせいじゃないのか?」

 「違います、たしかに感じたんです。でも、すぐ消えちゃった……」

 「どっちの方向からかわかるかしら?」

 「うーん、消える前までは、こっちだったと思います」


 ジーナが、分岐している通路の一つを指さす。


 「とりあえず、行ってみるしかなさそうね」


 わたしたちは、ジーナの示す方向に前進していった。


 「ええい、無礼だというに!」


 途中飛び出してくるコボルドは、ぜんぶサバンさんが戦斧で片づける。


 「ありがとう、サバン」

 「いえっ! いえっ! ……これは、としてあたりまえの……ぐふふふふ」


 サバンさん、やっぱりおかしいです。


 「あっ、におい」

 「確かか?」

 「また消えた……」

 「大丈夫なのか、ジーナ」

 「うーん……なんていうか……あの、ドアの向こうの部屋に、おいしい食べ物があって、そのドアが開いたり閉じたりしている感じというか……」

 「なんだよそのへんな例えは」

 「でも、そうなんです。消えたり、出たりするんですよ……」

 「ジーナのその感じ、ダンジョンにおきている異常と関係があるかもしれないわね……」


 さらに奥にすすんでいくと、


 「この先はかなり大きな広場のようです。開けた空間があります」


 ジーナが報告する。


 「とりあえず、そこには、人も魔物も気配はありません」

 「まあ、進むしかないな……」


 わたしたちが、その空間に足を踏みいれたとたんに


  ぶわん!


 と、なにかが大きく揺らめき、空間にまぶしい光がさした。


 「ああっ!」


 わたしたちは、目の前の光景に息をのんだ。

 その広い空間が、上下に貫く、巨大な縦穴になった。

 もともと縦穴だったのではなく、いまその瞬間に縦穴があらわれたのだ。


 「あぶない!」


 わたしたちは、その縦穴のふちぎりぎりにたっていた。

 足をふみはずしたら、どこまでも落ちていきそうだ。

 縦穴は、まるでダンジョンをくりぬいたかのようで、その壁面にダンジョンの階層構造がそのまま見えている。

 縦穴のいちばん上は——青空だった。

 羽ばたく鳥が青空をよぎるのが、小さく小さく見えた。

 ダンジョンの上部を突き抜けて、外の世界まで届いているのだ。

 ダンジョンが、直接外の空間とつながってしまっている!

 それだけでもたいへんな事態だ。

 わたしたちは本来、ダンジョンの第一層にいるはずだったが、いつのまにかダンジョンの擾乱に巻き込まれたのか、位置が変わっている。壁面の階層を数えてみると、今私たちが立っているこの場所は第十層あたりになるようだ。

 第一層ならすぐ上にあるはずの青空が、はるか遠くに小さく見える。

 下をみれば、そちらにも縦穴はつづいており、おそらくダンジョンの最下層まで行きそうだ。底の方からは、地鳴りのような、うめき声のような音がかすかに聞こえ、なにか赤い光も点滅していた。


 「うわっ」


 下を見ていたジーナが、目の前を通り過ぎたものに驚いて、後ずさった。

 すぐそばの空間を、こん棒を振りまわし、じたばたもがきながら、一つ目の巨人が落下していったのだ。


 「サイクロプス……」


 見ていると、くり抜かれた各階層の縁から、突然開いた空間に動きをあやまった魔物たちが、次々と縦穴に飛び出しては、足場を失い、叫び声、わめき声を上げながら、地の底へと落下していくのだった。

 恐ろしい光景である。


 「これは、いよいよ、さしせまった状況では?」


 サバンさんがいう。


 「ルシア様、ここは避難した方が……」

 「あっ!」


 ジーナが声を上げた。


 「においます、あっ、あそこです! あそこにいます!」


 ジーナの指さす先、それはわたしたちのいるところから三層くらい下、見たところ砂漠の階層のようだが、そこで例の四人組が、今にも魔物に襲われようとしていた。崖っぷちに追い込まれている。


 「ひぃいぃぃー!」

 「むり無理むりー、こんなのぜったいむりー!」


 彼らの叫び声がかすかに聞こえてくる。

 敵は、巨大な老人の頭部に、赤銅色に光るたくましい四つ足の獣の体、そして振り上げた黒々と光るサソリの尾をもつ魔物、マンティコアである。牙は三列に並び、四つ足には鋭い鉤爪、尾の先の針は猛毒をもっており、砂漠の主ともいうべき、獰猛この上ない恐るべき魔物である。

 もちろん、彼らのとうていかなう相手ではない。

 マンティコアは、四人組を追い詰め、老人の口でにやりと笑った。

 毒針が、その先から毒液を滴らせ、獲物を定めるようにゆらゆらと揺れる。


 「ひぃいいいい食われるー」

 「なんでおれたちこんなところにいるんだよー」

 「たすけてー」


 「……なんというか、ほんとに運のないやつらだなあ」

 「サバン、ユウがあなたを飛ばすから、あなたはあの子たちを回収して!」


 ルシア先生がサバンさんに指示を出し、ユウに目配せをする。

 ユウがうなずき、


 「おわっ、なんだこりゃ?」


 サバンさんの巨体が、ふわりと浮き上がる。


 「火と水と風の精霊が渦をなし天降りきたる、激甚の災厄、雷の咆哮ローリングサンダー!」


 ルシア先生が詠唱し、


  バリバリバリバリ!!

  グァラララララ

  スドドドドン!!!!


 地獄の雷撃よりも数倍の威力のある紫色の雷が、大気を破壊しながら放たれ、四人組に襲い掛かろうとしたマンティコアを直撃する!


  ギァアッ!


 次々に落ちる強烈な雷撃にマンティコアは硬直し、手足をぴんと伸ばして動きをとめる。


 「うひゃああ、こりゃあすげえ!」


 その雷を縫うように、ユウに誘導されたサバンさんが宙を飛び、腰を抜かしている四人組をその太い腕で救い上げると、無事わたしたちのもとへと帰還した。


 「た、たすかった……」


 この四人組、はたして運が悪いのか良いのか、よくわからない。


 「たぶん、この縦穴も長くは続かないでしょうね、すぐにまた擾乱によって別のかたちになりそうね」

 「となると……」


 ユウが言った。


 「いまのうちに、この人たち、しかないですね」


 ルシア先生がうなずいた。


 「そうね、ユウさん、急いでやっちゃって」

 「はい」


 「「「「うわぁああああ!」」」」


 いきなり、四人組はその場から、上空に向かって矢のように飛び出した。


 「「「「うわぁぁぁ……」」」」


 声がどんどん小さくなっていく。

 ユウが、上空の穴を通して、四人をダンジョンに外に放り出したのだった。

 穴が塞がらないうちに一刻も早く、ということで、問答無用、相当な速度で放り出している。

 やっぱり、この人たち、運がいいのか悪いのかわからない。


 「ああ、これが、ルシア様の雷撃……いいね……しびれるね……この、ビリビリが……うん」


 こちらでは、雷撃でひげや服や、あちこちを焦がしたまま、サバンさんが恍惚としている。


 「おほお……身体の芯を突き通すような、その味わいが……うふう……」


 サバンさん……あの、ルシア先生の雷撃を受けてみたいっていってた冒険者って、自分のことだったのですか……?


 「さて、わたしたちも」


 ルシア先生がいった。


 「行きましょう」

 「はい?」


 サバンさんが我に返る。

 ルシア先生は、フレイルをさっと下に向けて


 「行きましょう、下へ。この下に、南の人たちがいるわ」


 そして、わたしたちは、縦穴を飛び降りた。

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