その人は、ルシア先生を飛ばした。
「「うぇええええ!」」
わたしとジーナは、情けなくも地面にうずくまり、嘔吐した。
狭い通路で、急激な方向転換をくりかえしたせいで、強烈なめまいで視界はぐるぐるまわっているし、コボルドのわけのわからない血肉のコマ切れを頭から浴びているし、これは、最悪な状態としか言いようがないでしょう?
ルシア先生とユウは、しかし、いつもどおりの平気な顔をして立っている。
いや、ルシア先生にいたっては、いつもどおりというより、もっとイキイキして楽しそうだ。
(やっぱり、この人たちはおかしいんだ)
わたしは、そう確信した。
「これじゃあ、まあ、かわいそうだからね」
ユウがそういって、わたしとジーナに手のひらをむけた。
「二人の、渦の調整をしてあげるね。状態異常はもとにもどるよ」
ユウの言葉通り、すぐに、めまいと吐き気はぴたりと止まり、精神的動揺をのぞけば、わたしとジーナは立ち上がることができるようになった。
目の前には、また地下に降りる階段がある。
「第二層も、コボルドよ」
ルシア先生が教えてくれる。
「ただし、第二層のコボルドは、ちゃんと指揮系統があるの。武器で突撃してくる個体、飛び道具を使ってくる個体、魔力をつかってくる個体、防御役の個体、役割分担があり、戦況をみながら、指揮官が指図をして襲ってくるわけ。だから、同じ個体数の群れとしても、格段に戦力は上なのよ。こちらも、相手の作戦にはめられないように、ちゃんと頭をつかわないとダメ。第一層みたいに、やみくもに突撃すると、やられるわよ」
「はいっ、了解です、ルシア先生!」
と、元気をとりもどしたジーナが、勢いよく返事するが、はたしてどれほどわかっているのか、ジーナと付き合いの長いわたしには、大いに疑問である。
ふたたびジーナを先頭に降りていく。
「います、コボルドです」
ジーナが階段の先をうかがって報告する。
「また、集まってきています」
「あの……ルシア先生」
わたしは、ジーナの報告に疑問を感じて、聞いた。
「どうして、階段をおりるたびに、魔物がすぐ集結してるんですか?
ふつうはこんな風に、階段の下で群れが待ちかまえているなんて、ないのでは? それじゃ、初心者パーティなんか、みんないきなり全滅ですよね?」
「いいところに気がついたわね、ライラ」
ルシア先生が、うふふと笑っていった。
「ふつうは、ライラのいう通りなんだけど、こんな浅い階層で、たかだかコボルドに、それでは効率が悪いでしょ」
事もなげに
「だから、わたしがさっきから『ヘイト』の魔法を無詠唱でつかって、あいつらを呼び寄せてるの。
この魔法、レベルの低い魔物にはよく効くわね、コボルドたち、頭に血をのぼらせて、どんどん集まって来てるわ」
「「…………」」
わたしたちが初心者だってことをまったく無視している。
修行とはいえ、これはどうなのかと思う。
「さて、それではコボルド軍団と対決よ」
わたしたちの前には、第一層とよく似た空間がひろがっていた。
そして、階段をとりまくように布陣しているコボルドたち。
最前列のコボルドは、盾をかまえてわたしたちを包囲している。
その後ろに、槍部隊と剣の部隊。
その更に後ろに、ローブをまとったコボルドが数体。これらはおそらく魔法を使ってくる。
そして、最後に、ひときわ体格のいいコボルドがいた。
このコボルドは頭に王冠のようなものをかぶり、
こいつがコボルドのボスだろう。
コボルドたちの眼は、憎悪に燃えているが、命令をまってじっと待機し、むやみに飛び出してくるやつはおらず、完全に統制がとれている。
これはなかなか厄介そうだ。
こちらは、最前列にイリニスティスを構えたジーナ。
その横に、フレイルを構えたルシア先生。
わたしとユウは、その後ろに立っている。
「さて、ライラ、ジーナ、あなたたち、どんな作戦でいくつもりかしら?」
と、ルシア先生がわたしたちに聞く。
ここは慎重にいかなくてはいけない。
わたしが作戦計画を頭にめぐらしていると
グモォオ!!
コボルドキングが太い声で雄たけびを上げると、なにかを放ってよこした。
わたしたちの目の前にどさっと落ちたそれは
剣をにぎった、すらりと細身だが、毛の生えた腕。
上腕の途中からねじり取られて、骨や筋肉がはみ出している。
おそらく、わたしたちより前にここにきて、コボルドの餌食となった冒険者のからだの一部。
女性と思われる、この腕の持ち主は、もはや生きてはいないだろう。
「っ! この腕」
ジーナがうめいた。
「獣人の腕だ!」
グフォフォフォフォ
コボルドキングが馬鹿にした笑い声をあげ、ほかのコボルドたちもその笑いにくわわった。
「許さん!」
ジーナが一声叫ぶと、目の前のコボルドの隊列に向かって突撃した。
「ちょっと、ちょっとジーナ!」
だめじゃん。
さっき、ルシア先生が、やみくもに突撃したらダメっていったばかりじゃん。
ジーナは、完全に頭に血が上っている。
コボルドキングが、さっと錫杖をふり、その合図にあわせて、軍団は一糸乱れず動いた。
最前列の盾担当が、左右にすっと分かれて、空間をつくる。
「へっ?」
ジーナは、肩透かしを喰わされて、しかし止まれず、その空間のなかに走りこむ。
とたんに、盾がまた動いて、ジーナは孤立したかたちで、完全に盾に包囲されてしまった。
「まずいよ!」
わたしが攻撃魔法でジーナを援護しようとすると、向こうの魔法使いが、一足先に、一斉にファイアボールを放つ。
「くっ、大気の精霊の名のもと一陣の列風が災厄を払う、風の護り!」
わたしは、防御魔法の展開を余儀なくされる。
ファイアボールはわたしの護りの壁にはじかれるが、それでもコボルド魔導師の攻撃はやまない。
その間にも、盾の隙間から、槍部隊が槍を次々に突き出し、ジーナを刺し殺そうとしている。
「おっと、あっと、あぶないっ!」
ジーナは持ち前の反射神経で槍をかわしてはいるが、どこまで躱せるのか。
「なかなか、たいしたもんだ」
とユウが言うが、それは敵の作戦についてだ。
「挑発して、誘われたところを分断して、個別に撃破という作戦だね」
「ユウさん! そんなこといってる場合じゃないです! ジーナが危ない!」
「しょうがないわねえ……ユウさん、ちょっとお願いしていいかしら」
「はい」
「わたしを、コボルドキングのところまで飛ばしてくれる?」
「へっ?」
「いいですよ、それでは」
「へっ??」
「いつでも良いわよ、ユウさん」
「行きます、3、2、1、はいっ!」
掛け声とともに、ルシア先生のからだは浮き上がり、矢のような速度で、ローブをひるがえし、一直線にコボルドキングの頭上まで。
グモッ?!
突然目の前にルシア先生が出現し、コボルドキングは驚愕して目を見開いた。
「いぇいっ!!」
裂ぱくの気合とともに、ルシア先生のフレイルがうなり、コボルドキングの頭部を王冠ごと叩き潰した。
コボルドキングは、血をまき散らしながら、どさりとその場に崩れ落ち、その巨体の上にフレイルをかざして立つルシア先生。
ああ、とてもかっこいい。
ほれぼれするのは確かだ。
しかし、この
「指揮官を失えば、あいつらは烏合の衆だよ」
とユウが言い、その言葉通り、ゴブリンたちは、うろたえ、統一行動がとれなくなった。
「獣人同胞の仇! 許さん!!」
そのすきを逃さず、瞳を黄金色に輝かせたジーナが、瞳孔全開でイリニスティスを振り回す。
なで切りに斬られて、ばたばた倒れていくゴブリンたち。
わたしも、魔法使いのファイアボールが途切れたすきに、風の刃を放ち、コボルドの魔法使いを駆逐した。
ときたま、無謀にもルシア先生に襲い掛かるコボルドがいたが、すべてフレイルの一振りで吹きとばされていた。
「ジーナ、あなたね、わたしのいうことをちゃんと聞いていましたか? あなた、まんまと相手の作戦にはまっていましたね」
「すみません……つい、かっとなって。あっ、ひょっとして、あいつらの魔法使いが『ヘイト』使ってきたせいで、わたしも」
「使ってませんよ。向こうの魔法使いは、最初からファイアボールを打つ準備に忙殺されてました。そんな余裕はどこにもなさそうでしたよ」
「すみません……」
すべてが片付いたあと、ジーナがルシア先生に説教されている。
ひととおり説教を終えると、ルシア先生が
「さて。この階層ももういいわ。次いきましょう」
「「ええーっ?」」
「ユウさん、さっきみたいに頼みます」
「ん、わかりました」
「「ええーっ? またあれ??」」
……わたしたち、家に帰れるのでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます